【速報】加害者の「ひき逃げ」認め実刑判決 息子の死から7年8カ月、両親の長い闘い
2022.11.29(火)
■不起訴から一転、被告に懲役6か月の実刑判決
加害者の事故直後の行為は、「救護義務違反(ひき逃げ)」に当たるのか否か……。
裁判所の判断に大きな注目が集まっていた刑事裁判の判決が、11月29日午前10時、長野地裁(大野洋裁判官)で下されました。
救護義務違反(救護措置、事故報告義務違反)で在宅起訴されていた会社員・池田忠正被告(49)は、「(事故後)コンビニにいた時間はわずか。救命措置もおこなった」として、無罪(もしくは免訴)を主張していましたが、被告に下されたのは、懲役6か月の実刑判決でした。
検察側の求刑は1年でしたが、裁判官は池田被告の事故後の行為を「救護義務違反=ひき逃げ」と認めたことになります。
事故直後、路肩に駐車されていた池田被告の車(遺族提供)
■事故直後の加害者の行為は「ひき逃げ」か否か?
事故は2015年3月23日、長野県佐久市で発生しました。
近くの居酒屋で仲間と酒を飲み、その後車を運転していた池田被告は、大幅な速度超過で対向車線にはみ出し、学習塾から帰宅途中の和田樹生さん(当時15)を横断歩道上ではねたのです。
40メートル以上飛ばされた樹生さんは、事故から1時間半後に死亡。事故現場は、樹生さんの自宅マンションのすぐ前でした。
事故の詳細については以下の記事で、シミュレーション動画と共に報じた通りです。
『自宅前で奪われた息子の命「飲酒ひき逃げ」なぜ問われぬ? 悲しみこらえ訴え続ける両親の思い』(2020.11.25/柳原三佳)
事故現場は見通しのよい交差点。樹生さんはこの横断歩道を渡って自宅へ向かっていた(筆者撮影)
■事故発生から12分間の被告の行動
防犯カメラの映像や目撃者の証言などから明らかになっている被告の行動は下記の通りです。
<事故発生から約12分間の被告の行動>
●22:07:21
事故発生
●22:07:31
衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点で池田被告が車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)
●22:07:35
被告が車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人を轢いちゃったみたいなんですけど……」と話す
驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる
●22:11:52
被告が再び自車に戻り、ハザードを点灯
●22:12:16
被告が近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場で被告の動向を見張る
●22:13:04
被告がブレスケアを購入後、コンビニから退店
●22:14:00
第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報
●22:16:14
被告と連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ
●22:17:00
被告の仲間が119番通報
●22:18 頃
父親の善光さんが駆け付ける(正確な時刻は不明だが、被告はこの時点で樹生さんの傍にいた)
●22:19:00
自宅から駆け付けた母親の真理さんが119番通報
■事故から7年、両親の努力と時効間際の起訴
樹生さんの両親は、事故直後の被告の行動は「救護義務を果たしたとは言えない」として、検察に対して再三、起訴するよう求めてきました。
しかし、その訴えはなかなか届かず、最終的に被告が「救護義務違反」で起訴されたのは今年1月のことでした。
「ひき逃げ」の公訴時効は7年です。この時点で既に事故から6年10カ月たっており、まさに時効直前、ぎりぎりのタイミングでの起訴でした。
今年7月、刑事裁判で行われた遺族への尋問で、父親の和田善光さんは、無罪を主張する被告に対し、思いのたけをこう述べました。
「1秒でも早く救急に通報し、救命措置を受ける必要があった息子を放置し、自ら現場を離脱して自己保身を優先した自分の行動に対し、被告は本気で『救護義務を果たした』と言っているのでしょうか。もしすぐに救急に通報していれば、樹生の命が助かったかもしれないと考えたことはないのでしょうか。樹生の生死は、被告人の事件後の行動にかかっていたのです……」
15歳の誕生日を迎えた樹生さん。これが最後のバースデーケーキとなった(遺族提供)
■今も苦しみ続けている多くの被害者遺族のために…
今回の判決が下されるまでには、先にも書いた通り、両親の筆舌に尽くしがたい努力の日々がありました。
現場での独自調査、目撃情報の収集や署名活動、検察審査会への申し立て、そして、検察庁への度重なる上申書提出……。
遺族が自ら集めた証拠を提示し、根気強く検察に訴え続けてこなければ、この事故は間違いなく「ひき逃げ不起訴」のまま終わっていたでしょう。
全国各地には、同様の判断をされ、悔しい思いを抱き続けている被害者遺族が大勢います。しかし、誰もが和田さん夫妻のような行動をとれるわけではありません。
遺族が高齢であったり、幼い子どもであったりした場合は、いったいどうすればよいのでしょうか。
今回の判決を受け、父親の善光さんはこう語ります。
「救護義務違反が認定されたことは、我々の事件だけでなく、今後の他の事件の同種案件にも繋がってほしいと考えております。懲役6月、求刑1年は正直、短かくも思えますが、救護義務違反単独起訴での現在の日本での司法解釈の中で、実刑が取れたことに意義があったと考えています。また、一審過失運転致死の判決が非常に重いものでした。加害者の虚偽証言などに惑わされず、初動捜査、科学調査をしっかりしていただきたいと思います」
判決はまだ確定していません。引き続き注目していきたいと思います。
【和田樹生さん死亡事故・3度の刑事裁判と7年8カ月の経緯】
<2015 年>
3 月 23 日:事故発生
6 月 5 日:自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死)で起訴
9 月 7 日:過失運転致死について禁錮 3 年執行猶予 5 年の判決
13 日~:控訴と実刑を求める署名活動(最終署提出数 42540 筆)
24 日:不控訴 長野地検佐久支部
12 月頃~:独自に調査を開始
<2017年>
5 月 16 日:長野地検に告訴(速度違反、飲酒、救護義務違反他)
<2018 年>
2 月 7 日:道路交通法違反(速度超過)・道路運送車両法違反(装飾板)で起訴
7 日:地検佐久支部救護義務違反不起訴(嫌疑不十分)
9 月 6 日:上田検察審査会申立 救護義務違反(救護措置、事故報告義務違反)
<2019 年>
1 月 25 日:上田検察審査会 不起訴不当議決
3 月 18 日:判決 (速度超過 公訴棄却・道路運送車両法違反 無罪)
3 月 22 日:控訴を求め長野地検に上申書を提出
26 日:東京高検に上申書を提出、面会
27 日:長野地検が控訴しない方針を明らかに
27 日:長野地検が救護義務違反(救護措置、事故報告義務違反)不起訴 →その後も上申書提出、面会等行う
<2020 年>
1月 31日:道路運送車両法保安基準の細目に無罪判決装飾板適合しない旨明記
3月 27 日:民事裁判一審判決(速度時速 108 、救護義務違反他認められる)
9月 17 日:東京高検に救護義務違反不服申立 → 取り下げ(地検再捜査)
<2021 年>
1 月 14 日:民事控訴審判決 → 同年 6 月 上告取り下げ
<2022 年>
1 月 26 日:救護義務違反(救護措置、事故報告義務違反)在宅起訴
11月29日 長野地裁が被告に対して懲役6か月の実刑判決を下す
樹生さんが事故時に履いていたスニーカーを手にする善光さんと母の真理さん(筆者撮影)