危険すぎて走行実験すら不可能だった時速194キロをリアルに「可視化」 あの動画はこうして作られた
2025.1.12(日)
4年前、大分の県道で発生した「時速194キロ死亡事故」。法定速度(時速60キロ)の3倍以上という常軌を逸した高速度で起こったこの事故については、「危険運転致死傷罪」の法改正議論が高まる中、さまざまなメディアで報じられてきました。
そんな中、一連の報道の中で繰り返し流されたのが以下の比較動画です。記憶している方も多いのではないでしょうか。
危険すぎて現場での走行実験すら不可能と判断されたこの高速度を、一般道で出すという行為は、いったいどんな世界なのか。それを可視化したこの映像は、ドライバーから見た法定速度との差を視覚的に突きつける衝撃的なものでした。
私がこの動画を初めて記事の中で紹介したのは、2022年8月19日のことでした(以下参照)。
これが「一般道で時速194km」のリアルだ! 事故現場で撮影したシミュレーション動画を公開(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース2022/8/19
反響は大きく、公開されるや否や、
「これが危険運転に問われないのはおかしい」
「歩行者が横断したり、信号が赤になったりしたら止まれるのか?」
「『進行を制御することが困難な高速度』とは、まさにこのことだ」
という声が数多く寄せられました。
そして、多くのテレビ局も相次いでこの動画を番組の中で紹介し、異常な高速走行の危険性を伝えたのです。
実は、このシミュレーション動画を作成したのは、本件事故の遺族を支援してきた犯罪被害者遺族の自助グループ「ピアサポート大分絆の会」共同代表・伊東広晃さん(66)でした。
自身も交通事故遺族である伊東さんが本件こ関わることになったきっかけは何だったのか、そして、この動画をどのような思いで作り上げたのか、お話を伺いました。
「何キロ出るか試してみたい……」という理由で、一般道を時速194キロで走行し、対向右折車に衝突した加害者(当時19)のBMW(遺族提供)
【伊東広晃さんの談話】
■地元の支援者として、できることは何か…
2022年8月6日、地元の大分合同新聞に、時速194キロで起こった本件死亡事故の記事が掲載されました。
警察は当初「危険運転」で送検していたにもかかわらず、大分地検が「過失運転」で起訴したという内容には、私自身、大きな疑問を感じざるを得ませんでした。
同じ思いを持ったのは私だけではありませんでした。まもなく「ピアサポート大分絆の会」共同代表の佐藤悦子さん、東名高速飲酒事故遺族の井上さん夫妻、大分被害者支援センターの弁護士へとつながっていき、8月14日、お盆の時期ではありましたが、急きょご遺族による緊急記者会見を開くことになったのです。
そのとき私は、会場の手配と動画撮影を担当しました。
この日の会見には各方面から大きな反響がありました。
「一般道を時速194キロで走行して死亡事故を起こしながら、なぜ過失なのか?」
「時速194キロがどのくらい危険なのか、道路封鎖をして実際に警察と検察が車に乗って実験すべきだ」
といった声が、私の耳にも多数入ってきたのです。
事故現場は私の自宅から車で40分くらいの場所で、土地勘もありました。たとえ警察でも、横断歩道や交差点があるあの道で、時速194キロの走行実験などできるはずがないことは常識でわかりました。それほど危険な速度だけに、本件が「過失」で起訴されたことはとても腹立たしく、あまりに無念な結果で、被害者や遺族の気持ちを思うと言葉がありませんでした
そんな中、私は『自分にできることはないだろうか? 地元だからこそ力になれる何かがあるはずだ、何かしなければ……』と、連日連夜、考えるようになりました。
夜遅く、遺族の長文恵さん(本件事故で亡くなった小柳憲さんの姉)に、『私になにかできることはないでしょうか』とメールをしたこともありました。すると、長さんも弟さんのことを思い、眠れずにいたという返事がありました。
私も母親を交通事故で亡くしており、何年経っても辛い思いは変わりません。それだけに、同じ遺族としてそのお気持ちが伝わってきました。
東名高速飲酒事故遺族の井上夫妻が2024年12月に開いた、2人のお子さんを偲ぶ会に出席し、スピーチをする伊東さん。左隣が「ピアサポート大分絆の会」共同代表の佐藤悦子さん(筆者撮影)
■母の死亡事故について
私の母は、2010年12月15日の朝、事故に遭いました。整体に行く途中、横断歩道の前で横断待ちをしているとき、わき見運転の車にはねられたのです。救急車が到着するまでに息をしなくなり、搬送された病院で手を尽くしていただきましたが、まもなく死亡が確認されたそうです。
実は、その日の朝、私は出勤のため、車で現場を通っていました。道路はすごく渋滞していて、停まっていたパトカーの近くに直径30センチ位の血のりが見えたのを覚えています。その近くに年配の方の帽子が落ちていたので、『ああ、お年寄りが事故に遭われたのだな』と思いながらその場を通り過ぎました。
まさかそれが、自分の母の帽子とは気づかずに……。
加害者は「後続車のライトが気になり、ルームミラーで後ろを見ていた」と供述していました。母には何の落ち度もない事故でした。
母はこの数年前にも交通事故に遭っており、そのリハビリのためにと整体や病院まで片道1キロの道のりを、杖をつきながら歩くのが日課になっていました。
事故の前日、母を少し叱責したのが最後になってしまい、悔やんでも悔やみきれない思いが今も残っています。
私が地元の大分で、犯罪被害者遺族の自助グループ「ピアサポート大分絆の会」の活動を始めたのは、この体験がきっかけでした。
■時速60キロで撮影した動画を早送り再生して編集
『地元で起こった死亡事故、何か役に立てることはないだろうか……』
そう考えていた私は、とりあえず昼間に事故現場へ行ってみることにしました。車から降りて事故時のタイヤ痕を探したり、献花の写真や中央分離帯からの状況を確認しながら、双方の車が走ったルートを実際に走行してみたりしました。
そのときふと、自分の車にスマートフォンを固定して、夜間、事故現場を実際に走行して撮影することを思いついたのです。地元民だからできることだったと思います。
動画撮影と編集の手順は次の通りです。
1) 自車にスマホを固定して、夜間、事故現場を複数回走行して撮影
2) 自車の定速走行機能を使って、法定速度の時速60キロで走行
3) 時速60キロ走行の動画を時速194キロまで早送りして編集
4) 時速60キロと時速194キロを比べられるように、画面上で上下に配置
当時、動画編集の勉強をしていたこともあって、上記のような方法で動画を作成しました。
そして、出来上がった動画をご遺族やジャーナリストの柳原三佳さんに送り、記者会見から5日後、Yahoo!ニュース記事の中で紹介されたのです。
すると、それをきっかけに各テレビ局から問い合わせがあり、ニュースの中でもこの動画が相次いで取り上げられるようになりました。中には、私と同じ手法で独自に現場で撮影し、シミュレーション動画を作成した上で放送する局もありました。
ただ、もともと時速60キロで撮影した動画なので、実際に時速194キロで受ける路面の影響や振動などは表現できていません。それでも、時速194キロという速度がどのようなものなのか、そのスピード感は視聴者に伝わったのではないかと思います。
現在の事故現場。県道の路面には「速度落とせ」の大きなペイントが(遺族提供)
■シミュレーション動画を見た遺族の思い
伊東さんが作成した動画を初めて見たときの驚きを、遺族の長文恵さんはこう振り返ります。
「その速度は、想像を越える凄まじいものでした。まさに走る凶器。加害者は常軌を逸した速度での衝突に巻き込まれた被害者の身体の破壊を想像出来たでしょうか……」
長さんら遺族は、加害者が時速194キロ出していたことを知らされてから、「実際にその速度で検証したのか?」と、警察や地検に訴え続けてきたそうです。しかし、返ってくる答えは、『一般道の現場では危険で、実施出来るわけがない』というものでした。
「そもそもその答えこそが、この事件の真実です。時速194キロは、世の中のほとんどの人が体験したことのない世界です。紙の上で数字でしか見ない司法の方々には、それが実際にどんな速度なのか、想像すら出来ないと思います。でも、伊東さんはそれを目に見えるよう、見事に再現してくださいました。動画はDVDにコピーしてくださったので、私はすぐ当時の捜査関係者に送りました。走行実験が出来なければ証拠にならないなんて、そんなことは決してない、そう思ったからです」(長さん)
■あきらめず、いろんな方法を探してほしい
本件が「過失」から「危険運転致死罪」に訴因変更されたのは、伊東さんがこのシミュレーション動画を作成してから4か月後、2022年12月のことでした。
そして、裁判員裁判が開かれた結果、2024年11月、被告(23)には危険運転致死罪で懲役8年の実刑判決が下されました。
裁判に関わった裁判員の方々にとっても、この動画は、時速194キロの危険性を判断するうえで大きな判断材料になったのではないでしょうか。
伊東さんは語ります。
「この動画は自分が思っていた以上に広がっていきました。当初は戸惑いもあったのですが、何かしらの役に立ったのなら本当によかったと思っています。再現実験すらできないほどの危険な運転による事故は、他にも多数あると思います。本来は検察庁などでこういう立証をしてほしいとも思いますが、今後は『映像で再現する』という手法が認知され、裁判で積極的に取り上げていただけるように変わってほしいです。そして、今苦しんでいる方がおられたら、あきらめずに、ぜひいろんな方法を探していただきたいと思います」
本件裁判は、検察側、被告側、双方が控訴したため、今後は福岡高裁での審理が行われることになります。
一般道を時速194キロで走行した末に起こった死亡事故は「危険運転致死罪」に問われるべきか、否か……。
から間もなく4年。引き続き注目していきたいと思います。
本件事故により、50歳で亡くなった小柳憲さん(遺族提供)