飲酒したら車のエンジンがかからない「アルコール・インターロック」米では90年台から、日本は…
2024.9.20(金)
ゴールデンウィークの最終日、群馬県伊勢崎市で発生した飲酒トラックによる死亡事故。公開されたドライブレコーダーの映像、そして、大切な家族を突然奪われた遺族の会見は、飲酒運転の悲惨さを真正面から突き付けました。
中央分離帯を乗り越え、正面衝突事故を起こした運転手は、会社がおこなった出発前のアルコール検査を終えてから酒を飲んでいました。運送業に従事しているにもかかわらず、こうした違法行為をおこなっているドライバーがいることにショックを受けた人も多いことでしょう。トラックのような大きな車体に突っ込まれたら、被害者側はひとたまりもありません。
■アメリカでは四半世紀前からインターロック導入
さて、この事故が大きく報道されてから、「日本でもアルコール・インターロックを法制化すべきだ」という声をたびたび見聞きするようになりました。これは、ドライバーの呼気から基準値以上のアルコールが検出されると、イグニッションキーをロックさせてエンジンをかけることができないようにする装置です。
実際に、アメリカではかなり前から、警察、裁判所、政府、カウンセラーなどが相互に連携した「飲酒運転再犯防止のためのプログラム」を確立させ、その中でアルコールインター・ロックを活用してきました。
実は、今をさかのぼること22年前、私はこのプログラムについて取材し、『アルコール検知で発進できない「インターロック」で飲酒運転なくせ』というタイトルの記事を『週刊朝日』(朝日新聞社/2002.09.27号)に執筆していました。
当時、アメリカではすでにアルコール・インターロックを活用した取り組みが実践されており、そのことにとても驚き、日本にも広めることができないものかと真剣に考えながら記事を書いたことを記憶しています。
奇しくも、この記事を出す直前、日本ではプロドライバーによる飲酒事故が相次いでいました。
2002年の7月、JR東海バスの運転手が高速道路で蛇行運転をした末、サービスエリアで他車と接触。運転手の呼気からは飲酒運転の基準(0.15mg/L)をはるかに超える0.35mg/Lのアルコールが検出されたのですが、なんと、この運転手は乗務中に飲酒していたというのです。
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乗客の命を預かるバス運転手の中にもこうした悪質な飲酒者が存在するという事態を重く見た国土交通省は、さっそく全国の事業者にアルコール検知器の導入などの防止策をとるよう指導しました。ところがその矢先の2002年8月28日、今度は神戸市営バスの運転手が、酒気帯び運転で歩行者を死亡させるという事故を起こしたのです。
もちろん、国からの指導通達は神戸市交通局にも届いていました。しかし、アルコール検知器の導入など具体的な対策はとっておらず、事故当日は出庫前に簡単な点呼を行っただけ。係員は運転手の酒気帯びには気づかなかったそうです。
せっかく国が指導通達を出しても、結果的に紙きれだけでは即効性がないことが露呈した出来事でした。
一般公道を走る多くの車。この中に飲酒ドライバーがいるかもしれない(写真:アフロ)
■インターロックで飲酒運転の再犯率を90%抑制できる
では、「アルコール・インターロック」とは、いったいどのようなもので、アメリカではどのように使われてきたのでしょうか。
22年前(2002年)の取材記事ではありますが、あえて、「当時、すでにここまでの取り組みがなされていた」ということを知っていただくために紹介したいと思います。
アメリカでは、飲酒運転などで逮捕されたドライバーに再度免許を交付するとき、裁判所の命令によってアルコール・インターロックを車に取り付けさせ、さらに呼気テストを一定期間義務づけていました(装着料100ドル、レンタル料月140ドル/いずれも当時)。
呼気テストの手順は以下の通りです。
1)ドライバーは、車を始動させる前に、テスターに息を吹きかける(テストをしないで発進させた場合は、クリアするまで警報が鳴り続けるため、テストをしないわけにはいかない)
2)走り始めてしばらくすると、再びテストを促す警報が鳴る。再テストをさせることで、車を始動させた後に酒を飲んだり、酒場にエンジンをかけたまま車を止めておくことを防止するため。
仮に、ドライバーが呼気テストを拒否したり、失敗したりした場合、その信号はコンピューターによって関連機関に報告され、捜査の対象となります。
アルコール・インターロックの効果は絶大で、装着しない場合と比較すると、飲酒運転の再犯率を90%抑えることができるということでした。
全米にこうしたプログラムを普及させるきっかけとなったのは、当時13歳だった少女の飲酒ひき逃げ死亡事故です。加害者は飲酒運転の前歴者で、事故の2日前に保釈されたばかりでした。当時のアメリカでは、飲酒運転は社会に蔓延しており、理不尽な現状に怒りを覚えた少女の母親は、「飲酒運転は“事故”ではない。暴力的犯罪として重罪にすべきだ!」と声を上げはじめたのです。
そして1980年、カリフォルニア州で「MADD」(Mothers Against Drunk Driving Driving=飲酒運転に反対する母親たちの会)という市民団体が発足します。MADD は「飲酒運転の撲滅」「犯罪被害者支援」「未成年に対する飲酒・ドラッグの防止教育」という3本柱を軸に、司法や行政を動かしながら、数々のプログラムを実現させ、実践してきたのです。
アメリカ・ロサンゼルスで発生した交通事故の現場(筆者撮影9
■飲酒運転撲滅に向けての国の取り組みは?
その後、日本でもさまざまな検討会が開かれます。国土交通省自動車局が「呼気吹込み式アルコール・インターロック装置の技術指針を策定しました」というプレスリリースを発表したのは、2012年4月。私が上記記事を書いてからちょうど10年後のことでした。
以下、リリースから抜粋します
国土交通省においては、飲酒運転による交通事故件数を削減する観点から、飲酒運転を防止する装置(アルコール・インターロック装置)の実用化に向けた取り組みを進めており、平成21年度に設置した「新たな飲酒運転防止装置に関する調査検討会」においてアルコール・インターロック装置の早期実用化に向けた検討を行い、新技術の研究動向調査や諸外国の動向等を踏まえ、平成22 年度に「呼気吹き込み式アルコール・インターロック装置の技術指針(案)」がとりまとめられました。 (中略)なかでも、呼気吹込み式アルコール・インターロック装置については、既に実用化されており、事業用車両を中心に普及が進んでいます。
しかし、それから12年が過ぎた今も、日本ではアルコール・インターロックはまだ普及していません。
それを裏付けるかのように、全日本トラック協会のサイトには、「事業用トラックの飲酒事故事例」として、さまざまなケースが列挙されています。
以下、2023年中の飲酒事故から抜粋します。
●1月9日/熊本県の市道において、熊本県に営業所を置く大型トラックが交差点にて信号待ちをしていた乗用車に追突。
●1月14日/福井県の国道において、愛知県に営業所を置く大型トラックが交差点を直進しようとしたところ、左側から走行してきた乗用車と衝突。
●1月16日/千葉県の国道において、同県に営業所を置く大型トラックが交差点にて第一通行帯(左折専用)から第二通行帯に車線変更しようとしたところ、第二通行帯を走行していた大型トレーラと接触。
●3月8日/福岡県の高速道路において、大阪府に営業所を置く大型トラックが運行中、第三車線から第二車線に車線変更しようとした際、乗用車と衝突。
●4月11日/岐阜県の高速道路において、愛知県に営業所を置く普通トラックが中央分離帯に衝突。運転者は運行途中に購入した酒を飲んだ模様。
●10月31日/群馬県太田市のコンビニエンスストア駐車場において、栃木県に営業所を置く大型トレーラーが右折にて駐車場から市道に出ようとしたところ、隣接する民家の壁に衝突。
●11月1日/栃木県那須塩原市の県道において、東京都に営業所を置く準中型トラックが曲がろうとしていた十字路を通り過ぎたことに気づき後退したところ、停止していた後続の軽自動車に衝突。
●11月22日/滋賀県近江八幡市の国道において、岐阜県に営業所を置く小型トラックが、交差点に赤信号で停車していた乗用車に追突。
これらを見ていると、残念ながらいまもプロドライバーによる飲酒事故が各地で発生していることがよくわかります。トラックを扱うプロでもこうなのですから、いったいこれまで、どのくらいの人が飲酒事故の犠牲になってきたことでしょう。
<飲酒運転阻止の「最後の切り札」普及求める声…エンジン連動の検知装置「義務化進めて」:地域ニュース : 読売新聞>
上記記事によれば、全日本トラック協会は、アルコール・インターロックの購入費用として、2013年度から1台あたり最大2万円を助成しているそうです。しかし、申請は2022年度までの累計で803台にとどまるとのこと。
また、国土交通省も2022年度から10万円の補助を始めましたが、同年度の実績は数台だそうです。
すでにアルコール・インターロックを自主的に導入している企業がありますが、なぜ日本は、欧米のようにこうした装置を活用して、危険な飲酒運転を徹底排除してこなかったのか。もちろん、大半のドライバーは法令を遵守し、誠実な運転をおこなっているわけですが、その中にわずかでも無法者が混ざっているという現実があるのです。
アルコール・インターロックが飲酒運転防止に効果があるのなら、国としてさらに強い方策を講じて、もっと早くに普及させることはできなかったのか。もっと早くに本腰を入れて、抑止力につながる何らかの取り組みをおこなっていたら、こんな悲しい事故を1件でも減らすことができたのではないか……、そう思うと悔しくてなりません。