事故後、コンビニ直行は「ひき逃げ」ではないのか… 長男亡くし9年、今も続く両親の闘い
2024.2.17(土)
■本日(2月17日)のTBS報道特集で放送
まずは、こちらの動画をご覧ください。本日(2月17日)午後5時30分から放送予定の「報道特集」の予告です。
私はこの事故で息子さんを亡くされた和田さんご夫妻に取材し、4年前、以下の記事を書かせていただきました。
●自宅前で奪われた息子の命「飲酒ひき逃げ」なぜ問われぬ? 悲しみこらえ訴え続ける両親の思い(2020/11/25)
長男の樹生(みきお)さん(当時15)が横断歩道を横断中、飲酒運転の車にはねられ、亡くなったのは、2015年3月23日のことでした。
あの日から間もなく9年になります。しかし、刑事裁判は今も継続中で、現在も、最高裁で審理中という異例の事態が続いています。
飲酒運転で事故を起こし、被害者を救護せずにコンビニエンスストアへ直行して口臭タブレットを購入した加害者。この行為について長野地裁は「有罪」とし、実刑判決を言い渡しました。しかし、東京高裁は「無罪」。その判断は、真逆のものでした。
「ひき逃げ」という行為は、助かるかもしれない命を見殺しにする極めて悪質な行為です。たとえ時間が短くても、はたして、これが「無罪」でよいのか。今も大きな疑問を感じています。
そこで、本日の特集番組と合わせて、ぜひ一緒に考えていただければと思い、本件の概要をあらためてレポートしたいと思います。
飲酒運大幅な速度速度オーバーをし、横断歩道を横断中だった樹生さんをはねた加害車(遺族提供)
■樹生さんをはねた後、加害者がとった約12分間の行動
居酒屋で酒を飲み、その直後、自宅前の横断歩道を横断中だった樹生さんを、大幅なスピードオーバーではねた被告。地裁と高裁で判断が分かれたのは、事故発生から12分間の被告の行動が「救護義務違反(ひき逃げ)」にあたるか否か? つまり、道路交通法72条で定められている、「①直ちに車両等の運転を停止し、②負傷者を救護し、③道路における危険防止措置を取らなければならない」という義務を果たしているか、という点についてでした。
本件は、防犯カメラの映像や目撃者の証言などから、被告の行動が以下の通り秒単位で明らかになっています。その証拠に基づき、ここで改めて振り返ります。
<事故発生から救急車到着までの被告の行動>
●22:07:21
事故発生
●22:07:31
衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点で被告が車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)
●22:07:35
被告が車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人をひいちゃったみたいなんですけど……」と話す
驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる
●22:11:52
被告が再び自車に戻り、ハザードを点灯
●22:12:02
被告がセブンイレブン方向に向かう途中、一緒に飲んでいた仲間から着信あり。「人をはねちゃった、どうしよう、やばいやばい」と通話
●22:12:16
被告が近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場で被告の動向を見張る
●22:13:04
被告がブレスケアを購入後、コンビニから退店
●22:14:00
第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報。このとき周囲に被告の姿はなし。
●22:16:14
被告と連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ
●22:17:00
被告の仲間が119番通報。このとき、樹生さんのそばに被告の姿あり *被告は気道の確保をせずに人工呼吸を複数回おこなったと供述しているが、110番通報した目撃者によれば、吐き気を催し、1度で断念したという。
●22:18:00頃
父親の善光さんが樹生さんの元へ駆けつける。
*善光さんがそのときに見た被告は、女性(居酒屋で共に飲酒していた人物)に支えられ、立っていただけだった。その後も、善光さんは近所の医師の指示で樹生さんの口に詰まった嘔吐物を掻き出したりしていたが、加害者は何の救護もしていなかった。
●22:19:00
自宅から駆け付けた母親の真理さんが119番通報
●22:30:25
救急車到着
樹生さんの母・和田真理さんは語ります。
「当初、加害者はコンビニ退店後、北側の歩道(自車の進行方向右側)を通って、直ぐに樹生の元に駆けつけたと供述していました。しかし防犯カメラの映像から、それは虚偽で、再び南側歩道を通り、衝突現場の方向に戻っていたことが判明しています。その後、樹生の元に来るまでの約3分間、何をしていたのか不明です。また、加害者は自車の右前方の破損状況を目視で確認していたにもかかわらず、右側、つまり樹生が飛ばされていた北側の歩道を一切探しておらず、非常に不自然です。加害者は自身の飲酒検査を遅らせたいという思いから、あえて北側の歩道へ向かわず、警察、消防に通報しなかったのではないか……。これはあくまでも推測ですが、私たちはそう考えています」
15歳の誕生日を大好きなチーズケーキでお祝い。これが樹生さんの最後のバースデーパーティ-になった(遺族提供)
■有罪か無罪か? 真っ向から対立する地裁と高裁の判断
では、被告がとった上記の12分間の行為は「ひき逃げ」の罪にあたるのか否か?
長野地裁と東京高裁の判決文から、主なものを一部を抜粋します。
<有罪>ひき逃げにあたる=長野地裁の判断
●確かに被告人が衝突現場から離れた時間も距離もわずかなものであり、ブレスケア服用後には救護義務及び報告義務を尽くそうと考えていた可能性が認められるが、事故を発生させた張本人である被告人が、被害者発見未了のまま衝突現場を離れ、飲酒運転の発覚防止を企図した行動を優先させたのであるから、そのような行動に及んだ以上、その後に救護義務及び報告義務を尽くしたとしても直ちになされたものと評価することができない。
●事故を起こした運転者が報告すべき事項には、死傷者の数や負傷者の負傷の程度も含まれるとされているが、運転者は被害者が未発見なのであればその旨を「直ちに」警察官に報告すべきである。
<無罪>ひき逃げには当たらない=東京高裁の判断
●コンビニに行ったことについては、被害者の捜索や救護のための行為ではないもののそれに要した時間は1分あまり。その後、直ちに現場に向かっていることから、一貫して「救護義務を履行する意思」は持ち続けていたと認められる。
●ハザードランプを点灯させたことについても、危険防止義務を履行したものと評価できる。
●全体的に考察すると、「直ちに救護措置を講じなかった」と評価することはできない。したがって「救護義務達反」の罪は成立しない。
事故当日、樹生さんが履いていたシューズを手にする父の善光さんと母・真理さん。和田さん宅のリビングには、今も樹生さんの愛用のベースギターをはじめ、数々の遺品が飾られている(筆者撮影)
■「生命より重いものはない」遺族の思い
2023年9月、東京高裁の無罪判決を受けた検察は、上告期限間際の10月11日、「承服できない」とし、最高裁への上告をおこないました。現在、最高裁の判断待ちです。
真理さんは語ります。
「本日(2月17日)夕方、TBSの報道特集で息子の事件を取り上げていただくことになりました。被害に遭わせたのに、直ちに救護もせず、買い物に行っていてもいいなんて、こんな無罪判決は道路利用者の誰もが望んでいないと思います。今回の最高裁の判断は、道路利用者の誰にも関わってくる問題です。ひき逃げ事件が増加している今、一人でも多くの方にこの番組を見ていただき、『直ちに救護する』という道路交通法の意味、そして、その重要性を一緒に考えていただければと思います」
9年という歳月は、遺族にとってどんな時間だったのか……。
最高裁の判断が待たれます。
和田さん夫妻は樹生さんを偲び、長野で樹木や花を育てている(遺族提供)