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『ながらスマホ』に捜査規定なし? 横断歩道で娘亡くした両親、5年経っても消えぬ疑問符

2025.3.12(水)

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『ながらスマホ』に捜査規定なし? 横断歩道で娘亡くした両親、5年経っても消えぬ疑問符

■ながらスマホで片手運転続け重大事故

 3月7日に発信した記事、『「ガキがいっぱい歩いとる」と言い放ち、ながらスマホで信号無視 はねられた男児は今も意識不明- エキスパート - Yahoo!ニュース』には、多くの反響をいただきました。

 この記事で取り上げたのは、2024年3月に滋賀県野洲市で発生した重傷事故。ながらスマホのトラックが信号無視をして横断歩道に突っ込み、青信号で渡っている途中の航平くん(当時8・小2)をはねたというものでした。

 航平くんは事故から1年経った今も、意識不明のまま入院中です。

2024年3月、青信号を横断中の小学2年生・航平くんがながらスマホで信号無視をしたトラックにはねられた滋賀県野洲市の交差点。航平くんは今も意識不明のままだ(筆者撮影)

2024年3月、青信号を横断中の小学2年生・航平くんがながらスマホで信号無視をしたトラックにはねられた滋賀県野洲市の交差点。航平くんは今も意識不明のままだ(筆者撮影)

 この記事に早速メッセージを寄せてくださったのは、福島県いわき市の坂本勝さん(59)です。

『被害者のお子さんが一命をとりとめられたことは、せめてもの慰みだと思う一方、私たちのように命を奪われてしまった遺族とは、また別の苦しみがあると思います。加害者は「ながらスマホ」による片手運転、しかも過去に同違反で3度も検挙されていたとのこと。まさに、ながら運転の常習者です。

 運転中のスマホ使用を強制的にロックするなど、ハード面での制御ができないなら、長期間の免停をはじめ、法律でもっと厳しく縛るしかないと痛感しました。そうでもしないと、命は守れません』

 実は、坂本さんは5年前、横断歩道を渡っていた長女の瞳さん(当時21)を交通事故で亡くしました。上記の事故と同様、加害者は捜査の中で「片手運転」を自ら認めていたことから、他人事とは思えずすぐに連絡をくださったのです。

航平くんの事故から1年経った2025年3月11日、事故現場では守山警察署による『ながらスマホ撲滅』の啓発活動が行われた(家族提供)

航平くんの事故から1年経った2025年3月11日、事故現場では守山警察署による『ながらスマホ撲滅』の啓発活動が行われた(家族提供)

 妻の喜美江さん(63)からも、続けてメッセージが届きました。

『ご家族の心中を察すると、禁固2年4月の判決はあまりにも短いと感じました。私の娘は2020年3月、同じ滋賀県内の彦根市で事故に遭いました。また、加害者は、航平くんをはねた加害者と同様『片手運転をしていた』とはっきり供述していました。にもかかわらず、警察は何の疑問も持たなかったのか、スマホの通信解析すらしていませんでした。そのため単なる前方不注視で、禁固3年執行猶予5年(求刑禁錮3年6月)という判決に終わってしまったのです』

■『ながらスマホ』による事故。もっと多いのでは

 航平くんの事故をレポートした上記記事の中で、携帯電話等使用の場合、使用なしと比較して、死亡事故率が約3.8倍になっているという警察庁のデータを掲載しました(以下)。

 しかし、坂本さん夫妻は、実際にはその比率はもっと高いのではないかと訴えています。

警察庁のサイトより

警察庁のサイトより

 喜美江さんは語ります。

「娘の事故でも明らかなように、すべての事故で『ながらスマホ』の捜査が行われているとは限らないからです。ちなみに、私は事故の30分位前に娘とメールのやり取りをしていたのですが、そのことを警察で話したら、私たちのスマートフォンを確認され、証拠資料の一部になりました。なぜ、被害者遺族のスマホだけ確認したのか? 危険な行為で人の命を奪っているというのに、なぜ加害者の携帯を調べなかったのか、供述だけを鵜呑みするのは言語道断です」

 勝さんも当時を振り返ります。

「考えごとにふけって、前方左右を注視せず、安全確認を十分しないまま横断歩道に突っ込んだ……、このような事故でまず疑うべきは『ながら運転』ではないでしょうか。私たちは大津地検彦根支部に『加害者はながらスマホではなかったのですか?』と質問したのですが、検察官は『加害者本人が、スマホは操作していないと言ったので、操作履歴等の捜査確認はしていない』と答えたのです。私たちが依頼していた弁護士が、検察に『スマホの操作履歴の捜査をするべきだ』と申し入れてくださったのですが、『スマホの使用履歴は半年で消えるので、もう無理だ』という返事が返ってきました」

福島県いわき市の実家の一部屋は、瞳さんが彦根市で亡くなるまで暮らしていたアパートの部屋のままのレイアウトで家具が移動され、事故から5年経った今もそのまま保存されている(筆者撮影)

福島県いわき市の実家の一部屋は、瞳さんが彦根市で亡くなるまで暮らしていたアパートの部屋のままのレイアウトで家具が移動され、事故から5年経った今もそのまま保存されている(筆者撮影)

■『ながら運転』に捜査規定なし?

 国が改正道路交通法を施行し、「携帯電話使用等」に関する罰則を強化したのは2019(令和元)年12月1日のこと。通話だけでなく、カーナビやテレビの操作、ゲーム、SNS、漫画を読むといった行為も罰則の対象となりました。

 以下のグラフを見てもわかるように、当時の広報啓発や交通指導取締り等の推進によって、翌2020(令和2)年は「携帯電話等使用による死亡・重傷事故件数」が大幅に減っています。

警察庁のサイトより

警察庁のサイトより

 しかし、携帯電話使用が原因の事故はその後も発生し続け、2021年以降は増加傾向にあります。

 交通事故が起こったとき、「携帯電話等を使用していたかどうか?」を立証するためには、スマートフォンなどの使用履歴等の捜査が不可欠ですが、瞳さんの事故捜査でもわかる通り、被害者が死亡するような重大事故でも、警察は必ずスマホの履歴を調べているわけではありません。

 そこで、喜美江さんが彦根警察署に出向いて質問したところ、『ながら運転には捜査規定なし、証拠保全も規定なし』という答えが返ってきたというのです。

 坂本さん夫妻は、この回答に怒りを覚えたといいます。

「本当に驚きました。たとえ本人が『ながらスマホはやってない』と供述しても、あらゆる方向からその裏付けをとるのが捜査機関の鉄則ではないでしょうか」(喜美江さん)

瞳さんがはねられた彦根城堀端の横断歩道。見通しのよい直線道路だ(遺族提供)

瞳さんがはねられた彦根城堀端の横断歩道。見通しのよい直線道路だ(遺族提供)

■永遠に消えぬ疑問符、法務省に要望

 事故から半年後の9月25日、瞳さんの加害者は「過失運転致死」の罪で起訴されました。

 起訴状には、横断歩道を横断中の歩行者に気づかなかった理由や衝突直前の状況について、以下のように記されていました。

【起訴状より】

『被告人は(中略)速度を調整せず、考え事にふけって、前方左右を注視することなく、同横断歩道を横断する歩行者の有無及びその安全確認不十分のまま漫然時速約70キロメートル(*制限速度は40キロ)で進行した過失により(中略)横断歩行中の坂本瞳を前方約23.1メートルの地点に初めて認め、急制動及び右転把の措置を講じたが間に合わず、同人に自車左前部を衝突させて路上に転倒させ、よって同人に急性硬膜下血腫の傷害を負わせ、(中略)死亡させたものである』

 2024年2月、法務省は「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」をスタートさせました。この会で、「ながら運転」の取り扱いについての議論も予定されていると聞いた坂本さん夫妻は、すぐさま法務大臣宛に以下の内容を記した「要望書」を送ったといいます。

 私どもは、交通死亡事故により大切な娘を亡くした遺族です。2019年12月、道路交通法の改正により、「ながら運転」が厳罰化されました。しかし、いくら厳罰化されても、捜査する側の警察、検察が「ながら運転」についての捜査をしていないケースが見受けられます。

 私たちは、交通事故捜査において、「ながら運転」の捜査の明確化と裏付け捜査の実施を要望します。そして、飲酒運転のアルコール呼気検査同様に交通事故発生時は、携帯スマホを押収し、捜査履歴及び通信履歴の確認を実施することを強く要望します。

瞳さんのアパートを再現した部屋の窓に置いた彦根城の模型を眺める坂本さん夫妻(筆者撮影)

瞳さんのアパートを再現した部屋の窓に置いた彦根城の模型を眺める坂本さん夫妻(筆者撮影)

■遠方の事故現場に花を手向ける母の思い

 本日、3月12日は瞳さんの祥月命日です。事故は2020年3月8日の夜に発生しましたが、意識不明のまま病院に搬送された瞳さんはそれから4日後、一度も目を開くことなく息を引き取ったのです。

 母親の喜美江さんは3月3日、福島県の自宅から滋賀県の事故現場まで足を運び、献花をしたといいます。

 私のもとに送られてきたメッセージにはこう綴られていました。

 瞳は滋賀大学経済学部3年に編入し、親元を離れて憧れの一人暮らしをはじめ、勉強にはげみ、夢と希望に満ちあふれた普通の大学生でした。前年のお盆に帰省したとき、来年は大学を休学して語学留学したいと私たちに告げており、『留学先はカナダに決めた』というメールが私に届いたのは、事故が起こる数時間前のことでした。生きていれば、今年5月に27歳になります。

 人は「時間が解決する」と言いますが、娘を亡くした深い哀しみは、時が経てば経つほど深くなる一方です。私たちの家族時計は、瞳の生前、加害者が運転する車に轢かれる瞬間で止まったままです。

 あの日から、瞳と会うことも話すことも出来なくなりました。でも、唯一、最後の叫びを聴ける場所が、彦根の事故現場です。瞳は、衝突されたとき、「私、横断歩道を歩いているだけなのに、何で轢くの。私、死にたくないよ。やりたい事いっぱいある。たくさんの夢もある。教えてよ、ねえ何で」とAに言いたかったと思います。

瞳さんが海外留学に持参するはずだったスーツケースの上には、お気に入りのぬいぐるみが置かれていた。今も自宅には当時のまま再現して置かれている(筆者撮影)

瞳さんが海外留学に持参するはずだったスーツケースの上には、お気に入りのぬいぐるみが置かれていた。今も自宅には当時のまま再現して置かれている(筆者撮影)

 加害者Aは大手自動車メーカー販売店勤務で、事故当時は彦根店店長の職にありました。事故は、勤務先から近江八幡市の自宅に帰る途中に発生しました。

 Aは、自動車を扱う職にありながら、自車のカーナビをテレビ視聴可能に改造し、事故当時は運転中もテレビ映像が映し出されていました。

 また、警察と検察の供述調書には『事故車は廃車にしました』と記されていましたが、警察から事故車の返却を受けると、早々に車両登録を移転し、検察官の取り調べ前に自らの勤務先を通じてオークションで事故車を転売していました。

 瞳が亡くなった後、「事故現場に花を供えてくれないか」と、夫がAに電話をしました。その後、月命日に献花を続けているようですが、Aにはせめてもの償いとして、事故現場に花を手向け、自らの罪と向きあうことを望んでいます。

 民事裁判では、Aの勤務先の社長の運行供用者責任が認められました。私たちは雇用会社の社長にお墓と仏前での謝罪を求めていましたが、ありきたりの謝罪文1通をよこしただけで、私たちに会い、面と向かって謝罪することなく終止符が打たれました。 

 私たちが福島から遠く滋賀の事故現場に足を運ぶのは、瞳の最後の叫びを受け止めるだけでなく、Aの誠意を見届けるためなのかもしれません。私たちが現場に行くのをやめれば、Aは花を手向けるのをやめてしまうのではないか、事故が風化し、忘れられてしまうのではないか……、そんな不安がよぎるのです。だから私たちは今年も、幾度となく事故現場に足を運び、瞳の叫びを聴きます。

 瞳が最後に暮らした滋賀県に、私たちには知り合いもいませんでしたが、今は遺族として知り合った名古屋のご夫婦はじめ、滋賀県在住の方や、瞳がゼミ合宿でお世話になった高知県の方々、交通事被害者遺族の方々と繋がりができ、私たちの心の癒しとなっています。瞳が引き合わせてくれた出会いを大切にしたいと思います。

 最後に、警察と検察には、丁寧かつ迅速な取り調べをしてほしかった。今後は、飲酒運転のアルコール呼気検査同様、交通事故発生時は携帯電話、スマートフォン等をすぐに押収し、操作履歴及び通信履歴の確認を実施することを強く要望します。そして、裁判所においては、証拠不十分な捜査をふまえ、被害者の心情に寄り添った判決を下していただきたかった。

 遺族には執行猶予などありません。私たちは一生癒やされることのない苦しみと哀しみの日々を送り続けるのです。

坂本さん夫妻は語ります。

「交通事故は多発しており、警察も忙しいとは思いますが、捜査を形式だけで終わらせた結果、被害者遺族はその後、永遠に消えることのない大きな疑問符を残すことになります。

 私たちは瞳の死を無駄にしないためにも、この問題について声を上げ続けます。横断歩道を渡っている人の姿がなぜ見えなかったのか、そのとき何をし、どこを見ていたのか、厳罰化を進める以上、あらゆる可能性を捜査すべきです。そして、ドライブレコーダーは、運転席を録画することも必要なのではないかと思います」

事故発生から5年を目前に、滋賀県彦根市の現場で献花する母の喜美江さん(遺族提供)

事故発生から5年を目前に、滋賀県彦根市の現場で献花する母の喜美江さん(遺族提供)