事故後コンビニ直行は是か非か?【中3男子ひき逃げ死亡】ついに最高裁へ 逆転無罪に検察が上告
2023.10.12(木)
「今、検察庁に行ってきました。上告となりました」
10月11日午後、1通のメールが届きました。8年前、当時15歳だった長男の樹生(みきお)さんを交通事故で亡くした、母の和田真理さん(51)からです。 文面はこう続きます。
「先日の控訴審判決について検察は、最高裁に問うべき事案であると言っていました。最高裁には、事件全体をよく見ていただき、『直ちに被害者が救護されること』の重要性を示していただきたいと期待しています」
9月28日、東京高裁で下された本件の高裁判決結果については、翌29日、以下の記事で速報をお伝えしました。
【速報】ひき逃げ死亡事件がなぜ、逆転無罪に… 息子の命奪われた両親のコメント、全公開 エキスパート - Yahoo!ニュース
事故直後、歩道にはね飛ばされ、意識不明で倒れていた樹生さんを「直ちに」救護せず、コンビニに立ち寄った会社員・池田忠正被告(50)の行為は、はたして「ひき逃げ」にあたるのか否か……。
一審の長野地裁は、被告のこうした行為について「道路交通法違反(ひき逃げなど)の罪に当たる」として、懲役6月の実刑判決を言い渡していました。
これに対し、東京高裁(田村政喜裁判長)は、無罪を主張し控訴していた被告の主張を受け、一審の判決を破棄。180度異なる判断をしたうえで、逆転無罪の判決を下しました。
そして検察は、10月11日、東京高裁の無罪判決に対して「承服できない」とし、上告期限間際になって、最高裁への上告を決断したのです。
<補足>
被告人側の「一時不再理で免訴(検察の公訴権濫用)」という主張は、一審、二審ともに、判決で「理由がない」と退けられています。「過失運転致死罪」と「救護義務違反」は併合罪の関係にあり、一時不再理にあたらないというのがその理由です。
樹生さんをはねた直後の被告車。フロントガラスは大きく破損している(遺族提供)
■事故後、加害者がとった約12分間の行動
居酒屋で酒を飲み、その直後、自宅前の横断歩道を横断中だった樹生さんを、大幅なスピードオーバーではねた被告。地裁と高裁で判断が分かれたのは、事故発生から12分間の被告の行動が、「救護義務違反(ひき逃げ)」にあたるか否か? つまり、道路交通法72条で定められている、「①直ちに車両等の運転を停止し、②負傷者を救護し、③道路における危険防止措置を取らなければならない」という義務を果たしているか、という点についてです。
本件の場合、防犯カメラの映像や目撃者の証言などから、被告の行動は以下の通り秒単位で明らかになっています。改めて振り返ります。
<事故発生から救急車到着までの被告の行動>
●22:07:21
事故発生
●22:07:31
衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点で被告が車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)
●22:07:35
被告が車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人をひいちゃったみたいなんですけど……」と話す
驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる
●22:11:52
被告が再び自車に戻り、ハザードを点灯
●22:12:02
被告がセブンイレブン方向に向かう途中、一緒に飲んでいた仲間から着信あり。「人をはねちゃった、どうしよう、やばいやばい」と通話
●22:12:16
被告が近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場で被告の動向を見張る
●22:13:04
被告がブレスケアを購入後、コンビニから退店
●22:14:00
第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報。このとき周囲に被告の姿はなし。
●22:16:14
被告と連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ
●22:17:00
被告の仲間が119番通報。このとき、樹生さんのそばに被告の姿あり
*被告は気道の確保をせずに人工呼吸を複数回おこなったと供述しているが、110番通報した目撃者によれば、吐き気を催し、1度で断念したという。
●22:18:00頃
父親の善光さんが樹生さんの元へ駆けつける。
*善光さんがそのときに見た被告は、女性(居酒屋で共に飲酒していた人物)に支えられ、立っていただけだった。その後も、善光さんは近所の医師の指示で樹生さんの口に詰まった嘔吐物を掻き出したりしていたが、加害者は何の救護もしていなかった。
●22:19:00
自宅から駆け付けた母親の真理さんが119番通報
●22:30:25
救急車到着
■有罪か無罪か? 真っ向から対立する地裁と高裁の判断
果たして、被告がとったこの一連の行為は「ひき逃げ」の罪にあたるのか?
長野地裁と東京高裁の判断は、真逆のものとなったわけですが、それぞれの判決に記された理由について、主なものを一部を抜粋します。
<ひき逃げにあたる=「実刑」を下した長野地裁の判断>
●確かに被告人が衝突現場から離れた時間も距離もわずかなものであり、ブレスケア服用後には救護義務及び報告義務を尽くそうと考えていた可能性が認められるが、事故を発生させた張本人である被告人が、被害者発見未了のまま衝突現場を離れ、飲酒運転の発覚防止を企図した行動を優先させたのであるから、そのような行動に及んだ以上、その後に救護義務及び報告義務を尽くしたとしても直ちになされたものと評価することができない。
●事故を起こした運転者が報告すべき事項には、死傷者の数や負傷者の負傷の程度も含まれるとされているが、運転者は被害者が未発見なのであればその旨を「直ちに」警察官に報告すべきである。
<ひき逃げには当たらない=「無罪」を下した東京高裁の判断>
●コンビニに行ったことについては、被害者の捜索や救護のための行為ではないもののそれに要した時間は1分あまり。その後、直ちに現場に向かっていることから、一貫して「救護義務を履行する意思」は持ち続けていたと認められる。
●ハザードランプを点灯させたことについても、危険防止義務を履行したものと評価できる。
●全体的に考察すると、「直ちに救護措置を講じなかった」と評価することはできない。したがって「救護義務達反」の罪は成立しない。
事故後、コンビニに立ち寄った被告の行動を検証する父親の善光さん(筆者撮影)
■「生命より重いものはない」遺族の思い
和田さん夫妻は高の無罪判決を受け、東京高検に対して上申書を提出しました。そこには「上告審に望むこと」として、こう綴られています。
【道路交通法72条の解釈について明確にし、国民に示していただくことを求めます】
①重傷人身事故発生を認識した運転者に求められる義務と必要な措置は何か。
②同法の「直ちに」とは、被害者の生命に関わる人身事故発生を認識した運転者が、被害者救護より自分の用事を優先させても短時間であれば構わないのか。
③同法は、重傷を負った被害者に対し直ちに必要な救護措置(発見、通報)を行 っていなくても、現場に戻れば成立しないのか。
④不適切な心肺蘇生であっても、かたちだけ行えば「必要な措置を講じた」と解 釈され、救護義務を履行したと評価されるのか。
⑤控訴審判決では、救護する意思と飲酒発覚回避行動の意思が両立するとのこと だが、「意思」があれば「必要な措置」は怠っても構わないのか。
事故から8年半の歳月が流れました。和田さん夫妻は最高裁に納得のできる判断を下してほしいと訴えています。
「一審の長野地裁は、被害者が見つからなければ、それも含めて110番をしなければならないと指摘しています。本当にその通りだと思います。生命より重いものはありません。この判決は、道路を利用する全ての皆様に関わることだと思います。事件を知っていただいた皆様には、当事者の視点で考えていただき、今後の最高裁判決を見守っていただけたら有り難いです」
最高裁の判断に、注目したいと思います。
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事故現場にたたずむ和田さん夫妻(筆者撮影)