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亡き息子に伝えたい…。天草・2人死亡多重事故で「不起訴不当」の議決。適正捜査にかける母の思い

2023.11.10(金)

Yahooニュース記事はこちら

亡き息子に伝えたい…。天草・2人死亡多重事故で「不起訴不当」の議決。適正捜査にかける母の思い

■事故から2年8か月、届いた検審の議決書

「10月末、検察審査会から『不起訴不当』の議決結果が届きました。それを見たとき、一筋の光が見えたような気がしました」

 そう語るのは、福岡市の平井沙紀さん(46)です。

「息子が事故で亡くなってから2年8か月、時間はかかりましたが、回り回ってようやくまたスタートラインに立てたのだと……。でも、これは私ひとりでは到底出来なかったことで、署名活動等に協力してくださった方々のおかげだと感謝しています」

 事故は、2021年2月11日、午後8時15分頃、熊本県天草市本渡町の小松原交差点で発生しました。
 以下は、事故概要をまとめた記事と、平井さんが現場で多重事故の状況を語っている動画です。

<救護中、他車にひかれて2人死亡 後続車に危険知らせる大切さと母の無念 - エキスパート - Yahoo!ニュース>

■第1事故から1分23秒後に起こった第2事故

 本件は2台の車が絡む特殊な事故でした。
 この日、現場交差点に面した牛丼チェーン店でアルバイトを終えた平井さんの次男・直哉さん(当時21)は、自宅に帰るため青信号に従って横断歩道を渡っていました。そのとき、右折してきた軽乗用車が直哉さんを見落として衝突したのです。

 事故を起こしたA氏(当時60)は、すぐにハザードランプを点灯させて車を牛丼店の前に停め、交差点の中央に倒れていた直哉さんに駆け寄りました。ところが、救護しようとしたそのとき、青信号で交差点に進入してきた軽ワゴン車が、ノーブレーキで2人をはねたのです。
 A氏はその衝撃で前方に跳ね飛ばされ、直哉さんは軽ワゴン車の下に巻き込まれる形で数メートル引きずられました。

 2人はすぐに救急病院へ搬送されましたが、いずれも間もなく死亡。軽ワゴン車を運転していたB氏(当時54)は、自動車運転処罰法違反の疑いで現行犯逮捕されました。
 第2の事故が発生したのは、A氏が起こした第1事故から1分23秒後のことでした。

「青信号だったとはいえ、なぜB氏は、交差点の真ん中にいる2人に気がつかなかったのか……」

 平井さんはその理由が刑事裁判で明らかにされるものだと思っていました。
 ところが、事故から1年後の2022年2月、熊本地検天草支部は、遺族に理由を説明することなく、B氏を不起訴にしたのです。

 独自の調査などから検察の捜査のあり方にどうしても納得できなかった平井さんは、2023年4月、検察審査会に不起訴処分に対する不服申し立てを行いました。

 この「審査」とは、『検察官の不起訴処分の当否の審査(検察審査会法第2条第1項第1号)』を指すものですが、今回、検察審査会は、何を理由に検察官の下した不起訴処分を「不当」と判断したのでしょうか。

 議決書の内容について、平井さんに詳しく伺いました。

天草市内の事故現場交差点にたたずむ母の平井さん(筆者撮影)

天草市内の事故現場交差点にたたずむ母の平井さん(筆者撮影)

■「照射実験をやり直すべき」検察審査会が厳しく言及した理由

――検察審査会がまとめた2023年10月12日付の議決書を読まれたと思いますが、不起訴不当という結論は、何を根拠に導かれていたのでしょうか。

平井 今回、検察審査会は、検察の捜査の甘さについてかなり踏み込んだ指摘をしていました。議決書の最後には「本件不起訴処分に納得がいかないので、再検討を求めるものである」とはっきり書かれていました。

――検察審査会が「納得がいかない」とまで言い切ったのは、具体的にはどのような理由からだったのでしょうか。

平井 何点かありますが、まず事故現場でおこなわれた照射実験について疑問を持ったようです。

――夜間の事故ということもあり、事故後、前方の見え方を確認するための照射実験が2度にわたって行われていましたよね。

平井 はい、そうです。検察審査会は捜査資料を精査した上で、「2回目の実験のときに立ち会った捜査官が、自分の感覚等をもとに被疑者に対して誘導的な言動をした部分があったのではないか?」という疑念を抱いたようです。議決書には「停止状態で実施する照射実験に限界があることは理解できる」としたうえで、「実際の視認状況により近いかたちになるように、実験のあり方を検討の上、照射実験をやり直していただきたい」と記されていました。

――捜査の方法について、かなり具体的に指示をしているのですね。

2台目の加害者B氏が乗っていた事故車(筆者撮影)

2台目の加害者B氏が乗っていた事故車(筆者撮影)

■目撃者2名への聴取を行わなかった検察への批判

平井 もうひとつは、検察が目撃者への事情聴取を行っていないことへの指摘でした。実は、牛丼店の防犯カメラ映像には、2人をはねたB氏の車と逆方向から進行してきたC車が映っています。C車は第1事故発生後、前方の信号が赤色から青色に変わっても停止したままでした。

――つまり、C車には、道路に倒れていた息子さんと、救護しようとしていたA氏の姿が見えていたということになりますね。

平井 そうなんです。C車のドライバーはこの事故において重要な目撃証人の一人なので、警察はちゃんと話を聞いていたのですが、なぜか検察官は聴取すらしていませんでした。検察審査会はそのことについても疑問視し、「検察官が直接聴取を実施すべきではないか」と指摘していました。

――目撃者はもう一人いましたね。

平井 はい。B氏の直後を走っていた後続のD車のドライバーです。この人に対しても、警察は聴取しているのに検察はしておらず、検察審査会はその点も問題だと感じたようです。議決書には「第2事故発生直前、ないし発生時に現場を走行していた車両の運転手については、警察官に対する供述調書を参考にするのみならず、検察官自らが取調べを実施していただきたい」と書かれていました。

――つまり、2名が亡くなるという重大事故であるのに、十分な捜査が尽くされていないのではないか? ということですね。

平井 そういうことだと思います。確かにこの事故は夜間、しかも直前に第1事故が発生していたという特殊なケースでした。検察審査会は「多重事故で過失判断に困難を伴うという側面も有している」と前置きしながら、それでも、検察について「起訴・不起訴を判断するに十分な捜査や検討を尽くしたのか疑問が残る」とし、結果的に「不起訴不当」という議決になったようです。

■厳罰を望んでいるのではない。適正な捜査で真実を

――平井さんとは昨年(2022年)、2度にわたって、弁護士立会いの下で加害者のBさんと直接お会いしました。Bさんは「どうしてぎりぎりまで視界に入らなかったのか、わからないんです」と困惑しながらも、「今回の事故は、あくまでも自分の前方不注意が原因です。そのためにお二人の尊い命を奪ってしまいました。責任はすべて自分にあると思っております。本当に申し訳ありませんでした」と、誠心誠意、謝罪されました。また、「自分の立場でできることがあるなら、被害者や遺族の支援活動をお手伝いさせていただきたいです」とも。そのときの様子や面会後の平井さんのお気持ちについては、以下の記事に書かせていただいたとおりです。

<加害者の謝罪と誠意が、交通事故遺族の心を動かすとき - エキスパート - Yahoo!ニュース>

平井 Bさんの誠意や誠実さは私にも伝わってきました。記事にも書かれていましたが、私はBさんと初めて会ったとき、『この人は私より弱っているかもしれない……』と感じたほどです。それくらい、Bさんは事故を起こしたことを悔いていることが伝わってきました。今回、検察審査会に申し立てを行い、不起訴不当の議決が下されましたが、私としてはBさんに厳罰を望む気持ちは今もありません。あくまでも検察には適正な捜査をしていただき、この事故の真実を、証拠をもとに再度検証し、なぜ息子は亡くなったのかを明らかにしていただきたいと思っているのです。

??熊本地検本庁で始まる再検証

 2023年11月2日、本件が天草支部から熊本地検の本庁へ移送されるという通知が届きました。
 平井さんの代理人である崎山有紀子弁護士は語ります。

「今回の議決は、検察における捜査が尽くされていなかったことについて、検察審査会が言及してくれた意義のある結果だと思います。遺族が強く起訴を求めるのは、刑事司法に対する信頼があるからです。信頼が失われれば、被害者は自らの手で加害者に制裁を加える不穏な世の中になっていくでしょう。そうならないためにも市民が納得いく適正な捜査が行われ、起訴されるべき事件が起訴されることを望みます」

2022年11月、2度目の面談を終えた直後の平井さんと加害者のBさん。互いに望むのは「適正な捜査」だ(筆者撮影)

2022年11月、2度目の面談を終えた直後の平井さんと加害者のBさん。互いに望むのは「適正な捜査」だ(筆者撮影)