青信号を横断中に左折ダンプに巻き込まれた息子、遺品ランドセルの中に「信号はなぜあるの?」の手書きカード
歩行者と自転車事故の死亡率が極めて高い日本、悲劇を生まないために国とドライバーがなすべきこと
2024.4.17(水)
4月6日(土)から15日(月)まで、10日間にわたっておこなわれた『令和6年春の交通安全週間』。今年は4月10日が、「交通事故死ゼロを目指す日」でしたが、残念ながらこの日、全国で6件の死亡事故が発生し、6名の命が奪われました。
警察庁が4月12日に発表した広報資料に目を通すと、平成20(2008)年から2024年までの16年間、「交通事故死ゼロを目指す日」に死者がゼロとなった年は一度もありませんでした。
誰もが、「自分だけは」とか、「自分の家族に限って……」と心のどこかで思っているからこそ、ハンドルを握り、街を歩けるのだと思います。でも、交通事故に遭遇するリスクは思いのほか高いことをあらためて認識しておく必要があるでしょう。
日本は歩行者・自転車利用者にとって「危険な国」
では、日本では、いったいどのような交通事故が多発しているのでしょうか。
以下のグラフをご覧ください。
これはG7(先進7カ国首脳会議)の交通事故に関するデータをもとに分析されたものです。
【グラフ】G7各国の交通事故による死亡者に関する調査をまとめたグラフ。日本は自動車乗車中の死亡事故者は少ないが、歩行中・自転車乗車数の死亡者は多い(国土交通省資料より)
これを見ると、日本における自動車乗車中の交通事故による死亡率は、人口10万人当たり1.1人と最も低いのですが、歩行中や自転車乗用中の死亡率は1.7人にのぼり、米国に次いで2番目に高くなっています。いわゆる「交通弱者」にとっては、先進国の中でも危険な国、ということになります。
日本が後れを取る「歩車分離信号」の導入
3月25日には、まさにこのG7のグラフをパネルで示して、浜口誠参議院議員が岸田総理大臣に質疑を行う場面がありました。一部抜粋します。
浜口議員 これは交通事故のG7(先進7カ国首脳会議)の規格です。日本は歩行中、自転車に乗っている方の10万人あたりの死者数が、アメリカに次いでワースト2位。非常に多いという状況です。なぜこのような状況になっているのか、総理としてのご見解を伺いたいと思います。
岸田総理大臣 さまざまな要因があると思いますが、たとえば、狭い道路のスペースの中に、多くの自動車、自転車、歩行者が混在して存在している。こういった道路環境も一因ではないかと考えております。
浜口議員 一番少ないイギリスの交差点は、人と車を分けて流す「歩車分離信号」をほとんどの交差点に導入しているという特徴があります。「歩車分離信号」の交通安全への効果、どのようにお考えか、ご所見をお伺いいたします。
岸田総理大臣 ご指摘の「歩車分離信号」ですが、歩行者と車両の進路が交わることのないよう、歩行者が通行する時間と車両が通行する時間とを分離するというものであり、歩行者等の安全確保には有効な手段であると認識いたします。警察庁においては、平成14年に「歩車分離式信号」に関する指針を作成し、信号待ち時間が長くなることによる渋滞の恐れなどを考慮しつつも、自動車の右左折交通量や歩行者の交通量が多い交差点等を中心にその導入を推進しているものと承知をしております。
浜口議員 今、全国で20万を超える信号機があるのですが、「歩車分離信号」になっているのは、たった4.9%。1万ちょっとですね。さらにここ数年は、年間の整備数がどんどん減ってきている。私としては、死亡事故があったような交差点には、歩車分離は少なくとも優先的につけていく、あるいは、通学路などは優先的に歩車分離にして、子どもたちや歩行者、自転車の方の安全を守っていく、このことが大変重要に思います……(以下略)。
人と車を交差させない「歩車分離信号」
この質疑の中で出てきた「歩車分離信号」とは、人が青のとき、車を赤で止める信号サイクルのことです。
例えば渋谷駅前のスクランブル交差点では、歩行者が青信号のときは、全方向の車が赤信号になって停止します。こうすれば、交差点の中で人とクルマが交差することなく、安全に渡ることができるのです。
この後、浜口議員の質問は、「歩車分離信号」の数が増えない理由について国家公安委員長に向けられるのですが、ここまでの質疑を見て驚くのは、イギリスではすでにほとんどの交差点に「歩車分離信号」が導入され、歩行者や自転車の犠牲者を確実に減らしているというのに、日本ではいまだに4.9%しか整備されていないという現実です。
ちなみに日本では、歩行中、自転車乗車中に死亡した人の数が、全交通事故死者数の約50%となっています。そして被害者の多くが、青信号を守って横断中に、同じく青信号で右左折してきた車に巻き込まれ、命を奪われているのです。
歩車分離信号(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)
「信号はなぜあるのか」「信号がないと交通事こにあうから」
「ドライバーが横断歩道の手前でいったん止まって確実に確認さえすれば、この手の巻き込み事故は絶対に起こらないはずです。それでも、同じような事故が後を絶たないのはなぜなのか……。それは、人はヒューマンエラーをおかす動物だからです」
そう語るのは、「命と安全を守る歩車分離信号普及全国連絡会」会長の長谷智喜さんです。
この会の名称が表すように、長谷さんは長年にわたって、「歩車分離信号」を全国に普及させるための取り組みを熱心に行ってきました。人間の注意力だけに頼っていては、弱者の命は守りきれないと考えるからです。
実は、長谷さん自身も、大切な我が子を左折巻き込みによる交通事故で亡くした遺族です。
1992年11月11日、その日の朝、小学5年生だった長男の元喜くん(当時11歳)は、2歳年下の妹とともに小学校へ登校中でした。二人は青信号で横断歩道を渡り始めました。そのとき、同じく青信号で左折してきたダンプに、逃げる間もなくひかれたのです。
元喜君が事故に遭った東京・八王子市の現場(筆者撮影)
長谷さんは語ります。
「葬儀から数日後、肩紐が引きちぎられた元喜のランドセルが警察から戻ってきました。泣きながらふたを開けると、中から、小学校で使うはずだったトランプ大の『なぞなぞカード』が出てきたんです。
そのうちの1枚には、元喜の文字でこう綴られていました。『信号はなぜあるのか A 信号がないと交通事こにあうから』。それを見たときは、私は妻と二人、涙が止まりませんでした。なぜ、青信号を守っていた息子がこのような事故に遭わなければならなかったのか、と……」
元喜君のランドセルに入っていた、手書きの「なぞなぞカード」(遺族提供)
歩車分離信号が守る子どもの命
青信号を守っている歩行者が、横断歩道上で危険にさらされていることに疑問を抱いた長谷さんは、同様の巻き込み事故のニュースを知ると、その現場へ足を運び調査をおこなうようになりました。また、交通事故の統計を調べると、毎年同じパターンの巻き込み事故が、同じ確率で繰り返されていることもわかりました。
「いざ、不注意の車が突っ込んできたら、青信号で横断中の歩行者、特に子どもはなす術がありません。加害者への怒りはもちろんですが、調査を重ねる中で、同様の巻き込み事故が全国各地でコンスタントに発生し、多くの歩行者の命が奪われていること、そして、信号サイクルを『歩車分離信号』に変えれば、確実に同種の事故を防げることを確信したのです」(長谷さん)
元喜くんの事故から6年後の1999年、長谷さんは『子どもの命を守る分離信号―信号はなぜあるの?』(生活思想社)を上梓。そのほか、署名活動や行政への陳情、講演、海外視察など、「歩車分離信号」普及のために時間を惜しんで駆け回りました。
その成果は着実に表れました。2002年には、警察庁が元喜くんの事故現場を含む全国100カ所の交差点で「歩車分離信号」の試験運用を開始。その結果、「人対車」の事故が約70%減少したのです。
しかし、今年3月の国会で指摘されていたように、「歩車分離信号」の普及率は現時点で5%未満。結果的にG7の中で、交通弱者の死亡率ワースト2という深刻な状況が続いているのです。
交差点は事故多発地帯
2024年1月、1本の交通安全啓蒙DVDが制作されました。タイトルは、『ぼくが渡った信号は青だったよ~交差点での歩行者・自転車事故を防ぐために~』(企画・制作/斉藤プロダクション)。
パッケージには、「なぜ、青信号で幼い息子が犠牲に…交差点の危険性を伝え続ける遺族の思い――」と記載されています。
19分にまとめられたこの映像を見た私は、衝撃を受けました。そして、このDVDを視聴してから、自分の運転が明らかに変化したことに、正直言って自分でも驚いています。
実はこのDVDには、今から32年前に突然命を奪われた元喜くんの左折巻き込み事故が取り上げられています。長谷さん夫妻はその中で、遺族の思い、そして交差点の危険性について訴えておられるのです。
後半では、実際に交差点での右左折時、また直進時にドライブレコーダーがとらえた「対歩行者・対自転車」の人身事故のリアルな瞬間映像が繰り返し映し出されます。それを検証しながら、なぜこのような事故が発生したのか、また、どうすれば防げたのか? という視点で、具体的な安全運転のポイントが解説されるのです。
DVDに収録されている衝突時のドライブレコーダーの映像
新学期が始まる4月から6月にかけて重大事故は増加傾向に
見えない危険が数多く隠れている交差点、しかし、ハンドルを握るドライバーは、この危険な場所を避けて通ることができません。イギリスのように「歩車分離信号」の整備が進まない日本において、私たちは加害者にならないために、いったいどのような運転をすればよいのか。このDVDは、その課題に真正面から向き合い、実際の事故映像とともに、本音で私たちに問いかけます。
このDVDは、免許試験場や教習所、職員教育向けのものですが、個人や地域で自主上映したい方には、制作会社である斉藤プロダクションのご厚意で、無償の貸し出しが可能とのこと(ただし送料のみ自己負担)。
警察庁によれば、新学期が始まる4月から6月にかけては、死者・重傷者が増加する傾向にあるそうです。特に、登下校中の小学生の死者・重傷者は全体の約4割を占めるなど、通学路が危険な場所になるという恐ろしい現実があります。
交通弱者を守るため、事故を未然に防ぐために、まずはどのような事故が多発しているのか、大人がその実態をしっかりと把握し、意識を高めておくことが不可欠です。そのためにも、私はこのDVDを多くのドライバーに見ていただきたいと思っています。
DVD『ぼくが渡った信号は青だったよ』(企画・制作・著作:斉藤プロダクション)
【問い合わせ先】
〒192-0151
東京都八王子市上川町2992-5
歩車分離信号普及全国連合会
t-hase@kb3.so-net.ne.jp