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娘の命奪った事故車がオークションで転売されていた!加害者は「廃車にした」と言ったのに

「人の死」に絡んだ車、実は告知義務も課せられず普通に中古市場に流通している

2024.9.28(土)

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娘の命奪った事故車がオークションで転売されていた!加害者は「廃車にした」と言ったのに

 自殺や他殺、特殊清掃が必要となるような「人の死」が発生したアパートやマンション、一戸建てなどの不動産物件のことを「事故物件」といいます。事故があったことを知らせずに売ったり貸したりすることはできません。

 販売者は発生から3年が経過するまで、入居希望者にその事実を告知することになっており、国土交通省が出している『宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン』には、買主や借主にとっての「心理的な欠陥(瑕疵)」を考慮する必要性について、その趣旨や背景が詳細に記されています。

 では、車における「事故物件」、たとえば、ドライバーや同乗者が交通事故で亡くなったり、車内で排ガス自殺を図ったりした車、また、人を死傷させた加害車両などは、中古車市場でどのように扱われているのでしょうか。

車の場合、「人の死」が絡んでいても告知する義務なし

 実は、中古車販売時には「修復歴の有無」の告知は必要とされていますが、なぜ修復が必要になったのか、その理由説明までは求められていません。

 販売する側には「人の死」に関する告知の義務はないため、いったん流通すれば、買う側はその車の履歴を知ることはできないのです。つまり、中古車市場には「人の死」が絡んだ車も普通に流通しているということになります。

 ここで取り上げるのは、ある遺族から届いた訴えです。

「娘をはねた加害者は、取り調べでは『事故車は廃車にしました』と言っていました。私たちはてっきり、娘の命を奪った車は『スクラップ』にされ、もうこの世に存在しないのだと思っていました。それなのに……」

 大切な我が子を突然の事故で奪われてから4年半、福島県在住の坂本勝さん、喜美江さん夫妻は、裁判が終わった今も疑問がぬぐい切れず、苦しみ続けています。

加害者は大手自動車ディーラーの店長

 事故は2020年3月8日午後11時20分頃、滋賀県彦根市の県道で発生しました。横断歩道を渡っていた滋賀大学3年の坂本瞳さん(21)が乗用車にはねられ、頭などを強く打って意識不明の重体となり、4日後、一度も意識を回復せぬまま亡くなったのです。

事故現場の横断歩道は見通しのよい直線道路。なぜ被告は横断中の瞳さんを見逃したのか……(遺族提供)

事故現場の横断歩道は見通しのよい直線道路。なぜ被告は横断中の瞳さんを見逃したのか……(遺族提供)

 瞳さんは4月から大学を休学して海外留学を計画しており、『語学留学先はカナダに決めた』というメールが母親の喜美江さんに届いたのは、事故発生のつい数時間前のことでした。

 本件の詳細は以下の記事をご覧ください。

(外部リンク)なぜ警察と検察は『ながらスマホ』の捜査を怠ったのか… 横断歩道上で未来奪われた娘の無念(柳原三佳。Yahoo!ニュース エキスパート)

 加害者は滋賀県内の大手自動車ディーラーの彦根店で店長をつとめていたA(当時43)という男でした。歩行者が最優先されるべき横断歩道上での事故、しかも一般道では赤切符にあたる時速30キロオーバーの速度違反をしていたことから、大津地裁彦根支部は事故から1年後、被告の責任を問う厳しい言葉を列挙し、過失運転致死罪で判決を下しました。

 以下、一部抜粋します。

『被告人は(中略)制限速度を30kmも超過する時速約70kmで走行した上、前方への安全確認を怠り本件事故を起こしたもので、その運転態様は危険で、過失の程度は大きい。また被告人は、自動車販売店の店長という立場にありながら、このような自動車運転上の基本的な注意義務を怠っており、この点も強い非難に値する』(林奈桜裁判官)

 その上で、『被告人なりに贖罪につとめている』という理由を挙げ、禁錮3年執行猶予5年を言い渡したのでした。

スクラップになったわけではなかった事故を起こした車

 刑事裁判の一審判決が確定した後、坂本さん夫妻はAと会社を相手取り、民事裁判を起こすことにしました。ところが、その準備の中で、「廃車=スクラップ」にされたとばかり思い込んでいた事故車が、今も存在していることが発覚したのです。

 坂本さんの代理人として本件訴訟に取り組んだ中隆志弁護士は語ります。

「交通事故の民事裁判を起こす場合、運行供用者責任を挙げる必要があるため、まず加害車の『登録事項証明書 現在記録』を取って確認しました。この書面には車の新規登録、移転、一時抹消、変更登録等の履歴のほか、所有者名、使用者名がすべて記録されているのですが、よく見ると、事故から2カ月もたっていない2020年5月1日に一時抹消登録という手続きがなされ、Aが起訴される前の同年9月9日には、大阪で新規登録されていたことが分かりました。つまり、事故車は第三者に転売されていたのです」

「一時抹消登録」も“廃車”?

 Aは、事故から4か月後の7月6日、彦根警察署でとられた供述調書でこう述べていました。

「私が運転していたエスティマは、すでに廃車にしました」

 9月18日には大津地検彦根支部の検察官の取り調べでも、

「私は事故を起こした車を廃車にし、事故後、車を運転しておらず、通勤など、徒歩と電車で移動しています」

 と供述しています。

 では、「廃車にした」というAの供述は虚偽なのか……、というと、そうとは言いきれないようです。自動車業界では「一時抹消登録」も、広い意味で廃車手続きの中のひとつとされ、「再び使用する可能性がある車」ということになっているからです。

 しかし、中弁護士はこう指摘します。

「『廃車』という言葉を新明解国語辞典で調べると、『古くなったり壊れたりして使わないことにした自動車』とあります。一般的には自動車として役目を終えている、つまりスクラップにされたと理解するのが普通だと思います。ご遺族はもちろん、おそらく、捜査機関も裁判所もそう認識していたのではないでしょうか」

 登録事項証明書によれば、Aは、自身が勤めている自動車販売会社で2016年にクレジットを組んでエスティマを購入。2020年3月に本件死亡事故を起こし、5月1日に一時登録抹消した段階でクレジットを清算していました。筆者がAの勤務先であるディーラーに確認したところ、この車は中古車としてオークションにかけられていたことがわかっています。

「事故車はおそらく修理したのでしょう。すでにスクラップにされたものだと思っていたご遺族からしてみれば、娘さんの命を奪われた車が商品として販売され、現在も誰かが所有しているというのですから、心情的には非常に辛いものがあると思います。これは購入する側も同じではないでしょうか。たとえば私が購入した中古車が、もし死亡事故歴のある車だったら、やはり乗りたくはありませんね」(中弁護士)

両親は瞳さんが亡くなるまで住んでいたアパートの部屋を福島の自宅の一室に再現している(筆者撮影)

両親は瞳さんが亡くなるまで住んでいたアパートの部屋を福島の自宅の一室に再現している(筆者撮影)

裁判で減刑理由になりうる「廃車」

 実は、死亡事故を起こした加害者が事故車を「廃車」にすることは、刑事裁判決において、執行猶予、つまり減刑理由のひとつにされることがあります。

 2024年3月、福島県鏡石町の駅前ロータリーで車が暴走し、自動車学校での教習を終えたばかりの大学生2名が死傷した事故では、被告の女性(72)に対して禁錮2年、執行猶予5年の判決が言い渡されました。裁判官は判決文の中で、「被告が事実を認めて被害者らに謝罪を述べるとともに、今後は運転しないと誓約して所有していた自動車を処分している」と記していました。

(外部リンク)鏡石町大学生2人死傷事故 被告に執行猶予つきの有罪判決|NHK 福島県のニュース

 また、鏡石町の事故の被告は、事故を起こした軽自動車とは別にもう1台軽トラックを所有していましたが、2台とも廃車(解体処分)にしたといいます。

(外部リンク)鏡石駅前の惨劇【暴走車死傷事故】ふくしまの事件簿#3 (政経東北)

ディーラーは「裁判記録が全て」「社内で熟慮と検討した結果」と回答

 坂本さん夫妻は2024年6月12日、Aが勤務していた自動車ディーラーに以下の質問を送りました。

・御社では、死亡事故歴のある中古車を販売する際、事故情報や修理内容の情報を開示されていますか。

・私達遺族は、「廃車」と聞いた際、その意味を「スクラップにした」と思い込んでいましたが、御社では通常、「廃車」という言葉をどのような意味で使われていますか。

・今回、A氏が「事故車を廃車した」と言いながら、A氏又は御社がオークションに流通させていた事実を把握していましたか。

・本件事故車をオークションに流していたことについて、御社としてどう思われますか。

 6月25日、代理人弁護士からは以下のような回答が寄せられました。

<警察と検察での適正な交通事故の捜査を経て、すでに民事責任及び刑事責任を問う裁判は終了しております。ご家族様の求められているご質問の回答につきましても、これら裁判記録が全てであると思料いたしますため、個別のご質問にお答えすることは控えさせていただきます。ご家族様の悲しみ、思いへの寄り添いが足りないとのお叱りを受けることも承知のうえ、社内で熟慮と検討した結果でありますこと、何卒、ご理解を賜りたくお願い申し上げます。>

 本件でAがおこなった、事故車の「一時抹消登録」の手続きは、たしかに違法ではありません。しかし、警察や検察は、Aが取り調べ時に供述した「廃車」という言葉の意味を正しく認識していたでしょうか。そして、裁判官は判決を書く際に、この事故車がすでに売却されていた事実を確認していたでしょうか。

愛娘の命を奪った車がいまも存在している事実、耐えられぬ遺族感情

 母親の喜美江さんは語ります。

「警察や検察には『事故を起こした車は廃車にした』と供述し、刑事裁判では反省の弁を述べながら、実際には早々に事故車を売却、この行為は、Aと会社が、瞳の命を粗末にしたのと同じだと感じています。私たちはいまもあの車がどこかで走っているかもしれないと思うと、つらいのです。しかもAは、自動車業界に身を置く人間です。その職責からしても今回の死亡事故のみならず、瞳の命を奪った車をA自身が勤める大手ディーラーを通して転売したという行為は、とても許されないことだと思っています」

2024年9月、福島から滋賀の事故現場へ行き、手を合わせる母親の喜美江さん(遺族提供)

2024年9月、福島から滋賀の事故現場へ行き、手を合わせる母親の喜美江さん(遺族提供)

 ある中古車販売店の店主は言います。

「うちの店では、死亡事故を起こしたことが明らかな車は、たとえ新しくても、損傷が小さくても、基本的には流通させずスクラップに回しています。仮に転売する場合でも、やはり不動産と同様、道義的にはその事実をお客様に伝え、了承していただくべきだと思いますね」

 日々発生している人身事故。多くの事故車が中古車市場に流れている一方、「人の死」が絡んだ車のその後をめぐり、やりきれない思いを抱き続け、深く心を傷つけられている人たちが存在することもまた事実なのです。