【時速194キロ死亡事故】初心者なのに「加速時の圧迫感に感動」と法廷で語った被告の元少年、なぜ親は放任した
2024.12.7(土)
11月28日、大分地裁で「時速194キロ死亡事故」の判決が言い渡された。一般道を時速194キロで走行し、対向右折車のドライバーを死亡させたこの行為が「危険運転致死罪」にあたるかどうかに注目が集まる中、裁判所はその成立を認め、懲役8年の実刑判決を言い渡した。事故当時19歳、免許取り立ての初心者だった被告にとって「クルマ」とは何だったのか……。本件の取材を続けてきたノンフィクション作家の柳原三佳氏が、法廷で語られたスピードへの異常な執着と常習性をレポートする。
危険運転致死罪が認められるも判決で示されたのは「軽すぎる刑」
すでに多くのメディアで報じられているように、大分地裁は11月28日、「時速194キロ死亡事故」で危険運転致死罪が成立すると判断し、被告に懲役8年の実刑判決を言い渡しました。しかし、検察の求刑12年より4年も減刑されたため、遺族側は「前代未聞の常軌を逸した高速度での事故。8年はあまりに軽い」として、12月4日、大分地検に控訴を求める意見書を提出しました。
一方で、事故直後はより刑罰の軽い「過失運転致死」で起訴されながらも、遺族や支援者による訴えや署名活動を経て危険運転に訴因変更されたこと、また、過去の同種事案の多くが「過失」と判断されてきたことを思えば、この判決は意義のある内容だといえるでしょう。
しかし、たとえ被告が「危険運転致死罪」で実刑判決を受けたとしても、被害者である小柳憲さん(当時50)の命は戻りません。時速194キロという超高速度で衝突された小柳さんは、自車のシートベルトが引きちぎれるほどのダメージを受け、全身の骨を砕かれて亡くなりました。その過酷な状況については、ご遺族から寄せられた以下の手記をぜひお読みいただければと思います。
(参考記事)【時速194km死亡事故】遺族の手記を全文公開 亡き弟が生身で実証した「超高速衝突」の過酷な現実(柳原三佳:Yahoo!ニュース エキスパート )
本件の加害者は当時19歳、運転免許を取得してからわずか1年足らずでこの事故を起こしました。11月12日に開かれた第5回公判では、被告本人と彼の父親、母親への尋問、そして最後に遺族への尋問が行われました。
教習所で交通ルールと実技を学び、試験にも合格したはずの彼が、免許取得後、なぜ短期間のうちにこれほど危険な運転をするにいたったのか……。
法廷で語られた数々の事実から、被告と車の関係性、繰り返されていた危険運転の実態、そして、そうした行為を抑止する余地はなかったのかについて、加害者、そして親の立場から考えてみたいと思います。
加害者は免許所得から1年足らずの「初心者」
第5回公判当日、すでに事故から3年9カ月が経過し、当時19歳だった被告は23歳になっていました。スーツに身を包み、法廷で弁護人の横にうつむき加減で座るその姿からは、ごく普通の大人しそうな青年という印象を受けました。今も両親のもとで暮らしているという彼は、この日、証人として出廷した両親の尋問をじっと聞いていました。
制限時速の3倍以上という高速度で死亡事故を起こし、裁判員裁判で被告人として裁かれている我が息子。この日、証言台に立った両親と傍聴席との間には大きなパーテーションが立てられ、その姿や表情をうかがい知ることはできませんでしたが、父親は、
「免許を取って1年足らずの息子には、高性能の外車はまだ早いかなと思いましたが、どうしてもこれが欲しいというので購入を許してしまったことは間違いでした。責任の一端は私たちにもあると思っています」
と後悔の思いを述べ、
「息子の、酷い、許すことのできない高速運転で、小柳さまの命を奪うことになり、この悲惨な事故について深く反省し、お詫び申し上げます」
と遺族に謝罪していました。
今回の事故を引き起こしたのはあくまでも被告本人です。連日、新聞やテレビで本件が大きく報道される中、両親もまた、未成年の息子の罪の重さに自責の念を感じ、追い詰められていたことでしょう。
しかし、免許を取得してから事故を起こすまでの約11か月間、親として、家族として、彼の心にブレーキをかけさせるチャンスはあったのではないか……。午後から行われた被告への尋問を聞きながら、私は疑問を抱かざるを得ませんでした。
瞬く間に2台目の高級スポーツカーに乗り換え
子どもの頃から車が好きでスポーツカーに乗りたかったという被告は、2020年3月に免許を取得後、まもなく、父親から就職祝いとして100万円をもらい、そのお金でマツダのRX8(2005年型/6速ミッション)を購入しました。ロータリーエンジンを搭載したこの車は、発売当時「21世紀のロータリースポーツ」として注目を集めたスポーツカーで、1万回転まで刻まれたタコメーターを装備。いまも根強い人気を誇っています。
この車を「かっこいい」と感じて入手した被告は、毎日のように運転し、一般道で時速170~180キロ前後の速度を出すという違反行為を何度も繰り返していたといいます。国産車は時速180キロのリミッターが搭載されているため、それ以上出すことはできなかったのでしょう。
ところがこの車は、購入後まもなく、エンジンが止まるというトラブルをたびたび起こし、そのうち保証期間も過ぎたことから、被告は別の中古車の購入を検討します。それが今回事故を起こしたBMW235i。直列6気筒DOHCターボ搭載、最大出力は326ps(240kW)/5800rpm、限定のスポーツクーペでした。
価格は中古で340万円。当時、給料の手取りが13万円だった被告は、2020年12月、会社で7年ローンを組み、この車を購入。毎月3万円、ボーナス時に7万円を返済していく予定だったと言います。
BMWはドイツ車なので日本車のようなリミッターはなく、アクセルを踏めば時速200キロ以上は軽々と出すことができます。被告は法廷で、「何キロ出るか試したかった」と言い、高速道路では時速200~210キロ超の速度を複数回出して走行していたと述べていました。また、一般道でもほかの車がいない時を見計らって、高速走行を何十回も繰り返し、時には信号無視をしたこともあると語りました。
「いけないのは分かっていたが、欲望制御ができなかった」
驚いたのはその速度だけではありません。被告の口からは次のような言葉が何度も飛び出したのです。
「アクセル踏み込んでいったとき、エンジンやマフラーから音が出て、加速する感覚を楽しんだ」
「アクセルを床まで踏み込んでスピードを出すとき、ジェットコースターに乗っているのに近い、押し付けられるような圧迫感を感じ、感動した」
「スピード違反がいけないのは分かっていたが、多分自分は大丈夫だろうという気持ちがあり、欲望制御ができなかった」
「高速度にスリルを感じる。スリルというより自分の心の中にあるワクワクした気持ち……」
つまり、彼は超高速スピード違反の「常習者」で、本件事故で問題になった時速194キロという速度は、決してその場限りの「うっかり」ではなかったということです。数カ月にわたってこれほど悪質な行為を繰り返しながら、なぜ一度もスピード違反で検挙されなかったのか、その点には悔しさが残ります。
ちなみに、一般道で制限速度を30キロオ―バー、高速道路では40キロオーバーすると赤切符を切られて一発免停となり、罰金も取られますが、検察官から「一般道で何キロオーバーしたら免停になるか知っていますか?」と問われた被告は、けろっとした態度で「知らないです」と答えていました。
こうした被告の順法精神のなさは、他にも散見されました。たとえば、初心者マークは免許取得後1年間、車の前後につけなければなりませんが、BMWにはついていませんでした。理由は「かっこ悪いから」だそうです。
結局、7年ものローンを組んで入手したお気に入りの愛車は、購入後わずか40日で死亡事故を起こし、全損となりました。
子どもの頃から車が好きだったという被告は、法廷で遺族に謝罪をした後、こう述べました。
「今後、車の運転免許を取ることはありません」
ようやく見えてきた、一般道での超高速運転での事故を「危険運転致死傷」とする道筋
「かっこいいスポーツカーで、どこまで速度が出るか試してみたい」
車好きの若者ならそんな衝動に駆られることもあると思います。免許取り立てで運転経験が浅いにもかかわらず、公道で無謀な走りを繰り返す者たちは、交通ルールよりも自身の快楽や虚栄心が勝るのでしょう。逆に言えば、運転経験が浅いからこそ、怖さ知らずの危険行為ができてしまうのかもしれません。
しかし、その危険行為によって、他人の命や健康を奪う可能性があるのです。当たり前のことですが、どれだけ高出力でスピードの出る車であっても、一般道や日本の高速道路では制限速度を守らなければなりません。どうしても高速度を体験したいのなら、きちんとライセンスを取ってサーキット走行をすべきです。
これまでは、直線道路で発生した超高速度による重大事故の多くで「過失運転致死傷罪」が適用されてきました。その理由は、「衝突するまでまっすぐに走れていたので、制御困難な高速度とはいえない」というものでした。しかし、今回の大分地裁の判断によって、今後は同様の事案が「危険運転致死傷罪」という重い罪に問われる可能性が出てきました。もはや、超高速での事故はうっかり過失ではありません。長期にわたって刑務所に収監されるということをしっかり認識することが大切です。
親の立場としては、我が子が初心者ドライバーの間は、本人の特性や適性をしっかり見極め、その行動に注意を払う必要があるでしょう。初心者の間は身の丈に合った車を選び、必ず自動車保険に加入させ、車を購入後は行き先とともにオドメーターで日々の走行距離をチェックしたり、一緒に乗って運転の仕方を確認したりするなど、「うるさい」と言われても、厳しく目を光らせることが重要です。
本件事故の被害者となられた小柳憲さんの命を無駄にせぬよう、この裁判の結果が次なる事故の抑止につながることを祈りたいと思います。