「まさか再び」義足や下半身まひの元ライダーがバイクに跨り箱根を疾走
世界初の試み、障がい者ライダーのための「箱根ターンパイク貸し切り走行会」
2022.6.22(水)
「22年前、突然の事故で右足を失ったときには、まさかこんな日が来るなんて想像もできませんでした。自分だけじゃありません、脊髄損傷で下半身まひになった友人も一緒に、バイクで箱根を走れるとは……、夢のようです」
感慨深げにそう語るのは、埼玉県の丸野飛路志さん(59)です。
話を聞いて驚きました。下肢などに重い障がいを負った方々が、自身でバイクを操って、9月に一般道をツーリングするというのです。
コースは、神奈川県の観光有料道路「箱根ターンパイク」。なんとこの日は、「小田原料金所~大観山」を貸し切って、障がい者と健常者のライダーが、一緒に往復走行するという計画が進行中なのです。
「青木三兄弟」によって立ち上げられたプロジェクト
この走行会を主催するのは、『一般社団法人SSP(Side Stand Project=サイドスタンドプロジェクト)』(https://ssp.ne.jp/)。2輪の世界グランプリでレーシングライダーとして大活躍した「青木三兄弟」の長男・青木宣篤選手と、三男・治親選手が発起人となって、2019年に立ち上げられた非営利支援団体です。『交通事故等で障がいを負い、バイクを諦めざるを得なかった元ライダーたちに再びバイクに乗ってもらい、バイクを楽しんでもらえるように』と、一度は諦めざるをえなかった彼らの“夢”と“希望”を応援しているのです。
実は、青木三兄弟の次男・拓磨選手は、1998年、GPマシンのテスト中の事故で脊髄を損傷、車いす生活を余儀なくされました。宣篤氏と治親氏は、そんな拓磨氏になんとかもう一度バイクに乗ってもらいたいと考え、「Takuma Ride Again」というプロジェクトをスタートさせます。それが、現在の「サイドスタンドプロジェクト」の取り組みのきっかけとなりました。
1997年、ドイツ・ニュルブルクリンクで開催されたドイツGPに出場したときの青木拓磨選手。写真は大会直前の練習時のもの(写真:ロイター/アフロ)
私は昨年9月、初めてサーキットでの走行会を見学させていただいたのですが、義足の方、脊髄損傷で下半身が麻痺している方、そして全盲の方までもが、スタッフの手厚いサポートと支えを受け、特殊な改造を施したバイクを使って“二輪”での走行にチャレンジする姿には驚かされました。と同時に、走行を終えた参加者たちの心からの笑顔に、大変感銘を受けました。
SSPによる乗車訓練の様子(筆者撮影)
とはいえ、下半身まひや義足の方々が、いったいどうやってバイクにまたがり、ギアチェンジをし、乗りこなすのか……。
この取り組みをまだ見たことのない方は、ぜひ以下の動画をご覧ください。
●『Side Stand Project ~支える勇気・支えられる勇気~』
https://youtu.be/4FrOl7j4m3A
同じ日に、別の場所で事故に遭い、知り合った2人
丸野さんと友人の古谷卓さん(48)は今から22年前、偶然にも同じ日に、別々の場所でツーリング中、事故に遭い、病院で知り合いました。
右足を切断する前の20代の頃、大観山へツーリングに行ったときの思い出の一枚(丸野さん提供)
丸野さんは、センターラインオーバーのトラックに正面から衝突され、右大腿部および右膝開放骨折、右肘開放粉砕骨折、右骨盤骨折、左右肋骨骨折などの重傷を負いました。医師からは「搬送があと5~10分遅れていれば、死亡していただろう」と言われたそうです。加害者は認知症の高齢者でした。
丸野さんはセンターラインをオーバーしてきたトラックに衝突され、右足を失ってしまった(筆者撮影)
下半身まひ状態の青木拓磨選手がバイクでデモ走行する姿に感動
一方の古谷さんは、一般道を直進中、右車線から強引に左折してコンビニに入ろうとしたワンボックスカーにいきなり衝突されました。前方へ飛ばされた古谷さんの身体はガードレールに激突、その直後、自身が乗っていた大型バイクが背中に直撃して脊髄を損傷。下半身まひという障がいを負ったのです。
丸野さん(左)と古谷卓さん。古谷さんは下半身まひの障がいを負っている(筆者撮影)
自分には何の落ち度もない事故で人生を大きく狂わされた二人は、絶望の中、それでも車いすバスケットなどに挑戦しながら互いに励まし合い、付き合いを続けてきました。そんな中、サイドスタンドプロジェクトとの新たな出会いは、バイク好きの彼らをさらに前向きにしていったと言います。
「思い返せば、きっかけは2019年の鈴鹿8耐で、脊髄損傷で下半身まひの青木琢磨さんが自らバイクに乗ってデモ走行している姿をテレビで見たことでした。そのとき、『自分もまたサーキットをバイクで走りたい』と強く思ったんです。
そして、2021年に初めて走行会を見学に行き、『これなら脊髄損傷の人でもバイクに乗れるかも?』と、古谷くんも誘い、一緒にサーキット走行会に参加しました。あのときは本当に感動しましたね。
今回、箱根ターンパーク貸し切り走行会の話を聞いたときは、ビックリしました。青木さんから10年後にはなんとか実現したいと聞いてはいたんですが、それをわすか3年で具体化させるとは、すごいことだと思います」(丸野さん)
2021年9月、SSPの走行会に参加した古谷さんのライディングに拍手を送る丸野さん(筆者撮影)
バイクは障がい者が乗りこなせるように改造
『やるぜ!!箱根ターンパイク2022』とネーミングされた今回の走行会は、有料道路を貸し切りにして一般車両を通行止めにするため、免許を返納した方でもバイクを操ることができます。今回の企画を紹介するサイトには、こう綴られています。
<Side Stand Projectでオートバイに乗っている人は、サーキットが走りたいからでなく、「免許が必要ない」からサーキットで走行しています。本当はご家族、ご友人と公道でオートバイに乗る事が最大の”夢”なのです。今回は、箱根ターンパイクを貸し切る事により免許が不要となります。自身が運転するオートバイを巧みに操り、往復26kmあるワインディングロードを颯爽と駆け抜け、駆け上がる度に変わる風景を楽しみ、振り向けば家族、仲間と一緒に一般道をツーリングする事が人生の中でかけがえのない時間になります。障がい者が一般道で健常者と一緒にツーリング、それは世界で初めての開催です。支える仲間がいれば一緒に成し遂げる事ができ“夢”が叶います。きっとこれからのオートバイの常識、価値観が変わると感じます。>
この活動は、協賛する企業や個人サポーターの支援によって運営されており、丸野さんや古谷さんのように障がいのある「パラモトライダー」の参加費は無料です。今回の企画は、有料道路の貸し切りなどかなりの費用がかかるため、『障がい者の“夢”を一緒に 』というクラウドファンディングで支援を募っていますが、万一、目標金額に満たない場合でも計画は実行されるとのことです。
・クラウドファンディング『障がい者の“夢”を一緒に』
https://camp-fire.jp/projects/586211/
SSPのシンボルマーク(筆者撮影)
下半身がまひしていたらバイクにまたがることはできない、健常者でなければ2輪車を操ることはできない、とあきらめている人は、ぜひ一度、「サイドスタンドプロジェクト」(一般社団法人SSP)のサイトをのぞいてみてください。障がい者用に改造されたバイクで、安全なサポートを受けることができれば、あの頃のようにスロットルを回し、風を切ることができるかもしれません。
本来なら足で行うギアチェンジは、ハンドルにつけられたスイッチを指で操作して行う。緑のボタンはシフトアップ、赤はシフトダウンだ(筆者撮影)
チェンジペダルの改造部分(筆者撮影)
丸野さんは語ります。
「事故に遭ったことはたしかに不幸なことでした。でも、多くの方と出会い、事故に遭ったからこそ分かることがたくさんありました。そして今は、事故に遭う前より1日の大事さを身に染みて感じて生きています。
今回、サイドスタンドプロジェクトによる箱根での走行企画を沢山の方々に知っていただくことで、目標が見つからず迷っている方々に、きっと何かを気づいていただく糸口になると信じています。9月11日は、自分自身も、そして一緒に走る友人も一緒に、止まっていた時計を22年振りに巻き戻してきたいと思います」
SSPのサーキット走行会に参加した古谷さん(左)と丸野さん(筆者撮影)
・「やるぜ!!箱根ターンパイク2022」
実施日/2022年9月11日(日曜日)
開催場所/箱根ターンパイク(小田原料金所~大観山)
問い合わせ先/サイドスタンドプロジェクト|一般社団法人SSP(https://ssp.ne.jp/)