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娘は改造車の脱落タイヤ直撃で意識戻らず、父独白「加害者2人は罰金刑と執行猶予、あまりに被害と罰のバランスが」

2025.6.10(火)

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娘は改造車の脱落タイヤ直撃で意識戻らず、父独白「加害者2人は罰金刑と執行猶予、あまりに被害と罰のバランスが」

 一昨年、札幌市西区で発生した不正改造車によるタイヤ脱落事故。タイヤの直撃を受けた被害女児(当時4)は頚髄損傷等の重傷を負い、現在も意識不明だ。事故から1年半経った今年4月、運転者と車の所有者に有罪判決が下された。しかし、被害女児の父親は軽すぎる刑罰に納得できないだけでなく、相手が無保険のため経済的不安にも苛まれている。ノンフィクション作家の柳原三佳氏が今の思いを聞いた。

あまりに軽い刑、控訴を求めるも検察からは「控訴できない」と

「4月24日、札幌地裁で2人の被告に対する刑事裁判の判決が同時に言い渡されました。運転者は懲役3年執行猶予5年、所有者は罰金20万円でした。

 娘は殺されたも同然です。なのに、彼らは今までと変わらぬ生活を続けられる……、執行猶予と罰金というあまりに軽い刑に納得できず、検察にはなんとか控訴してほしいとお願いしましたが、ゴールデンウィーク明けの5月7日、控訴はできないという連絡があり、翌日、判決が確定しました。本当に悔しいです」

 連絡をくださったのは、一昨年、札幌市内の歩道で、不正改造車から脱落したタイヤの直撃を受け重度の後遺障害を負った女児(5)の父親です。

 本件については、判決直前の4月18日、以下でレポートしました。

改造車の脱落タイヤ直撃で愛娘は今も意識不明、判決待つ父親の苦悩「加害者は無保険、口先では賠償すると言うが…」(2025.4.18)

 2023年11月、ガードレールのついた歩道を2人の幼い娘と歩いているとき、突然襲ってきた黒い塊。その一瞬を境に、次女は未来を奪われ、家族も大きな悲しみと苦しみを背負うことになったのです。

事故現場状況図(イメージ)(共同通信社)

事故現場状況図(イメージ)(共同通信社)

 上記記事でも記した通り、本件には2人の被告がいます。一人は、不正と知りながら自車(ジムニー)の改造を繰り返し、「道路運送車両法違反」で起訴された所有者・田中正満被告(51)。もう一人は、田中被告からこの車の改造を依頼され、試運転中に今回の脱輪事故を起こして「自動車運転処罰法違反」で起訴されていた若本豊嗣被告(51)です。

 判決確定から1カ月、父親は悔しい胸の内をこう語りました。

「渡邉史朗裁判長は、『幼く、未来ある被害者が受けた障害は非常に重大で、意思疎通できない理不尽な状況にある』と述べ、被告らに対しては、『不正改造の中でも、事故の危険性を高める部類の改造であり、相応に悪質である』と厳しく指摘しました。しかし、いくら悪質であっても、結局この程度で済むんですね。被害の大きさと刑罰のバランスがまったく取れておらず、私自身、この結果をいまだに受け入れることができません」

運転者は交通事犯で前科4犯

 では、裁判官はそれぞれの被告の責任について、どのように認定したのでしょうか。判決文の内容を抜粋します。

【事故の事実】

 両被告は2023年10月28日、共謀して軽RV(ジムニー)のタイヤを不正に改造。前輪に異常を感じた所有者の田中被告は、若本被告に点検を依頼した。若本被告は同年11月14日、ナットの緩みに気付かないまま運転し、脱落した左前輪を女児に衝突させた。

【所有者/田中被告】

●車両の所有者であり、改造を主導したということで、負うべき責任が大きい。

●ホイールナットの緩みを助長させた責任は、一時的には所有者の田中にあり、田中が点検するべきものであった。そのため、若本(運転者)ばかりを大きく責めることは難しい。

●両者の供述内容をふまえると、田中はその内容が小出しに変遷しており、若本の具体的かつ合理的なそれと比べて信用性に欠ける。

●しかし、田中には前科もなく規範意識の甘さを悔いている。

【運転者/若本被告】

●若本本人が行った作業として認定できるもののうち、タイヤ突出の中核を担ったとは言い難い。しかし、不具合の可能性に思い至り、運転を控えることや点検義務を果たすことは容易だったはず。

●走行にあたっては高い注意義務を負っていたといえ、それを怠り、漫然と運転した過失は悪質。

●若本は整備業経験者であったが、本件車両の点検は業務として応じていたのではないため、特別に高度な注意義務があったというのは相当ではない。

●若本は交通事犯の前科4犯を有するが、自己の過ちを認め、今後は運転をしないと誓うなど反省が見られる。

●以上から、若本の過失を重大とまで評価するのはいささか躊躇を覚える。

不正改造の末、タイヤが外れる事故を起こした加害者のジムニー=札幌市西区(写真:共同通信社)

不正改造の末、タイヤが外れる事故を起こした加害者のジムニー=札幌市西区(写真:共同通信社)

 判決文に目を通した父親は、驚きを隠せない様子で語ります。

「まず、若本被告が交通だけで前科4犯だったということに目を疑いました。過去にも人身事故を起こし、また無免許運転でも検挙されていたようです。こうした履歴がありながら、他人名義、しかも任意保険未加入の不正改造車を平気で運転できるものでしょうか」

 判決では改造を指示した田中被告の責任が大きいと指摘されました。不正改造(道路運送車両法違反)の法定刑は、懲役6カ月以下または30万円以下の罰金です。しかし、田中被告には20万円の罰金刑が言い渡され、その後、確定しています。

「田中被告の責任が重いという指摘は、結果的に若本被告の罪を軽くするという側面しか持たなくなってしまいました。今回、死亡事故に匹敵するような重大事故を起こし、交通の前科は5犯になったにもかかわらず、彼は実刑を免れたのです。結局、誰も責任を取っておらず、違和感しかありません。残念でなりません」

娘の治療費・入院費、所有者から支払われたのはわずか20万円

 事故を起こしたジムニーは任意保険に未加入だったため、いまも損害賠償のめどは立っていません。

 被害者参加制度を利用した父親は、法廷で若本被告に直接質問しました。

「通常ではとても支払いきれる金額ではないが、被害者家族に泣き寝入りを強いるのか」

 すると、若本被告は、

「泣き寝入りさせません」

 と即答。さらに父親が、

「被告の言葉というのは信用するのが難しく、非常に不安が大きい。田中被告と相談するなり、計画的に支払っていくという意思を見せて欲しいが、できるか?」

 そうたずねると、

「はい、できます」

 と答えました。しかし、実際には、両者による支払いに関しての計画はおろか、賠償の分担等の相談すらしていないことが明らかになっています。

「その事実を知ったときは、大きな怒りと呆れが混ざったような感情が湧きました。被害者の治療費や入院費は本来、加害者が支払うべきものですが、相手側に支払い能力がないため、私たちの保険などを使って立て替え払いを続けてきました。

 でも、さすがにこちらも生活が苦しくなったため、弁護士を通して3カ月おきに、立て替え費用の返還を求めることにしたのです。2人で等分したら1カ月7~8万円です。しかし、それもすぐに支払われたわけではなく、若本被告から返還されたのは公判直前。田中被告からは、『事業がうまくいっていないため生活が苦しく、支払えない』という理由で、これまでに20万円のみが返還されたにすぎません」

車の所有者も共同正犯で相応の罪を負うべき、検察審査会に申し立て

 前回の記事でも触れましたが、父親がマイカーにかけていた自動車保険には無保険車による事故にも対応できる「人身傷害補償保険」がかけられていたものの、その補償範囲は「契約車に搭乗中の事故のみ」に限定されていたため、本件のような歩行中の事故は支払いの対象外でした。

 一方、運転者である若本被告の当時の妻(現在は離婚)が所有する車の任意保険には「他車運転特約」がついていました。これは、契約者や家族が他人名義の車に乗って加害事故を起こしたときに、自車の契約内容と同じだけの賠償を行えるという内容です。

 ところが、保険会社からは、「業務性の該当可能性」を理由に、「支払いを留保する」との回答が寄せられました。つまり、田中被告と共に改造を行って試運転する行為は、一般的な契約とは異なり「業務」とみなされるため、保険金は支払えないというのです。

 そんな中、今回の判決では、本件事故の「業務性」が否定されました。若本被告は自動車整備業を営んでいたわけではなく「業務ではない」と明記されたのです。この点については、今後の賠償交渉において大変重要なポイントになり、父親は流れが変わることに期待を寄せています。

「所有者の田中は自車の改造をおこないながら、ホイールナットの締め付け状況を点検せず、若本に運転させた過失によってこの事故を発生させました。事故の瞬間も別の車を運転してジムニーのすぐ後ろについて走行していたのです。

 そこで私たちは、田中も共同正犯の罪責を負うべきと考え、さらに刑罰の重い『過失運転傷害容疑』で再起訴するよう、検察審査会に審査を申し立てているところです。本来は、裁判所が賠償問題も含め、被告側の不誠実な態度を考慮し、せめて刑罰を調整してくれればと思うのですが、それが無理なら被害者が自ら行動するしかありません」

 検察審査会による1回目の審査は、今月にも行われる予定です。

 あの日から1年7カ月、間もなく2度目の夏を迎えようとしています。

「本当は一日も早く、娘を入院先の病院から自宅に迎えたいのですが、介護のための住宅改造などに多額の費用がかかり、今も実現できていません。とにかく、幼い娘が家族と一緒に過ごす時間を奪われていることが、一番残念です……」

 被害者と家族の先の見えない闘いは、今も続いているのです。