死亡事故、加害者の虚偽供述で歪められた真相追究した遺族の闘い
2022.1.26(水)
死亡事故、加害者の虚偽供述で歪められた真相追究した遺族の闘い
「亡き父は被害者だった」証明されても「すぐ補償」とならぬ現実
1月24日、川崎市宮前区で乗用車が対向車線に飛び出し、自転車に乗っていた3歳の男の子ら3人が死傷するという痛ましい事故が発生しました。
乗用車を運転していた女性(50)は、「車内に乗せていたペットのインコに気を取られていた」と供述しているそうです。
真実についてはさらに捜査が進まなければわかりませんが、前を見て運転していれば起こりえない事故です。
時速40キロの場合、1秒目をそらしただけで、車は11.11メートル進みます。「ながら運転」がいかに危険であるかを痛感します。
一瞬で起こる交通事故は、被害者と家族の人生を大きく狂わせ、その悲しみは時間が経っても癒えることはありません。ニュースで事故の第一報が報じられてから、遺族はその後、どのような苦しみの中に身を置いているのか・・・。
今回は、発生から3年目を迎えた、ある死亡事故のその後についてご紹介したいと思います。
「被害者」なのに「加害者」として扱われた亡き父の無念
2019年1月22日、静岡県三島市の交差点で、乗用車と原付スクーターが衝突し、スクーターの男性が死亡する事故が発生しました。
この事故について、私が初めて書いた記事は以下でした。
「事故死した父の走行ルートが違う! 誤った捜査と報道を覆した家族の執念」(柳原三佳 Yahoo!ニュース個人 2019.6.3)
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20190603-00128353
事故現場となった三島市の交差点(遺族提供)
実は、本件発生直後は、亡くなった被害者の走行ルートも、信号の色も、すべて警察の捜査結果と事実と異なっていました。つまり、生きている「加害者」の供述だけが独り歩きしてしまったのです。
もし、遺族が行動を起こさなければ、まさに「死人に口なし」のまま、被害者の一方的な過失による事故と判断されて終わっていたでしょう。
この事故で父親の仲澤勝美さん(当時50)を失った長女の杏梨さん(29)は、ショックのあまり動けなくなった母親の代わりに、家族の中心となって真実究明のため、弟や妹と共に懸命に行動を起こしました。
父・仲澤勝美さんが亡くなった事故の真相究明に奔走した長女・杏梨さん(筆者撮影)
以下は、この3年を振り返って、彼女から寄せられたメッセージです。
3回目の父の命日を迎えて思うこと
『父が突然の交通事故で他界してから、3年になりました。
1月22日、事故の起きた時刻である18時13分に合わせて、家族、親戚で事故現場へ行ってきました。静岡県警本部の方も来てくださっていました。
この3年間、何度も、何度も、「時計の針を戻すことが出来たら」と思いました。あの交差点を通るのが、1分、いや、数秒違っていれば・・・、今も父は生きていたかもしれないのです。
事故は一瞬でも、亡くなった人は戻って来ません。そして、怒りと悲しみの感情は一生消えることはありません。
だからこそ、この事故の本当の原因は何だったのか? このような事故が起きないためにはどうしたらよいかを常に考え、行動に移してきたように思います。
事故の目撃者に情報提供を訴えるチラシ。右の余白には遺族のメッセージが書かれている(遺族提供)
事故後の二次被害、三次被害に苦しめられて
私たちは、愛する家族を突然亡くすという苦しみだけではなく、その後の深刻な二次被害、三次被害を経験しました。おそらく、私たちと同じ思いをされた被害者遺族は大勢おられることでしょう。
加害者による事実と異なる供述、それをもとにした事実と異なる初動の捜査や報道、そして保険会社の対応、ネット上でのいわれのない中傷は、本当に辛かったです。
それでも、目撃情報集め、署名活動など、行動を続けることができたのは、父の名誉のため、家族のためもありますが、協力してくださった方々、同じ思いをされた交通事故遺族の方々、そして、この事故を報じてくださった報道各社、今も見守ってくださる皆さまのお陰だと感謝しています。
とても勇気づけられ、心の支えとなりました。
父の側の信号が青で、父は被害者であることが明らかになっても、起訴までに1年以上かかり、なかなか刑事裁判が始まらず苦しみました。
また、加害者の赤信号無視によるこの事故が、単なる過失運転致死罪としか扱われなかったこと、そして、懲役3年執行猶予5年という判決になったことは、今も納得がいかないし、無念でなりません。でも、父の名誉は守ることができたと思っています。
遺族は加害者に実刑の厳罰を求め、市民に署名協力を訴えた。だが刑事裁判では昨年3月、執行猶予付きの有罪判決が確定した(遺族提供)
警察の初動捜査に思うこと
被害者が死亡するような重大事故が起きたとき、警察には速やかにスマホを押収して欲しいと思います。父の事故のときはそれがなされていませんでしたので、なぜ信号を見落としたのかは、今もわからないままです。
その他にも、ドライブレコーダーの重要性や、カーナビの解析で事故の真実が分かるかもしれないということはもっと広く知られた方が良いと思っています。
〈編集部註:参照記事 「加害者の嘘を暴いた『カーナビ』に残った走行データ」(柳原三佳 JBpress 2021.1.21)〉
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/63755
父の裁判の後、静岡県警は「ながらスマホ」が刑罰に大きく関わることを指導したり、事故現場の診断をしたりして、出来る限りの再発防止対策をしてくださいました。その後、あの交差点では事故が起きていないと聞いて嬉しく思っています。
今後、国民が「警察は信頼できる!」と思えるような、公平で慎重な捜査をしていただきたいです。
事故から3年で自賠責がようやく
事故後、大黒柱だった父の収入がなくなり、私たちはたちまち困窮してしまいました。事故から3年たちましたが、損害賠償に関してはほとんど手付かずで、最近になってようやく自賠責保険が支払われたという状況です。
事故直後、加害者側が加入していたJA共済(*自動車保険)からは、『車が直進している時に仲澤様が対向車線を右折してきて衝突したのですから、仮渡金などの対応は不可能です』と言われて、一切対応してもらえませんでした。
保険の担当者も、当初は私たち遺族の疑問に耳も貸さず、加害者の言い分をうのみにして、父が右折をしたと一方的に決め付けていたのです。
母は将来を悲観して、死にたいと泣いていました。
ところが、いざ父に過失がなかった可能性が大になると、今度は、「刑事裁判の結果をみないと判断できません」と言われ、つい最近まで手続きは止まったままだったのです。本当に理不尽だと思います。
加害者の虚偽供述と誤捜査によって自賠責保険すら支払われず、こうした苦境に立たされる遺族もいるということをぜひ知っていただきたいと思います。民事裁判はこれから提訴する予定です。
交通事故遺族の現実
父が息を引き取った直後、私たちは病院で警察から、事故の過失は父の方にあると告げられ、大きな衝撃を受けました。
母は、父が突然亡くなったショックに加え、病院で警察官に言われたその言葉が受け入れられず、精神的なダメージを受け、精神科に通院しなければならないほど追い詰められました。事故現場へ足を向けることはもちろん、働くことさえできなくなってしまったのです。
また、事故当時小学生だった末の妹にとっても、大好きだった父を失ったショックはあまりにも大きく、この思いがいつまで影響するのか、その気持ちは計り知れません。
大切な家族を失うということが、いかに遺族に精神的な苦しみを与えるかを知っていただきたいです。
在りし日の仲澤勝美さんと家族(遺族提供)
故・仲澤勝美さんの4人の子どもたち。裁判所前で(筆者撮影)
なにをしても、どこまでいっても、父が戻ってくるわけではありませんが、これから始まる民事裁判の中で、本当の事故の原因を追究し、さらに交通安全のための活動に取り組んで、父の教えの通り「人の役に立てる人間」になりたいと思っています』
27日夜、仲澤事件が再現VTRで放映
加害者の自己防衛的な嘘と、「死人に口なし」の捜査によって、本来は被害者なのに、被害者と認められず、大変な苦しみを強いられている人たちがいます。
仲澤さんの場合は、幸運にも事故現場が自宅の近くであったこと、そして、事故の発生が毎日の通勤ルートの途中であったことから、遺族がすぐに疑問を抱き、行動を起こすことができました。
しかし、現実には、一度かたちづくられた事故状況を覆すことは至難の業で、泣き寝入りしている当事者が、相当数存在していると思われます。
1月27日(20~21時)に放映予定の『奇跡体験!アンビリバボー』(フジテレビ)では、仲澤さんの事件が、『突然奪われた平穏な日常・・・真実を求めた家族の闘い』というタイトルで1時間にわたって取り上げられる予定です。
真実究明に向けて行動を起こしたご家族へのインタビューと再現VTRを交えて構成されているそうです。交通事故の過酷な現実とあきらめないことの大切さを、ぜひ多くの方に知っていただければと思います。
(参照)奇跡体験!アンビリバボー(https://www.fujitv.co.jp/unb/index.html)
(*編集部より)掲載当初、「損害賠償に関してはまったく手付かずの状態で、自賠責保険すらおりていない」という趣旨の記述がありましたが、その後、自賠責については最近になり支払われたということでしたので、該当箇所を修正いたしました。またそれに合わせて、サブタイトルの表現も一部修正いたしました。(2022年1月26日10:26)