これが時速160kmで追突された亡き夫のバイクです…。「過失」では納得できぬ、立ち上がった遺族たち
2023.10.23(月)
■事故から3か月後、初めて夫の事故車を直視して…
「事故発生から8か月が経ちました。検察は危険運転致死罪への訴因変更を視野に補充捜査を行っているようですが、現時点ではまだ結果は出ておらず、刑事裁判は5か月間止まったままです。でも、私たち遺族が声を上げなければ、今頃、過失運転致死罪で判決が下されていたかもしれません……」
そう語るのは、2023年2月14日、栃木県宇都宮市で起こった暴走追突事故で、夫の佐々木一匡さん(63)を亡くした、妻の多恵子さん(59)です。
多恵子さんから初めてのメールが届いたのは、事故からちょうど3か月後、5月14日のことでした。それまで、事故のショックからほとんど外出することができず、自宅に引きこもっていたという多恵子さんですが、一匡さんの死亡事故が「過失」として起訴され、刑事裁判が始まったことにどうしても納得できず、悩みぬいた末、連絡をくださったのです。
「あの日、柳原さんから『事故車の写真は入手しておくべき』と言われ、私はハッとしました。このまま泣いて閉じこもっていては何も始まらない……、そう思って勇気を出し、事故後初めて自分で車を運転して警察署へと向かいました。そして、倉庫の中に保管されていた主人のスクーターを見せてもらったのです。これがそのとき撮った写真です。激しく破損した事故車を直視するのは本当につらかったです、でも、このときから流れが大きく変わっていったのです」
警察署に保管されていた一匡さんのスクーターは原形をとどめぬほど大破していた(遺族提供)
?一瞬で命奪われた夫の無念を代弁
時速160kmという超高速度で真後ろから追突された一匡さんのスクーター、その衝撃の大きさは、車体の損傷を見れば一目瞭然でした。
そもそも、制限速度60kmの一般道で、仲間とカーチェイスまがいの行為を繰り返しながら時速100kmものスピードオーバーをして起こした死亡事故が、なぜ『危険運転』ではなく、『過失』で処理されるのか……。
無残な事故車を目の当たりにした多恵子さんは、改めて怒りが込み上げてきたと言います。
以下は、多恵子さんが撮影した写真を掲載し、本件事故について報じた記事です。
<リヤショックはちぎれ、ホイールも砕けて… 超高速の無謀追突で夫が死亡。なぜこの事故が「過失」なのか - エキスパート - Yahoo!ニュース>
この記事には大きな反響があり、多くの読者から怒りと疑問の声が寄せられました。
一方、多恵子さんは、6月1日から署名活動をスタート。検察に危険運転致死罪への訴因変更を強く訴えます。この頃から、新聞やテレビなどのメディアも、相次いで本件を取り上げるようになり、検察は次回公判の延期を決めたのです。
多恵子さんは語ります。
「取材してくださったメディアの方々は、皆さん私の撮った夫の事故車の写真を使ってくださいました。本当にあのとき、思い切って行動を起こしてよかったと思っています」
一匡さんが死の間際までまたがっていたスクーター……、原形をとどめないほど激しく破壊されたその姿は、物言えぬ一匡さんの悔しさを代弁するかのように、多くの人々にこの問題の理不尽さを訴えかけていったのです。
署名活動の後、警察によって行われた再実況見分の様子(遺族提供)
■高速暴走事故遺族が結束し「被害者の会」発足
実は、大分でも同様の事故に疑問を持つ遺族が行動を起こしていました。時速194kmで起こった死亡事故が、過失運転致死罪で起訴されたことに納得できず、2022年8月に署名活動を開始。その後、遺族からの申し立てを受けた大分地検は、「危険運転致死罪」への訴因変更を行っていたのです。
<一般道で時速194kmの死亡事故が「過失」ですか? 大分地検の判断に遺族のやり切れぬ思い - エキスパート - Yahoo!ニュース>
栃木県と大分県、距離は離れていましたが、いずれも危険な超高速暴走による重大事故です。
そこで、大分のご遺族を多恵子さんに直接紹介したところ、すぐに交流が始まりました。そして、わずか1か月で双方の遺族が共同代表となって「高速暴走・危険運転被害者の会」が立ち上がったのです。
2023年7月21日、この日は大分の194km事故で死亡した小柳憲さんの姉である長(おさ)文恵さんも都内に駆け付け、佐々木多恵子さん、協力弁護士らと共に合同の記者会見が開かれました。
<「一般道はレース場じゃない」異常な高速度で家族奪われた遺族らが会見 街頭で署名活動も - エキスパート - Yahoo!ニュース>
「高速暴走・危険運転被害者の会」の立ち上げを東京高裁で記者会見する共同代表の長さん(左)と佐々木さん(筆者撮影)
「高速暴走・危険運転被害者の会」のサイトには、「危険運転を許さない。遺族達の声で危険運転致死傷罪の問題点を伝える」というキャッチコピーと共に、会の概要がこう記されています。
一般道を百数十キロで走るといった異常な高速運転で重大事故を起こしたにもかかわらず、加害者に危険運転致死罪が適用されない問題が全国各地で相次いでいます。
司法が「進行を制御することが困難な高速度」という条文の文言を狭く解釈しているためです。
三重県津市の時速146キロ死亡事故(2018年)、大分県大分市の時速194キロ死亡事故(2021年)、栃木県宇都宮市の時速160キロ超の死亡事故(2023年)などが示す通り、今の裁判例では事故を起こした場所が「直線道路」である限り、どんなに悪質でも、加害ドライバーに危険運転致死傷罪が適用されにくいのです。あまりにも常識離れしていないでしょうか。
運用の見直しを求めるため、法の壁に苦しむ各地の遺族や弁護士が連帯し、会をつくりました。被害者の想いと危険運転致死傷罪の問題点を広く世に知らせるとともに、検察庁や法務省への要望書提出などに取り組みます。
時速194kmで死亡事故を起こした加害少年のBMW(遺族提供)
以下は共同代表の長文恵さんから届いたメッセージです。
「宇都宮の佐々木多恵子さんと繋がるようになってから、弟の事故と同じく超高速で引き起こされ、過失で起訴されたこの死亡事故について何かお役に立てることはないかと考え、私たちが訴因変更を求めて闘ってきた経緯をお伝えしてきました。そして、他のご遺族のお力もお借りして本会の発足となりました。今後も、このような理不尽な思いをする遺族を支援していくと共に、高速度類型の理不尽な状況を広く伝え、法の運用の改善を求めて活動をしながら、弟が死亡した事故の裁判も並行していきます。今後も見守っていただきますよう、よろしくお願い致します」
また、多恵子さんもこう呼びかけます。
「私自身、もしあのまま黙っていれば、大分のご遺族と繋がることもなく、このような展開はありませんでした。この先、危険運転に訴因変更されるかどうかはわかりませんが、現状を訴えていくことは大切だと思っています。同じ思いで苦しんでいる方は、ぜひ勇気を出して声を上げてください。皆で結束していきましょう」
犯罪被害者はあまりのショックから孤独になりがちですが、同じ思いを抱いている人たちと「繋がる」ことはとても大切で、大きな力を生み出します。
パターン化した司法の判断に異議を唱えるには、被害者同士が結束し、訴えていくことが重要です。インターネットの普及は互いの距離を埋め、それを可能にしたと言えるでしょう。
とはいえ、そうした行動を誰もがとれるわけではありません。司法には、ばらつきのない公平な法の運用が望まれます。
大分の長さん、宇都宮の佐々木さんら高速・暴走危険事故による被害者遺族の取り組みは、明日、10月24日(火)NHKのクローズアップ現代(NHK総合午後7:30 ? 午後7:57)で取り上げられる予定です。
『“危険”か“過失”か ~猛スピード運転と死亡事故~』
(*緊急のニュースが入った場合は延期される場合もあります)
ぜひご覧ください。
<上記NHKのサイトより抜粋>
法定速度を大幅に上回るスピードで走行し死亡交通事故を起こしても、なぜ危険運転致死傷罪が適用されないのか。今、各地で遺族が法の不備を訴え、改善を求める活動を始めた。大分市では時速194kmでの死亡事故をめぐって、「過失運転」から、より罪の重い「危険運転」に起訴内容が変更された、異例の裁判が始まろうとしている。猛スピードでの運転は「危険」か「過失」か。遺族や立法時の担当者などへの取材から、検証する。