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【ドラレコ動画公開】逃走したあおり運転者に4600万円の賠償命令 画期的判決の中身とは…

2023.9.26(火)

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【ドラレコ動画公開】逃走したあおり運転者に4600万円の賠償命令 画期的判決の中身とは…

■非接触事故でも「あおり運転」との因果関係を認定

 9月20日、東京高裁は、事故発生から6年越しとなった民事裁判で、被告側の控訴を棄却。重傷を負った原告のAさんに対し、治療費や休業損害、慰謝料など、約4600万円(遅延損害金約1000万円含む)の賠償金を支払うよう命じました。

 裁判所は、Aさんが信号無視で起こした衝突事故と、被告が名義人である車が行った執拗なあおり運転との因果関係を認め、さらに「あおり運転」を行った末に逃走したその車は、「所有者である被告本人が運転していたとしか考えられない」と断定したのです。

■とっさのクラクションから始まった執拗なあおり運転

 この事故は、2017年9月11日の深夜に発生しました。

 静岡県田方郡函南町の国道136号線を南へ向かって車を運転していたAさんの前に、突然、道路左側の飲食店とカラオケ店の駐車場から、1台のステップワゴンが左折するかたちで割り込んできたのです(下記の地図のA地点)。

Aさんが裁判所に証拠提出した現場図(A氏提供)

Aさんが裁判所に証拠提出した現場図(A氏提供)

「危ない!」
 危険を感じたAさんは、とっさにクラクションを鳴らしました。
 ところがその直後、前を走っていたステップワゴンは、Aさんの車の進行を邪魔するかのように、突然一時停止をしたかと思うと、超低速での異常な走行を繰り返したり、幅寄せをしたり、窓を開けて「殺すぞ!」と怒鳴ったり、異常な行動をとり始めたのです。

 すると今度は突如、相手車に後方に回られ、その直後から高速度での執拗な追走を受けます。
 パニック状態に陥ったAさんは、なんとか逃れたいと思いましたが、相手車は猛スピードで追いかけてきます。そして、2台は赤信号にもかかわらず交差点を通過。さらに、Gの地点で、Aさんは再度、信号を無視して交差点に進入し、ちょうど右側から走行してきたタクシーと衝突。そのはずみで道路脇の看板と電柱に激突したのです。
 数分間にわたって執拗なあおり運転をし、Aさんを追走したステップワゴンは、そのまま行方をくらましました。

■恐怖の「あおり運転」その一部始終がドラレコに……

 以下の動画は、そのときの映像をAさんが字幕を入れて編集したものです。
 Aさんの車の前後に装備されていたドライブレコーダーには、衝突事故にいたるまでの「あおり運転」の一部始終が記録されていたのです。

 この事故で、頚椎骨折、腹斜筋挫傷などの大けがをしたAさんは、治療のため長期間の休職を余儀なくされました。
 それだけではありません。本件をきっかけに、極度の恐怖によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)から重い鬱病を発症。一度は職場に復帰したものの、不安、不眠、フラッシュバックなどに苦しみ、突然パニックを起こすこともありました。

 また一時は、電動ノコギリを購入して「他人に自分のストレスをぶつけたい」という衝動に駆られるなど、危険な症状が出たため、それを抑えるために精神科病院に半年間入院。それでも体調はなかなか元に戻らなかったといいます。

■犯人不明でも、車の所有者に『運行者共用者責任』

 そんな中、Aさんは、執拗なあおり運転によって事故に追い込み、タクシーに被害を与えたうえ、自分にも首の骨を折る大けがを負わせた車の責任を問うべく、行動を起こしました。

 すでに映像を紹介した通り、自車の前後に取り付けられていたドライブレコーダーには、あおり行為と相手の車の姿やナンバーが記録されていました。  そこでまずは、その映像を手がかりに、警察に被害を届け出たのです。

 残念ながら映像では運転者の顔まで特定することができず、犯人逮捕には至りませんでしたが、警察捜査と運輸局の記録をもとに車両は特定できたため、弁護士に相談。自賠法3条の『運行者共用者責任』(以下参照)、つまり「自動車の運行を支配・管理して利益を得ている人」にも責任があるという切り口で、2020年、この車の所有者である男を被告として、民事裁判を起こしたのです。

【自動車損害賠償保障法(自賠法)第三条】 

自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。

事故現場。Aさんの車はタクシーと衝突後、右側の看板と電柱に激突した(A氏提供)

事故現場。Aさんの車はタクシーと衝突後、右側の看板と電柱に激突した(A氏提供)

■「自分は無関係」と反論を繰り返した被告

 この裁判で「運行供用者責任」を問われた被告の男は、「自分はあおり運転とは無関係だ」として、次のように反論しました。

●「ドライブレコーダーのナンバー記録から、自分だけを特定されるのは心外だ」

●「自分の友人たちは同じナンバーを使っていることが多い。幸せが訪れますようにと願いを込めて4○○○とつけている」

●「副業として車の修理業務を個人経営していたため、事故当時は車を複数所有し、修理中に代車として客に貸していた」

●「普段から友人が無断で車を借りていく習慣があったので、その可能性がある」

  一方、原告側からの質問に対しては、

●「何月何日に、車を誰に貸していたか分からない。記録は取っていない」

●「金銭のやりとりは現金のみで、クレジットカードなどは使用していない」

●「客の携帯電話番号などは保管していない」

 などと、不自然な答弁を繰り返しました。

 そもそも、被告が「副業で行っていた」と主張する車の修理業務は、警察や役場に届け出がなく、税金も未納。さらに、この車自体、無車検で、自賠責保険も未加入であることが明らかになったのです。

事故から3日後に撮影されたAさんの車。タクシーとの衝突事故で大破している(A氏提供)

事故から3日後に撮影されたAさんの車。タクシーとの衝突事故で大破している(A氏提供)

■被告供述は不自然極まりないと裁判官が一蹴

 2023年2月13日、一審の静岡地裁沼津支部(青木勇人裁判官)は、判決文で以下のように述べました。

「被告車を代車として他人に貸し出していたという被告の主張は、それを裏付ける証拠がなく、被告供述も不自然極まりないものであるから、虚偽であると言わざるを得ず、事故当時、被告車(あおり車両)は所有者である被告が運転していたとしか考えられない」

 そして、「本件車両は被告所有車両であるから、本件車両を運転していた人物は被告である」としたうえで、判決文の中に以下のように明記しました。

「原告車両が交差点を右折して進入した県道は道幅が狭く、本件車両は原告車両が容易に停止できないような速度で原告車両を追走していたことからすれば、原告としては急停車することが非常に困難な状態だったと認められる。また、約4分間にわたってあおり運転が繰り返し行われていた態様からすれば、本件あおり運転行為は、原告車両の運転者に対し正常な判断ができない心理状態に置くようなものであったと認められる」

 また、G地点でAさんが起こしたタクシーとの衝突事故については、

「本件あおり運転行為は執拗な追走行為等により、原告車両が停止することのできない状態に置く危険性を有する行為であったと認められ、原告車両は停止できないまま本件事故が発生した交差点に進入し、本件事故を発生させるに至ったのであるから、本件あおり運転行為の危険性が現実化し、本件事故を惹起したものと認められ、本件あおり運転行為と本件事故との間の因果関係はあると認められる」

 そして、東京高裁も、この一審判決を妥当として被告の控訴を棄却したのです。

■前後ドライブレコーダーの必要性

 危険を感じてクラクションを鳴らす……、その、ほんの小さなきっかけからはじまった理不尽なあおり行為。ひとつ間違えば、歩行者や自転車など、多くの人を巻き込む重大事故になったかもしれません。
 また、もしAさんがこの事故で命を落としていたら、直前に起こっていた「あおり運転」の事実は闇に葬られていた可能性も高く、本当に恐ろしいことだと思います。

 しかし、今回の静岡地裁、東京高裁の判決は、あおり行為をした車と接触していなくても、ドライブレコーダーの詳細な映像があれば、その車の所有者に事故の責任を問うことができるという画期的な判断を残しました。たとえあおりをした運転者が不明であっても、車両さえ特定できれば、自賠法3条の『運行者共用者責任』を根拠に、民事裁判でその責任を正当に問い、損害賠償を受けることができるのです。

 一方、「あおり運転をしても、どうせバレないだろう」と高をくくっているドライバーは、その考えを直ちに改めるべきでしょう。
 今やドライブレコーダーや防犯カメラはあらゆるところで作動しています。顔までわからなくても、車両が特定されれば、所有者としての責任を問われることがあるということを認識すべきです。

 これからドライブレコーダーを装備する人は、カメラを前方だけでなく、後方や全方位につけて備えることをおすすめします。そして、万一、あおり被害にあった場合は、泣き寝入りせず、映像を解析した上で相手を特定し、責任を追及すべきでしょう。

 本件あおり被害については、改めてAさんに、その恐怖の体験や裁判にこぎつけるまでの苦労、PTSDの過酷な被害について伺う予定です。

ドライブレコーダーはぜひとも全方位に装着しておきたい(写真:イメージマート)

ドライブレコーダーはぜひとも全方位に装着しておきたい(写真:イメージマート)