大幅スピード超過で死亡事故の刑事に執行猶予、「虚偽供述」と軽すぎる判決
一般道を115キロで爆走、だが取り調べでは「時速60キロで」と供述
2023.6.14(水)
5月24日、千葉地裁松戸支部において、自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われていた元千葉県警・刑事課巡査部長の岡本貴裕被告(31)に、「懲役3年 執行猶予3年」の判決が言い渡されました。
本件については、初公判が開かれた直後の4月5日、下記の記事でレポートしていました。
(参考)刑事が一般道75キロオーバーで死亡事故、果たしてこれは「過失」なのか 片側一車線の県道を時速115キロ、遺族は「被告にはもう会いたくない」
事故は2022年5月30日午後8時45分ごろ、千葉県鎌ケ谷市粟野の県道で発生しました。横断歩道のない場所を横断していた歩行者の女性(79)が、岡本被告の運転する自家用車にはねられ、左大量血胸により死亡。岡本被告は仕事を終え、帰宅中でした。
(参考)今年1月、被告の在宅起訴を報じる記事
女性はねられた死亡事故、元巡査部長を在宅起訴 地検松戸支部(千葉日報オンライン) (2023.1.28)
現場は片側1車線で、路肩には自転車や歩行者が頻繁に通行しています。『通学路注意』の黄色い看板も立てられていますが、歩道はところどころ途切れてガードレールのない場所も多く、実際に走ってみると制限速度の時速40キロでも緊張を強いられるような道です。
事故現場付近(筆者撮影)
また、周辺には大病院や商業施設もあって、駐車場や脇道も多く、衝突現場付近の路面には、『追突多し』『事故多し』といった標示も大きくペイントされていました。それを見ただけでも、いかに危険な場所であるかがよくわかります。
このような道で、制限速度の3倍近い時速115キロで走行する……、にわかに信じがたい行為ですが、本件は「危険運転致死」の罪で起訴されることはなく、「過失致死」で、執行猶予付きの判決となったのです。
なぜこの危険な道で、時速115キロも出せたのか……?
判決公判を傍聴した人からは、「あれだけの高速度で死亡事故を起こし、執行猶予3年とは、ずいぶん軽いですね……」という声が上がっていました。私も同じ感想を持ちましたが、この裁判を傍聴してもっとも疑問を抱いたのは、初動捜査における速度の推定の杜撰さと、被告の供述についてでした。
実は岡本被告は、警察だけでなく検察での取り調べに対しても、「時速60キロくらいで走っていました」と話していました。法廷では検察官からそのことを厳しく追及されていましたが、彼はその理由について、以下のような内容を述べていたのです。
「アクセルを緩めたときにちょっと早すぎたと感じたが、あっという間に衝突地点に到達した。その時の速度は、自分としては時速60キロよりは早いが、時速80キロくらいかと思っていた。ところが、衝突地点から車の停止地点までの距離をもとに、現場検証をした警察官が計算したところ、『時速60キロくらいだ』と言われたので、そうなのかと思った」
しかし、この供述はその後、決定的な証拠によって事実と大きくかけ離れていたことが明らかになりました。
実際の速度については、事故現場手前の会社事務所に設置されていた防犯カメラに記録されており、後日行われた解析の結果により、ブレーキランプが点灯する直前の速度は、時速115キロだったことが判明したのです。
もし、防犯カメラの映像が残っていなければ、いったいどうなっていたでしょうか。「時速60キロで起こった事故」のまま、死人に口なし的な処理をされた可能性もあるのです。
ちなみに、事故直後の実況見分によると、衝突地点から停止地点までの距離は、28.5m。被告が記憶に基づいて指示説明した衝突地点は必ずしも正しいとはいえず、多少の誤差が出ることは仕方がないでしょう。しかし、実際には時速115キロで走行していながら、約半分の60キロと供述していたことについては、自己保身が過ぎると言われても仕方がないのではないでしょうか。
と同時に、現場に臨場した捜査官の「時速60キロ」という判断についても、疑問を持たざるを得ません。
「実刑は難しくとも執行猶予3年は軽すぎる」
「執行猶予は原則3年以上5年までですから、3年は最低期間です。本件の場合、実刑は無理でも、執行猶予が5年は付くと思っていただけに軽いですね。もちろん、この事故は危険運転致死罪で起訴されるべきだったと思いますが……」
そう語るのは、現職時代に警察の裏金問題を告発し、長年にわたって組織の問題を提起してきた元愛媛県警の仙波敏郎氏です。
「交通事故捜査の場合、衝突した箇所とスリップ痕が最も大事なポイントとなります。現場に臨場した警察官は、当事者に対しては必ず『貴方の車のスリップ痕は、これで間違いないな』と、現場で指先し確認させて、写真撮影しなければなりません。運転者の指さし確認のない写真は、当然証拠能力はありません。死亡事故の場合は、なおさら、生存者の指さし確認が必要です。これは捜査のイロハのイで、全国どこの警察でもやっていることです。ところが、事故の当事者が警察官となると、ときとして警察組織を守るための捜査が行われ、極めて不自然な『証拠』や『調書』が独り歩きしてしまうことがあるのです」
少年と警察官によるバイク同士の事故、少年の供述裏付ける証言は無視
仙波氏がその一例として挙げるのは、2004年に愛媛県で、2006年に高知県で、相次いで発生した白バイ事故の理不尽な捜査です。
(参考)愛媛白バイ事件
誤認逮捕を謝罪した愛媛県警、15年前にも強引捜査 白バイ衝突事故で「有罪」にされた高校生親子の未だ消えぬ怒り(JBpress)
仙波氏は続けます。
「警察官の場合、ちょっとした事故を起こしただけでも、本人や上司に制裁が加わり、昇進に影響が出るという現実があります。実際に、高校生のバイクと白バイが衝突し、双方が重傷を負った愛媛白バイ事故では、『足をついて止まっていた』という少年の供述とそれを裏付ける目撃者の証言があったにもかかわらず、愛媛県警はそれを無視。科捜研は『少年は時速15~17キロで右折中だった』という鑑定結果を出しました」
この事故で一度は「交通短期保護観察処分」を言い渡された少年は、その後、高裁に抗告の申し立てを行い、奇跡的に「無罪」にあたる「不処分」を勝ちとりました。しかし、その後の民事裁判では事実認定が逆転して完全に敗訴し、少年側が白バイ隊員に賠償金を支払うというかたちで終わっています。
高校生が乗っていた250ccのスクーター。フロントフォークが折れ、タイヤが完全に外れた姿は衝突の衝撃の大きさを物語っている。衝突箇所が少しずれていたら、命に危険が及んだかもしれない(事故当時者の高校生提供)
警察官が乗っていた白バイ(事故当時者の高校生提供)
警察官が絡む交通事故、もしも遭ったら要注意
一方、高知白バイ事故は、スクールバスと白バイが衝突し、白バイ隊員が死亡するというものでした。
(参考)高知白バイ事件
死亡事故を起こしたら――あなたの知らない「交通刑務所」の生活 「もらい事故」でも判決内容次第では収容される可能性も・・・(JBpress )
「高知白バイ事故も同じく、『衝突の時、バスは止まっていた』という同乗の20名あまりの生徒たちの目撃証言はことごとく無視され、『バスは時速約10キロで進行していた』という科捜研の鑑定結果が出ています。驚くことに、バスの運転手に対しては事故直後の衝突現場で、最も重要なスリップ痕の指差し確認すら行っていないのです。そして、死亡事故でありながら、8カ月もたってブレーキ痕の写真を出してきました。
事故直後に見せていない、いや、見せられなかった、ということは、言い換えれば『現場にはスリップ痕がなかった』ということにほかなりません。皆さんは信じたくないかもしれませんが、日本では警察組織を守るために、こんな捜査が行われることもあるのです」(仙波さん)
高知白バイ事故で「過失致死」の罪に問われたスクールバスの運転手・片岡晴彦さんは、刑事裁判においても一貫して「バスは止まっていた」と無罪を訴えましたが、結果的に執行猶予なしの実刑判決を受け、1年4か月間服役しました。
事故直後の様子。スクールバスの右前方に衝突した白バイが大破している(バス運転手の男性提供)
今回、千葉で起こった現職刑事による死亡事故は、職務中ではなく帰宅途中でしたが、時速115キロで引き起こされたこの事故が、なぜ時速60キロの事故として処理されかけていたのか……。その真実は知る由もありませんが、ただひとつ言えるのは、交通事故の捜査において、防犯カメラやドライブレコーダー等の映像がいかに客観的な証拠として重要であるか、ということです。
被告人として法廷に立っていた岡本被告は、背筋をまっすぐに伸ばし、沈痛な面持ちで被害者と遺族への謝罪の言葉を述べました。そして、「警察官なのに死亡事故を起こしてしまったことは恥ずかしい。警察への信頼を裏切ってしまった……」とも。
事故後、県警から停職3カ月の懲戒処分を受けた被告は、2022年12月23日に依願退職。現在は日雇いの仕事で収入を得ながら過ごしているそうです。