ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルHP

【驚愕】利用率いまや94%超のETCカード、「家族内での貸し借り」は犯罪だった

大阪地裁で下された驚きの「有罪判決」

2024.7.27(土)

Yahooニュースはこちら

【驚愕】利用率いまや94%超のETCカード、「家族内での貸し借り」は犯罪だった

 今年も夏休みシーズンが到来しました。長期休暇を利用してロングドライブを予定している方も多いのではないでしょうか。目的地が遠くてもETCの休日割引や深夜割引をうまく活用すれば、高速道路料金がぐっと抑えられるので、上手に計画を立てたいものですね。

 ちなみに、今年は8月10~18日のお盆休み期間、土・日であってもETCの休日割引が適用されないとのことですのでその点はしっかりチェックしておきましょう。

弟名義のETCカード使用で「実刑判決」

 さて、2001年にETCが全国展開されてから今年で23年、最近はETC専用の料金所もかなり増えてきました。国土交通省の調べによると、2024年4月時点のETC利用台数は1日当たり822万台、利用率は94.9%となっており、いまやマイカーを持つドライバーにとって、ETCカードはなくてはならないアイテムとなっています。

 そんな中、立命館大学大学院法務研究科の松宮孝明教授から、

「先日、大阪地裁で、家族内でのETCカード貸し借りについて、電子計算機使用詐欺罪の成立を認める判決が出たのですが、ご存じでしょうか」

 という驚きの情報が寄せられました。

「電子計算機使用詐欺罪……?」

 聞きなれない罪名に一瞬戸惑いましたが、私自身、「家族内でのETCカード貸し借り」は、日常的に行っているだけに、

「えっ、それって罪になるんですか? 私も夫名義のETCカードで何の疑問もなく高速道路を走っていますし、その逆もしょっちゅうあるんですが、それをすると逮捕されるってことですか?」

 驚いてそうたずねると、松宮教授は、

「この判決の結論を認めると、家族名義のカードでその家族が乗車しないまま高速道路を通行した人々が、みな同罪に当たるということになってしまいます。とはいえ、我が家だって私名義のETCカードで、私が同乗しないまま息子が高速道路を運転することもありますし、身近な友人や学生にも、同じような経験をしている人が少なからずいるのは事実です」

「では、いったいなぜ、こんな判決が?」

「実は、本件では弟名義のETCカードを借りた兄が暴力団関係者だったため、狙い撃ちをされた可能性が大だといえるでしょう。一審判決では、兄に懲役10月の実刑、カードを貸した弟と運転していた友人には、懲役10月執行猶予3年の判決が下されています」

「なんと、カードを借りた兄は実刑だったのですか!」

「Aが実刑になったのは累犯前科があったためですが、今回の起訴は、警察や検察のさじかげん次第という感が否めず、さすがに看過できなかったため、私も法的見解を意見書にまとめて裁判所に提出しました。現在、弁護団は控訴の手続きをして、大阪高裁の判断を待っているところです」

 なるほど、本件の背景にはいろいろな事情がありそうですが、いずれにせよ、ETCカードを日常的に利用しているドライバーなら、誰しも無意識のうちに「犯罪者」になる可能性のある一大事だといえるでしょう。

罪名は「各電子計算機使用詐欺」

 では、いったい裁判所はどのような理由で本件の被告人らを「有罪」にしたのか……。

 2024年5月8日に下された大阪地裁判決(裁判官/末弘陽一・高橋里奈・高矢輝乃)から抜粋し、振り返ってみたいと思います。

 まず、今回、「各電子計算機使用詐欺」の罪で起訴されたのは以下の3名です。

【A】 弟名義のETCカードを借りた兄。車に同乗していた(暴力団関係者)
【B】 車を運転したAの知人 【C】 Aの弟(ETCカードの名義人)

 判決文には、『罪となる事実』として、以下の内容が記されていました。

<被告人3名は、a株式会社が有料道路の料金所に設置したETCシステムを利用するに際し、ETCカードの正当な使用権限を有する者が乗車する場合に、有料道路の通行料金が割引されるETC利用割引の適用を不正に受けようと考え、共謀の上、C名義のETCカードを挿入したETC車載器を搭載した普通乗用自動車を、Bが運転し、Aが同乗して、2度にわたって正規の通行料金との差額の財産上不法の利益を得た>

ドライバーの大半が「悪質な犯罪」を行っている可能性も

 起訴状に記載されていた彼らの「犯行」は、次のとおりです。

●犯行その1

 令和4年11月8日午前6時41分頃から6時50分頃、Aを同乗させ、C名義のETCカードを挿入した車を運転していたBは、大阪府道高速大阪堺線湊町料金所から流入し、大阪東大阪線東大阪近畿道北出口ランプから流出。その際、『同ETCカードの正当な使用権限を有する者が、同ETCカードを利用して前記各料金所等のETCレーンを通過したとの虚偽の情報を与え、同電子計算機に、前記区間内の通行料金が550円である旨の財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録作り、よって、正規の通行料金との差額770円相当の財産上不法の利益を得た。

●犯行その2

 令和4年12月2日午前7時5分頃から7時16分頃、Aを同乗させ、C名義のETCカードを挿入した車を運転していたBは、大阪府道高速大阪堺線湊町料金所から流入し、大阪池田線豊中南名神出口ランプから流出。その際、前記と同じく『同電子計算機に、前記区間内の通行料金が690円である旨の財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、正規の通行料金との差額630円相当の財産上不法の利益を得た。

 そして、判決文の最後には、

『本件は、常習的に行われた一環の犯行であり、悪質である』

 と書かれていました。

 この判決文を読むかぎり、私自身もまさしく「悪質」な犯罪を日常的に行っているドライバーの一人ということになり、心中穏やかではいられません。

「家族間で貸し借りしたら罪」の根拠は?

 そもそも、ETCカードについては、「家族間で貸し借りしてはいけない」という法律があるのでしょうか?

 松宮教授はその根拠について、こう語ります。

「たしかに、いくつかの道路会社は、カード会員本人が乗車していることを要求しているようです。

 たとえば、阪神高速道路営業規則の17条4項では、『ETCカードによる阪神高速道路の料金の支払いは、通行の都度、クレジットカード会社から貸与を受けている本人が乗車する車両1台に限り行うことができます』と定めており、NEXCO西日本も同様です。

 つまり、クレジットカードに紐づけられたETCカードを利用する場合、クレジットカード会員が乗車していない車両では、今回の判決のような電子計算機使用詐欺罪(刑法246条の2)が成立することになる、という考え方が浮上するのです。

 そこから、当該カードの会員自身が乗車していなければ、ETCシステムの電子計算機に『虚偽の情報又は不正の指令』を与えたことになる、というわけです」

罪を犯す意思はないのに

 しかし、仮にこうした事例が「電子計算機使用詐欺罪」に当たるとなると、少々困った問題が生じると松宮教授は指摘します。

「私自身、『ETCを利用して有料道路を通行する自動車に、カードの名義人が乗車していなければならない』というルールがあることを知らなかったですし、今でも多くの人々はそれを知りません。

 このような中で、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めると、ETCカード保有者のうち、少なく見積もってもその3分の1は詐欺の犯罪者にされてしまう恐れがあります。

 電子計算機使用詐欺罪が成立するためには、『人の事務処理に使用する電子計算機に虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り、又は財産権の得喪若しくは変更に係る虚偽の電磁的記録を人の事務処理の用に供して、財産上不法の利益を得、又は他人にこれを得させた』(刑法246条の2)という構成要件の充足と、これに対応する『罪を犯す意思』つまり、故意がなければならないのです。

 ところが、今回の事例を見てもわかるとおり、関係者には、そのような『意思』はそもそもないのです」

高速道路会社の営業規則は時代遅れ

 また松宮教授は、近年、実用化が進む自動運転に照らしても、今回の判決は見直されるべきだといいます。

「現在の道路交通法は、もはや『運転者の乗車』どころか『運転者』の存在すらも要求していません。運転免許すら不要の『特定自動運行主任者』が、『乗車』せずに自動運転車を遠隔監視することが想定されています。つまり、遠隔操縦をする『運転者』が当該自動車に同乗していることは必要ないと解釈をせざるを得ないのです。

 詳細は省きますが、このような法状況では、クレジットカード会社から貸与を受けている本人が乗車する必要があるように読める阪神高速やNEXCO西日本の営業規則は、もはや時代遅れで妥当性を持たないものと考えざるを得ないでしょう」

 今回の大阪地裁判決に対する松宮教授の判例解説については、以下『家族内ETC利用に電子計算機使用詐欺認めた裁判例』に掲載されていますので、関心のある方はぜひお読みください。

【参考】家族内ETC利用に電子計算機使用詐欺認めた裁判例(TKCローライブラリー)

 というわけで、現時点では、家族名義のETCカードであったとしても、その家族が乗車しないまま高速道路を通行すると「電子計算機使用詐欺」で有罪になってしまうということです。夏休みのドライブを計画中の方は、お気をつけください。

 一方、大阪地裁の下した判決が、今後どのように評価され、変わっていくのか……。高裁の判断に注目したいと思います。