刑事が一般道75キロオーバーで死亡事故、果たしてこれは「過失」なのか
片側一車線の県道を時速115キロ、遺族は「被告にはもう会いたくない」
2023.4.5(水)
3月29日、千葉地裁松戸支部である交通死亡事故裁判の初公判が開かれました。自動車運転処罰法違反(過失致死)の罪に問われているのは、岡本貴裕被告(31)。元千葉県警行徳署の刑事課巡査部長です。
この事故の初公判が開かれる前、一通のメールが私のもとに届きました。
「この事故が『危険運転』ではなく、『過失』で起訴されたことに疑問を感じていたところ、柳原三佳さんが記事*1を書かれていた大分で起こった194km/hでの右直事故を思い出しました。
本件の事故現場は片側一車線の県道です。道幅も狭く、電柱もすぐ横に立っています。公判でも言及がありましたが、事故現場の直前の路面には『追突多し』、対向車線には『事故多し』の標示もありました。
このような道で制限速度の約3倍近いスピードを出した結果起きた死亡事故を、はたして『過失』による事故として扱ってよいのか……、疑問に思っています」
*1 (記事)一般道を時速194キロで爆走して死亡事故、なぜこれが「危険運転」じゃない
差出人は、数年前、交通問題のシンポジウムを通じて知り合った大谷正則さん(仮名)です。私自身千葉県民ですが、本件についてはほとんど報じられていなかったこともあり、大谷さんからの連絡で初めて知ったのでした。
事故現場直前の路面には「追突多し」の警告表示が(撮影/大谷正則氏)
40キロ制限道路で115キロ
事故は2022年5月30日午後8時45分ごろ、千葉県鎌ケ谷市粟野の県道で発生しました。県道を横断していた歩行者の女性(79)が、岡本被告の運転する乗用車にはねられ、左大量血胸により死亡したのです。
鎌ケ谷署は自動車運転処罰法違反(過失傷害)の疑いで、帰宅のため乗用車を運転していた岡本容疑者(当時30)を現行犯逮捕し、8か月後の2023年1月、過失傷害の罪で在宅起訴しました。
調べによると、岡本被告は制限速度40km/hの道を115km/hで走行していたことが明らかになっています。
現職刑事がなぜ
1月28日の千葉日報の報道をご覧ください。
<女性はねられた死亡事故、元巡査部長を在宅起訴 地検松戸支部
(前略)起訴状などによると、昨年5月30日午後8時45分ごろ、同市粟野の県道で前方や左右を注視せず、法定速度の時速40キロを上回る約115キロで乗用車を運転。歩いて横断していた松戸市の女性=当時(79)=をはね、左大量血胸により死亡させたとされる。
被告は昨年12月、県警から停職3カ月の懲戒処分を受け、依願退職している。>
なぜ、現職の刑事が、片側1車線の一般道で115km/hもの速度を出し、横断中の歩行者をはねたのか……。
そこで、初公判を傍聴した大谷さんのレポートをもとに、法廷で明らかになった事実をまとめてみたいと思います。
偶然ではあるが、松戸支部での初公判の日、大分の194キロ死亡事故現場には大分県警によってパトカーの看板が設置された(遺族提供)
事故直後は時速60キロくらいだったと供述
<被告の経歴等> ・被告は大学を卒業後、父のように警察官になりたいと思うようになり、平成26年に合格。千葉県警で刑事課などを歴任。事故後、県警から停職3カ月の懲戒処分を受け、2022年12月23日に依願退職し現在は無職。
・普通免許と小型限定の普通自動二輪免許を所持し、免許歴は9年ほど。交通違反履歴は平成29年に指定通行区分違反が1件。車は6月末か7月頃に廃車に。免許は取消処分となり、もう免許を取るつもりはないとのこと。
・事故の前年に結婚。事故から4か月後、子供が生まれたが、妻子は実家に戻っている。被告は自身の実家にいるが、いつか一緒に生活したい。
<事故当日のこと> ・当日は20時頃に仕事を終え、通勤経路で帰宅途中だった。早く帰りたかった。漫然と運転していた。体調の異変などはなかった。
・アクセルを緩めたときにちょっと早すぎたと感じたが、あっという間に衝突地点に。その時の速度は時速60キロよりは速いが、80キロ位かと思っていた。
・急制動でも間に合わず衝突。救急車が到着時、被害者は心肺停止。
<事故の状況> ・右ボンネットに擦過痕、車体右前部、右ドアミラー、右前タイヤに損傷が認められる。車と遺体の損傷状況から被害者は右→左へと歩いていた。
●被告車両のメルセデスベンツが写っているニュース動画(チバニュース/チバテレ)
https://www.youtube.com/watch?v=K2-54i-tCE4
・防犯カメラ(現場手前の会社事務所のもの)の解析結果報告書によると、ブレーキランプが点灯する直前に時速115キロで走行していたことが判明。
・115キロとは思っていなかった。(模擬車両による実験結果を受け)時速40~60キロなら停止できた。
・警察官なのに死亡事故を起こしてしまったのは恥ずかしい。警察への信頼を裏切ってしまった。
「謝罪など来てほしくない。もう会いたくない」
この日の法廷では被告の父親も証言台に立ち、被害者への謝罪の言葉を述べ、自身も元刑事だった立場から、以下のように語りました。
大谷さんのメモから抜粋します。
「警察官は法を守ることを特に求められる立場。不祥事で辞めていく同僚を多く見てきたので、そのことは常に話していた。交通事故の話もしていた。それなのに大幅なスピードオーバーをした。強行犯担当で仕事は忙しかった。早く帰りたい気持ちはわかる気もするが、身重の妻がいたとはいえ、自己中心的な考えが強すぎたように思う。十分反省、償いをし、法の裁きを受けたなら、その後は社会に役立つ仕事をして欲しい。次に続くようにサポートしたい」
一方、被害者の遺族によれば、亡くなった女性は娘さんの家にほぼ毎日足を運び、いろいろと世話をしていたそうです。高齢ではありましたが杖などは使っておらず、足腰は強かったとのこと。
それでも、被害女性はあの道を渡りきることができませんでした。まさか、制限速度の3倍近い高速度で車が突っ込んでくるとは想像もできなかったはずです。どれほどの恐怖だったことでしょうか。
遺族は被告に対して、「謝罪など来てほしくない。もう会いたくない」そう述べているといいます。
「過失致死」が遺族の署名活動によって「危険運転致死」に
今回、初公判を傍聴した大谷さんは語ります。
「個人的には甲23号証で示された検証結果が印象深かったですね。捜査機関は模擬車両を用いて、時速40キロ、60キロ、115キロにおける走行時の見え方の実験を行っていました。その結果、115キロでは横断直前まで被害者を確認できないが、40キロ、60キロなら衝突する前に被害者を認め、回避することが可能であったと結論付けていました。これはとても説得力ある証拠でした。
仕事で疲れていて早く帰宅したかったのは分からないでもありません。しかし、あの道で115キロはいくらなんでも出しすぎです。検証により、超高速度だったから止まれなかったというなら、過失ではなく、危険運転致死傷罪における『運転の制御ができないほどの高速度で車を走行させる行為』という解釈を当てはめてよいのではないか、そう感じました」
ちなみに、前出の大分での194キロ死亡事故は、通称「40メートル道路」と呼ばれている片側3車線の広い直線道路(制限速度60キロ)で発生し、直進していた被告車が対向右折車と衝突しました。
大破した大分194キロ事故の被害車両(遺族提供)
当初、被告は「過失致死」で起訴されましたが、納得できない遺族が声を上げ、署名活動を展開。その後、検察は「危険運転致死」へ訴因変更することになりました。これから裁判員裁判が開かれる予定ですが、結果的に裁判官がどのような判断を下すかはまだわかりません。
制限速度を大幅に超過した上での重大事故は全国各地で発生しています。しかし、司法の判断は今、大きく揺れています。
千葉県鎌ケ谷市で起こった現職刑事による時速115キロ死亡事故。次回公判は5月10日、千葉地裁松戸支部にて14時10分~15時10分、被告人質問が行われ、結審の予定です。