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人が死なないと警察は動かない…池袋で自転車ひき逃げに遭った女性が強いられる「泣き寝入り」の現実

「正直者が馬鹿を見る世の中」でいいのか

2023.1.14(土)

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人が死なないと警察は動かない…池袋で自転車ひき逃げに遭った女性が強いられる「泣き寝入り」の現実

 2022年10月、東京・池袋の横断歩道で、歩行者の女性が自転車に轢かれ、全治1カ月のケガを負った。自転車に乗っていた男性は、そのまま逃走し、いまだに野放しとなっている。警察はなぜひき逃げ犯を検挙できないのか。ジャーナリストの柳原三佳さんが、被害女性の怒りの声をリポートする――。

自転車ひき逃げの被害者が語る“事故後の苦悩”

 「加害者は20歳前後の若者でしたので、事故の瞬間映像があれほど報道されたら、きっと耐えられずに出頭するのではないかと思っていたんです。でも、結局、何の手掛かりもないまま年を越し、3カ月が過ぎてしまいました」

 そう語るのは、昨年10月18日、東京・南池袋3丁目の横断歩道で自転車によるひき逃げ事故に遭った被害者のAさんです。

 以下の動画は、その瞬間を記録した防犯カメラの映像です。

 信号無視の自転車が横断歩道を横断中のAさんに激しく衝突。その後、二人は絡み合うように路上に転倒しました。しかし、男性は即座に立ち上がるとAさんを救護しようともせず、慌てた様子で自転車にまたがり逃走。動画には、「警察を呼ぶから待ちなさい!」と叫ぶAさんの声もしっかり記録されています。

 「歩行者用信号が青になったのを確認した私は、横断歩道を渡りはじめました。そして数歩進んだ時、突然、池袋駅から目白方面へ進行してきた自転車に右側からものすごい勢いで衝突されたのです。その直後、相手は『ごめんなさい』と言ったので、自分が信号無視をしたことはわかっていると思うのですが」(Aさん)

 Aさんはすぐに救急車で搬送され、全身打撲で全治1カ月と診断されました。幸い骨折などはありませんでしたが、動画を見ると相当の衝撃を受けていることがわかります。もし頭を強打していたら、この程度では済まなかったかもしれません。

 本稿の執筆時点でも自転車に乗った男は、逃走を続けています。

進まぬ捜査に焦り、自ら防犯カメラ映像を入手

 実はこの動画は、警察が入手したものではありません。事故から約1カ月半後、Aさんが自ら事故現場正面のビルに足を運んで入手したものです。

 「ひき逃げという悪質な事件ですし、警察からは(警察が入手した)防犯カメラの映像もあると聞いていましたのですぐに犯人は捕まるものだと思っていました。でも、現場に看板が立てられたくらいで、特に捜査の動きもなく1カ月が過ぎてしまったのです」

警察が設置した看板

警察が設置した看板。

 約1カ月後、Aさんは「防犯カメラの映像を見せてほしい」と目白署に依頼しました。しかし担当者からは、「衝撃的な映像なので、落ち着いてからのほうが……」の一点張りだったと言います。

 「せっかく加害者の姿が映っているのに、なぜ活用しないのか?」

 不安を覚えたAさんは警視庁にも出向き状況を説明しましたが真摯しんしな対応は見られなかったため、思い切ってビルの管理会社に連絡を入れたところ、快く防犯カメラの映像を提供していただけたそうです。

 Aさんは悔しそうに語ります。

防犯カメラの映像

防犯カメラの映像

 「でも、この時点ですでに1カ月半が経過していました。事故直後からこの映像を公開していれば、何らかの手掛かりがつかめたかもしれなかったのに、残念です」

人が死なないと警察は本気で動かない

 ひき逃げと言えば、「警察24時」のような特集番組でよく見る、「地を這はうような緻密な捜査」を思い浮かべる人も多いことでしょう。実際に死亡ひき逃げ事件の検挙率は毎年90~100%で、ほとんどの犯人が逮捕されています。

 ところが、同じひき逃げでも、被害者が軽傷の場合は、検挙率が格段と低くなってしまうことをご存じでしょうか。

 警察庁交通局の統計によると、2003年前後のひき逃げ事件の全検挙率(死亡・傷害の合計)は、25%前後にとどまっていました。ちなみに、2004年はひき逃げ事件が2万283件発生しましたが、全検挙率は25.9%。つまり、約1万5000人の被害者が、治療費をはじめ一切の賠償を受けられないまま、泣き寝入りを強いられていたことになります。

 2008年になると全検挙率は40~50%台になり、2020年には70.2%まで上昇しています。それでもAさんのように悔しい思いをしている人はまだまだいるということです。

出典=2021年(令和3年)版犯罪白書(法務省)

出典=2021年(令和3年)版犯罪白書(法務省)

「被害者はお気の毒ですが…」警察官の言い訳

 ではなぜ、ひき逃げにもかかわらず、犯人が見つからないという事態が続いているのでしょうか。

 現職の警察官に尋ねてみたところ、

 「ひき逃げは悪質な事案なので本来はきちんと捜査すべきなんですが、被害が軽い場合は組織的な捜査はしていません。被害者はお気の毒ですが、人員も限られているので……」

 という答えが返ってきました。

また、交通捜査の経験を持つ元警察官は、こう語ります。

「交通事故捜査は『被害が軽いか重いか?』が捜査方針や捜査経済を決定する全てです。迅速な捜査の立ち上がりは、当て逃げやひき逃げであっても、物損や軽傷では期待できません。特に自転車が加害者の場合は、ナンバープレートもついておらず、具体的に何を探せばいいのか雲をつかむようなレベル。聞き込みをしようにも具体的に調べようがないんです」

SNSやメディアで拡散することの重要性

ひき逃げをした犯人は救護せずに逃げているので、被害者のけがの状況は把握していません。被害が軽いか重いかは、偶然の結果であって、本来はその悪質な行為が重く問われるべきです。

しかし、前出のコメントにもあったように、警察は交通事故を取り扱うとき、「被害の軽重」で判断しているという現実があるのです。

2014年(平成26年)、警察庁は各都道府県警察に「過失運転致傷等事件に係る簡約特例書式について」という通達を出し、被害者の傷害の程度が約3週間以下の事件について、「簡約特例書式」という簡略化された書式を使うよう指示しました。

もちろん、ひき逃げは悪質な「事件」なので、本当はこの指示に従うべきではないのですが、Aさんの場合も全治4週間ということで軽傷事案として扱われ、組織的な捜査は行われなかった可能性があります。

ひき逃げされた被害者にとっては到底納得できないと思いますが、万一の場合はAさんのように自ら防犯カメラの映像を探し、目撃情報を募るなど、積極的に動く必要がありそうです。

ネット社会の現代においては、SNSでの拡散が大きな力になります。またメディアの協力を求めることも重要です。もしひき逃げ犯が見つかれば、警察は必ず検挙してくれます。

とにかく、被害者本人が動けない場合でも、家族や知人に協力を求め、初動の段階から積極的にアクションを起こすことが大切です。

事故は7.5分に1件発生、賠償額が高額になることも

警察庁の調べによると、2021年に発生した自転車乗車中の交通事故は6万9694件。およそ7.5分に1件の割合で発生しています。また、自転車事故による死傷者数は6万8114人でした。

出典=警察庁ウェブページ

出典=警察庁ウェブページ

Aさんの場合、幸い命に別条はありませんでしたが、自転車側の過失で歩行者を死亡させたり、重度の後遺障害を負わせたりするような重大事故も多数起こっています。

日本損害保険協会のサイトには自転車の加害事故による複数の重大事故が掲載されています。以下、同サイトから高額賠償事例上位3件を抜粋させていただきます。

1)9521万円
男子小学生(11歳)が夜間、帰宅途中に自転車で走行中、歩道と車道の区別のない道路において歩行中の女性(62歳)と正面衝突。女性は頭蓋骨骨折等の傷害を負い、意識が戻らない状態となった。(神戸地方裁判所、平成25(2013)年7月4日判決)

2)9330万円
男子高校生が夜間、イヤホンで音楽を聴きながら無灯火で自転車を運転中に、パトカーの追跡を受けて逃走し、職務質問中の警察官(25歳)と衝突。警察官は、頭蓋骨骨折等で約2カ月後に死亡した。(高松高等裁判所、令和2(2020)年7月22日判決)

3)9266万円
男子高校生が昼間、自転車横断帯のかなり手前の歩道から車道を斜めに横断し、対向車線を自転車で直進してきた男性会社員(24歳)と衝突。男性会社員に重大な障害(言語機能の喪失等)が残った。(東京地方裁判所、平成20(2008)年6月5日判決)

自転車には自動車のように「自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)」の制度がないので、万一に備え、被害者に十分な賠償をおこなえるよう、必ず「個人賠償責任保険」に加入しておく必要があるでしょう。

「正直者が馬鹿を見るような世の中は絶対におかしい」

自転車は子どもから大人まで、免許なしで気軽に乗ることのできる便利な乗り物です。その一方、「道路交通法」においては「軽車両」と位置づけられている、れっきとした車両です。法律に違反をして交通事故を起こし、人を死傷させると「重過失致死傷罪」に問われ、相手を死傷させた場合は民事上の損害賠償責任も発生します。

もちろん、忘れてはならないのが「道義的な責任」です。万一事故が起こった場合は、必ず被害者を救護し、警察に届け出てください。事故を起こしたにもかかわらず現場から逃げるという行為は、「助かる命をも助けずに見捨てる」という極めて悪質な行為です。

Aさんは語ります。

「ひき逃げ被害に遭ってから3カ月、もう見つからないのではとあきらめかけていますが、正直者が馬鹿を見るような世の中は絶対におかしいと思います。犯人には一日も早く出頭してもらいたいと思います」

以下、本件ひき逃げの詳細と所轄署の連絡先などを記していますので、お心当たりのある方はぜひ情報をお寄せください。

防犯カメラに映る事故現場周辺の様子

防犯カメラに映る事故現場周辺の様子

<池袋/ひき逃げ事件詳細と犯人の特徴>

●発生日時/2022年10月18日午後3時27分頃
●事故現場/東京・南池袋3丁目の横断歩道
●犯人のルート/池袋駅方面から目白方面へ走行中に事故。「ごめんなさい」と言い残し、そのまま目白方向へ。その後、路地に入って逃走
●犯人の特徴/20歳くらいの男性
●自転車/赤色のスポーツタイプの自転車
●着衣/黒い上着
●連絡先/目白警察署 交通捜査係 03-3987-0110 (内線4252)