【中3死亡】事故後コンビニ直行の加害者が「ひき逃げ」無罪を主張。発生から8年半、高裁の判断は…
2023.8.4(金)
『事故後、飲酒の事実を隠すため、コンビニに立ち寄って口臭防止タブレットを買い、約10分後、被害者の元へ……』
この行為は、はたして「ひき逃げ(救護義務違反・報告義務違反)」にあたるのか否か……。
その判断を問う注目の刑事裁判が、8月1日、東京高裁で行われました。
午後2時、黒いスーツに身を包み、白いマスクで顔を覆った池田忠正被告(50)は、2人の弁護士と共に入廷し、控訴審の初公判で改めて無罪を主張しました。
すでに本件においては過失運転致死の罪が確定していることもあり、弁護側は「一事不再理にあたる」(刑事裁判で一度判決が確定した場合には、同じ事件において同じ人を再び裁判にかけないとされている)、また、「公訴権の濫用」であるとして、無罪の主張とともに、原判決破棄を求めてきたのです。
一方、検察官はきっぱりと「控訴は棄却されるべき」と反論しました。
開廷直後から、両者の主張は真っ向から対立しましたが、それを聞いた高裁の裁判官は、ごく短時間で「弁論の必要性はない」と判断。弁護側が提出した新たな証拠を却下し、この日の公判は約10分で終了しました。
控訴審の初公判後、東京高裁の前でメディアにコメントする和田さん夫妻(筆者撮影)
■事故から8年半、いまだ続く裁判と遺族の苦悩
本件事故は2015年3月、長野県佐久市で発生しました(事故概要は以下の記事参照)。そして、8年半にわたって、異例の経緯をたどりました。
<自宅前で奪われた息子の命「飲酒ひき逃げ」なぜ問われぬ? 悲しみこらえ訴え続ける両親の思い - Yahoo!ニュース>
被害者は当時15歳だった和田樹生(みきお)さん。塾からの帰宅途中、自宅マンション前の横断歩道で酒気帯び運転の車に制限速度をはるかに超えた速度で衝突され、約50メートル跳ね飛ばされて死亡しました。
樹生さんは地元の難関高校に合格し、4日前に中学の卒業式を終えたばかりでした。
加害者の池田忠正被告(50)には、事故から半年後、過失運転致死の罪で禁錮 3 年執行猶予 5 年の判決が下されました。しかし、事故直後、瀕死の重傷を負って倒れていた樹生さんを救護することなく放置し、コンビニへ立ち寄っていた被告の行為が、ひき逃げの罪に問われなかったことに納得できなかった遺族は、独自調査に基づき検察に上申や不服申し立てを繰り返しました。
そして2022年、ひき逃げの時効(7年)を目前に、池田被告は新たに救護義務違反(救護措置、事故報告義務違反)で在宅起訴されたのです。
昨年11月、長野地裁で下された一審判決の内容については、以下をご覧ください。
<【速報】加害者の「ひき逃げ」認め実刑判決 息子の死から7年8カ月、両親の長い闘い - Yahoo!ニュース>
上記記事の通り、一審は被告人の無罪主張を退け、懲役6か月の実刑判決を下しました。しかし、池田被告はこの判決をすべて不服として控訴。審理は、事故から8年以上たった今も、東京高裁で続けられているのです。
事故を起こした被告人の車(遺族提供)
■被告が「無罪」を主張する理由とは?
では、被告人はどのような理由で「無罪」を主張しているのでしょうか。
母の真理さんは、控訴趣意書に目を通したうえで、こう語ります。
「被告人側は、原審で退けられた過去の判例を再び持ち出し『原審の判断には道路交通法の解釈等に誤りがあり無罪』だと主張しています。その理由としては、原審同様に『車両を停車させている』『停車した車両からコンビニまでの距離は50m』『コンビニに要した時間が2~3 分と短く、義務の目的を阻害していない』『コンビニを出た後、現場へ向かっている』『結果的に被害者を発見、救命措置をし、警察官に犯人であると名乗り出た』だから、ひき逃げ(救護義務違反)にはあたらないというのです」
しかし、和田さん夫妻は、被告人側は救護義務違反を認めるべきであり、無罪主張は絶対に許されるべきではないと、一貫して訴えてきました。
道路交通法72条には(交通事故の場合の措置)として、以下のように定められています。
●道路交通法72条(交通事故の場合の措置)
『交通事故があったときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を中止して、負傷者を救護し、 道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない』
また、運転免許更新時に配布される『交通教本』には、
「事故後、被害者が呼吸停止状態でも10分以内に、また、心肺停止状態でも3分以内に応急救護処置が行われた場合、被害者の救命率は50%以上になることが期待される」
と記されています。
事故現場となった横断歩道。自宅マンションまであとわずかだった(筆者撮影)
■被害者を「直ちに」救護することの大切さ
事故直後、自宅前の現場に駆け付けていた父の善光さんは、当時の凄惨な状況を振り返りながらこう指摘します。
「被告人は、車両からコンビニまでの距離を50mと主張していますが、そもそも、衝突現場から約100m先に車両を停車しており、直ちに停車していないのです。樹生を発見しないまま現場を立ち去ったため、重傷を負った樹生に対し、『直ちに必要な措置』を何ひとつ行っていませんでした。また、『コンビニ退店後に救護した』と主張していますが、本来、心肺蘇生は胸骨圧迫30回+人工呼吸2回を交互に繰り返すべきところ、被告人は危険とされている心臓の圧迫を5回行い、気道の確保をせずに息を吹き込んだそうです。そしてこのとき、誰かが『脈があるぞ!』と言ったのを耳にしたと供述しているのです」
事故が発生したのは3月の夜です。気温は大変低く、道路は凍てついていました。その状況下で重傷を負った被害者を放置するということは、即、命の危険につながります。
善光さんは、憤りを込めながら続けます。
「被告人は、速度超過で中央線をはみ出し、横断歩道を歩いていた樹生をはね飛ばしました。そして、重篤な傷害を負わせた樹生を冷たい路上に放置し、酒臭を隠すためにコンビニに行っていました。このとき、被害者の樹生が、どのような思いで救助を待っていたのか考えなかったのでしょうか……。樹生にとって生死の分かれ目ともいえる最も大事な時間を、自己保身の行動に費やしていたにもかかわらず、なぜそのことに思い至らないのか。被告人の無罪主張は人として信じられません。私は、被告人が事故後、直ちに救護のための通報をしなかったために、樹生の救命が遅れ、失われずに済んだ樹生の生命が奪われたと思っています」
控訴審の2日後にあたる8月3日は、樹生さんの誕生日でした。事故以来、体調を崩し、入院していた樹生さんの妹も、この日は兄の誕生日ということで一時帰宅を許され、昨夜は家族でケーキを囲んで誕生日会をしたそうです。
あの事故さえなければ、24歳。今も家族の中心に樹生さんはいます。
2023年8月3日、家族は樹生さんの24回目の誕生日を祝った(遺族提供)
真理さんは言います。
「直ちに負傷者を救護することは、被害者の生命に関わる非常に重要なことです。『直ちに』とは、他の用事を先に済ますというような時間的遷延は許されないということです。重傷人身事故を起こしたことを認識していたのに、買物を優先した被告人に対する遺族感情としては、まさに『不作為の殺人』です。今回の判決で、『直ちに救護する』ということの大切さを司法としてきちんと示していただき、今後、道路を利用する皆さんの生命の安全というものが守られる社会に近づいてほしいと思っています。そして、私たちのような思いをする被害者、遺族が、今後出ないよう、納得のいく報告を、判決後息子にできたらいいなと思っています」
一審で下された実刑は、維持されるのか……。
判決は、9月28日、東京高裁で言い渡される予定です。
<事故発生から12分間の被告の行動>
●22:07:21
事故発生
●22:07:31
衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点で池田被告が車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)
●22:07:35
被告が車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人を轢いちゃったみたいなんですけど……」と話す。
驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる
●22:11:52
被告が再び自車に戻り、ハザードを点灯
●22:12:16
被告が近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場で被告の動向を見張る
●22:13:04
被告がブレスケアを購入後、コンビニから退店
●22:14:00
第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報
●22:16:14
被告と連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ
●22:17:00
被告の仲間が119番通報
●22:18 頃
父親の善光さんが駆け付ける(正確な時刻は不明だが、被告はこの時点で樹生さんの傍にいた)
●22:19:00
自宅から駆け付けた母親の真理さんが119番通報