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伊勢崎「家族3人死亡事故」、なぜ地検は酔って分離帯乗り越えたトラック運転手を危険運転致死傷罪に問わないのか

2024.9.18(水)

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伊勢崎「家族3人死亡事故」、なぜ地検は酔って分離帯乗り越えたトラック運転手を危険運転致死傷罪に問わないのか

飲酒して蛇行運転、そして中央分離帯を乗り越えて…

 2024年5月6日、ゴールデンウィークの最終日に起こった事故は、一瞬にして2歳の男の子と、父(26)、そして祖父(53)、3人の命を奪いました。

 現場は群馬県伊勢崎市の国道17号線。対向車線に飛び出した中型トラックに正面衝突され、原形をとどめないほどに大破した白い乗用車の映像に衝撃を受けた人も多いでしょう。

 事故を起こしたトラック運転手・鈴木吾郎容疑者(69)が自動車運転処罰法違反(危険運転致死傷)の疑いで逮捕されたのは、事故から3カ月半の8月20日のこと。『入院していたとはいえ、ようやく逮捕か……』そう思いながらニュースを見ていたのですが、新たに発覚した事実に驚きました。なんと容疑者からは、事故直後の検査で基準値以上のアルコールが検出されていたというのです。

 運送会社によれば、乗務前の呼気検査ではアルコールは検出されていなかったとのこと。つまり、この容疑者は検査をクリアした後、業務でトラックを運転することがわかっていながら酒を飲んでいたことになります。それが事実なら、かなり悪質な行為です。

 その後、テレビやネットでは衝突直前の様子が記録されたドライブレコーダーの映像が繰り返し放映されました。後続車のカメラはトラックが急加速したり、蛇行したりする姿をとらえ、トラックの車室内カメラにはハンドルを握る容疑者の姿だけでなく、衝突直前の本人の声や衝突音も残されていました。それらの映像は、飲酒運転の恐ろしさ、悲惨さを、視聴者に対してリアルに突き付けるものでした。

危険運転致死傷罪で逮捕も、なぜか起訴は「過失運転致死傷」で

 そして、逮捕から20日後、今度は以下のニュースが報じられました。

(外部リンク)家族3人死亡事故 過失運転致死傷罪で起訴 群馬 伊勢崎 (NHK 首都圏ニュース)

 警察は鈴木容疑者を「危険運転致死傷罪」で逮捕していたにもかかわらず、前橋地検はより罪の軽い「自動車運転処罰法違反(過失致死傷)」の罪で起訴したというのです。

 9月16日、遺族らは記者会見を行い、

「悪質すぎる飲酒運転なのに、なぜ『危険運転』にならないのか、怒りとショックとなんでという気持ちが強かったです」

「これが『過失』のまま起訴されてしまうのは、(亡くなった)本人たちも悔しいだろうし私たちも到底納得できない」

 と、悔しい胸の内を語りました(下記ニュースより抜粋)。

(外部リンク)家族3人死亡「悪質すぎる飲酒運転なのになぜ」事故から4か月…遺族が訴え(日テレNEWS NNN)

 飲酒、速度オーバー、中央分離帯突破による死亡事故が、「危険運転」ではなく「過失」と判断されたことに、遺族が承服できないのは当然のことでしょう。

「危険運転致死傷罪」は、飲酒運転や大幅な速度違反、信号無視など、危険な運転による事故の罰則が軽すぎるのではないかという遺族や国民の声の高まりを受け、2001年、刑法の一部改正によって新設されました。こうした行為によって人を死亡させてしまった場合は1年以上20年以下の懲役、負傷させてしまった場合は15年以下の懲役となっています。

 一方、「過失運転致死傷罪」はあくまでも「過失」として処理され、7年以下の懲役もしくは禁固または100万円以下の罰金となります。しかし、初犯の場合は執行猶予、もしくは罰金という軽い刑罰で済まされるのが一般的です。

 ちなみに、「危険運転致死傷罪」とみなされる事案についての条文には、「アルコール又は薬物を使用して正常な判断ができない状態で運転する行為」と記されています。前橋地検は本件について、この行為にはあたらないと判断したことになります。

「なんのための危険運転致死傷罪なのか」

「プロのドライバーが、運転する40分前に焼酎440mLを飲んで、制限速度時速60キロの道路を時速90キロで走り、センターラインをオーバーして反対車線のさらに向こうの分離帯まで飛び越えて行ったのです。いったい、この運転のどこが『不注意』であり、『過失』なのでしょう。前橋地検は何を誤った判断をしてしまったのでしょう」

 そう訴えるのは、1999年、東名高速で飲酒運転のトラックに追突され、3歳の長女と1歳の次女を失った井上郁美さんです。この事故では井上さんの乗用車が追突され、その衝撃で炎上。運転していた郁美さんと助手席に乗っていた夫の保孝さんはかろうじて脱出しましたが、後部座席でチャイルドシートに座っていた幼い姉妹が犠牲になりました。

事故で2人の愛娘を喪った井上保孝さん・郁美さん夫妻(筆者撮影)

事故で2人の愛娘を喪った井上保孝さん・郁美さん夫妻(筆者撮影)

事故で亡くなった長女・奏子(かなこ)ちゃんと次女・周子(ちかこ)ちゃん(筆者撮影)

事故で亡くなった長女・奏子(かなこ)ちゃんと次女・周子(ちかこ)ちゃん(筆者撮影)

 加害者の運転手は、飲酒運転の常習者でした。この事故の刑罰(懲役4年)があまりに軽いことに愕然とした井上さんは、同じ思いを抱く遺族らと共に、法改正に向けて尽力しました。それだけに、群馬の飲酒事故が過失で起訴されたというニュースを見た日は、怒りと悔しさで眠れないほどだったといいます。

 SNSのコメント欄にも、今回の事故を「過失」で起訴した前橋地検に対して、「なんのための危険運転致死傷罪なのか?」「基準値以上のアルコールが検出されたら、危険運転で起訴すべき」という批判の声が多数投稿されています。

高い「危険運転致死傷罪」のハードル

 では、なぜ前橋地検は危険運転での起訴を見送ったのでしょうか。

 これまで、数々の危険運転致死傷罪事件で被害者の支援を行ってきた高橋正人弁護士は、今回の地検の判断についてこう語ります。

「群馬の事件を検討するときに、参考になる最高裁の判例があります。泥酔状態で運転をしていた福岡市の市職員が、追突事故を起こすまではきちんと車線内を走行し、信号機の表示にも従って運転していたのですが、事故の直前に8秒間脇見をしてしまったため、停車していた先行車両に追突し、3人を死亡させた事案です。一審は危険運転致死傷罪を無罪とし、過失運転致死傷罪にしましたが、高裁と最高裁はこれを覆し、危険運転致死傷罪とし懲役20年の判決を下しました」

 高橋弁護士が例示したのは、18年前、福岡県で発生した「海の中道大橋事件」です。家族5人が乗った乗用車が飲酒運転の車に追突されて海に転落。3人の幼いきょうだいが亡くなりました。

(外部リンク)幼い3人犠牲 海の中道大橋の飲酒死亡事故から18年|NHK 福岡ニュース

「一審が危険運転致死傷罪について無罪とした背景には、『8秒間も脇見をすることは、普通の運転手だったら怖くてありえないことではあるが、酒を飲んでいなくても、全くあり得ないことではないのではないか、だからただの過失だ』という考え方があったとみることができます。実際の事例を見ても、8秒間脇見をすることは稀なケースではありますが、私自身弁護士として、酒を飲んでいない事例を3件、事件として扱ったことがあります。しかも、うち1件は、15秒間、赤色灯火に気づいていない事案でした。しかし、いずれも過失運転致死罪でした」

 高橋弁護士の経験からも、危険運転致死傷罪のハードルはかなり高いことがわかります。しかし、そんな中、「海の中道大橋事件」は一審で無罪とされながらも、最高裁は危険運転致死傷罪の成立を認めました。つまり、8秒間脇見をしたことをもって『酒の影響によるものだ』と判断したのです。

(外部リンク)最高裁の判決

 高橋弁護士は、この判決について、次のように整理することができるのではないかといいます。

「事故が酒の影響によるものだと言えるためには、『酒を飲んでいない以上、8秒間脇見をすることは“絶対”にあり得ない』というところまで厳密に立証する必要はありません。『“普通”だったら8秒間脇見をすることはあり得ない、そしてかなりの量の飲酒をしていた』ということを立証できれば、酒の影響があったと考えるのが常識的であるから、事故と飲酒との因果関係を認められ、危険運転致死傷罪が成立します。

 しかし、酒を飲んでいない場合、8秒間脇見をすることは、“普通”ならあり得ないことではありますが、危険運転致死傷罪の構成要件に該当しませんから、過失運転致死傷罪とせざるを得ません。

 ただ、その場合であっても、重過失の部類に入るとして量刑上考慮され、普通の過失運転致死傷罪に比べれば刑が重くなる傾向にある、というのが裁判例の意味するところだと思います」

「まかり間違って過失運転致死傷罪で裁判が開かれることのないように…」

 群馬の3人死亡事故では、被害車との衝突に至るまでのトラックの異常な挙動がしっかり記録されていました。このような運転と「飲酒の事実」をふまえた上で、高橋弁護士はさらにこう指摘します。

「群馬の事件は、直線道路で雨も降っておらず、見通しも良く、人が飛び出してきたような不測の事態もなかったのですから、中央分離帯に激突したり、右・左にハンドルを切ったりすることは、普通だったらあり得ないことです。そして、加害者はかなり酒を飲んでいました。ならば、ハンドルを切り損なって対向車線にはみ出すことは、飲酒の影響と考えるのが常識的であり、危険運転致死傷罪を成立させても、何らムリのない解釈ではないかと思います」

 前橋地検は群馬の遺族に、「捜査を継続する」と説明したといいますが、この先、訴因変更や訴因追加の可能性はあるのでしょうか。

 前出の井上さんはこう語ります。

「まかり間違って、このまま過失運転致死傷罪で裁判が開かれないよう、検察には今回の起訴罪名について考え直してほしいと訴える必要があると思います。そして、世の中的にもこうした判断に対しては、大いに疑問を呈するべきではないでしょうか」

 後を絶たない飲酒運転による重大事故。悲惨な出来事がこれ以上起こらないよう、まずは危険運転致死傷の罪に訴因を変更し、先の最高裁判例を裁判でしっかり検討したうえで、生かされることを願うばかりです。