過失のトラック事故で「禁錮110年」あまりの量刑に全米が同情
日本は死亡事故起こしても10年超の懲役はまれ、この差はどこに
2021.12.28(火)
12月23日、こんなニュースが報じられた。
<ブレーキ利かず4人死なせた運転手に禁錮110年、減刑求める署名450万筆 米>(AFP)
https://www.afpbb.com/articles/-/3382253
『交通事故で、禁錮110年・・・』
見出しを見たとき、思わず「何のこと?」と目を疑った。
記事によれば、アメリカのコロラド州で起こった交通事故で、実際に禁錮110年という判決が下され、あまりの刑の重さに、減刑を求める大規模な署名運動が起こっているという。それだけではない、『トラック運転手の中には、この問題が解決されない限り、コロラド州での仕事を拒否するとソーシャルメディアに投稿する人もいる』というのだ。
コロラドのケースに比べれば嘘みたいに軽い日本の交通事故加害者の量刑
筆者は日本国内で起こった交通事故を数多く取材しているのだが、この現象は、日本とは「真逆」だ。
たとえば、12月21日に大津地裁で下された刑事裁判(危険運転致死罪)の判決は、懲役4年だった。
この被告は、飲酒運転でセンターラインをオーバーして逆走し、対向車に衝突して9歳の男の子を死亡させている(以下の記事参照)。
<5月4日で終わってしまった日記 飲酒事故で愛息奪われた両親が法廷で訴えたこと>(柳原三佳: Yahoo!ニュース 個人)
https://news.yahoo.co.jp/byline/yanagiharamika/20211216-00272778
検察の求刑は6年だったが、なぜか判決では2年減刑されている。
「飲酒運転は故意犯。その結果、死亡事故が起こっているのに、なぜこんなに刑が軽いのか・・・」
判決結果に対しては、多くの疑問の声や批判が寄せられている。
もちろん、国が違えば法律も違う。しかし、「交通事故」という事象において、ここまで差があるというのは驚きだ。
コロラド州の交通事故では、なぜ「禁錮110年」などというとてつもない判決が下されるのか? その根拠や刑の内訳についてはどうなっているのか?
そこで、かつてアメリカで大型トレーラーを運転し、大陸横断の仕事をしていたという、元プロドライバーのJun Jim Tsuzuki氏(63歳)に、この事故と裁判の内容について解説していただいた。
被害者の数で掛け算して決められる量刑
――まず、この事故はどのようなものだったのですか?
Jun Jim Tsuzuki氏(以下、Tsuzuki) 2019年4月、キューバ移民の運転手、ロヘル・アギュレラ・メデロス被告(当時24)は、木材を積載した大型トレーラーでコロラド州の高速70号線(下り勾配)を走行していました。その途中、ブレーキから煙が出て、制動が充分に効かなくなったのですが、下り坂用の非常停止帯があったにもかかわらず、そこに飛び込むことなく走り続け、速度が時速100マイル(160キロ)まで加速。そのまま出口を5つ通過し、走行し続けました。
ところが、運の悪いことに、30分ほど前に10キロほど前方でスクールバスの事故があり、高速道路は全車線渋滞していました。アギュレラ被告はとっさに回避措置をとったのですが、渋滞最後尾の3台の大型トレーラーと12台の車両に追突。さらに不幸なことに、追突された車両から漏れ出したガソリンによって爆発が発生し、結果的に28台が絡む多重玉突き事故となり、4人が死亡、負傷者が多数出たのです。
事故を起こし、裁判で「禁錮110年」の判決が下されたロヘル・アギュレラ・メデロス被告(提供:Lakewood Police Department/ロイター/アフロ)
――ブレーキが故障していたのですか。
Tsuzuki トラックは全焼したので、ブレーキ等に欠陥や整備不良があったのかは調査できていません。ただ、長距離トラックドライバーなら、下り坂でのブレーキ故障は1度や2度は経験していると思います。ちなみに、彼がとっさに非常停止帯を使わなかった理由も理解できます。参考までに、『トラック非常停止帯(Runnaway ramp)』というのがどんなものか、映像を見て下さい。(参考:https://www.youtube.com/watch?v=IibhwiUoRtA)
この映像では、直前にブレーキから煙を出していたトラックが非常停止帯を使って停止していますが、ここは、走り幅跳びで着地する砂場のような場所で、一度トラックが入ってしまうと自力では出られません。車を出すために30万~50万円ほどの費用(レッカー代と整備代)がかかってしまい、荷物の運搬も遅延する、だから、ドライバーはなるべく使わないようにしているのが実情なんです。
――結果は重大ですが悪質性はなく、なんだか気の毒な事故ですね。このような事故態様で、なぜ禁錮110年という判決が出たのですか?
Tsuzuki 彼に下された判決は、合計27つの罪状(死者4人+負傷者23人)でした。まず、死亡者が4人なので、それぞれへの「交通殺人」とみなされ、4人分の罪、つまり4倍の罪状になっています。さらに、「一級傷害罪」が6人分、「一級傷害未遂罪」が10人分、「危険運転致傷罪」が2人分、「危険運転罪」が1人分、さらに、不注意による死亡事故が4人分(前出の殺人と重複)という感じで、刑がどんどん加算されていきます。注目すべきは、交通事故でありながら、『交通』や『運転』といった文字のない通常の「殺人罪」や「傷害罪」が適用されている点ですね。おそらく、「緊急退避所を活用しなかった」ことが大きく問われたのでしょう。
裁判で泣いて被害者に謝罪した被告
――被告自身は、裁判でどのように主張していたのですか?
Tsuzuki アギュレラ氏本人は、裁判で「神は、彼ら(被害者)ではなく、この私の命を奪って欲しかった・・・」と泣いていました(以下の動画に刑事裁判での被告の姿あり)。
私の印象では真面目そうな青年で、事故直前に最善の努力をしたのではないかということは推測できます。経験不足による不幸な事故という感じがしますね。ちなみに、弁護人は「禁錮20年が相当」と、減刑を要求しています。酒酔いやスマホ、薬物などの故意犯ではないですからね。
――日本の交通事故裁判とは量刑が全く違いますね。
Tsuzuki 2012年に関越道で起こった長距離バスの事故では、明らかに運転手の過失で乗客7名が死亡し39名が重軽傷を負いましたが、懲役9年6カ月でした。15名が死亡した2016年の軽井沢のスキーバス転落事故は、被疑者死亡で不起訴ですけれど、もし生きていたとしても10年を超える判決は出なかったでしょうね。
加害者のために430万人分の嘆願書
――記事の中で判事は、「コロラド州法で定められた量刑の下限だと説明している」とありましたが、110年で下限とはどういうことでしょうか?
Tsuzuki それについてはまだ僕の中でも不明瞭なのですが、法廷の映像を見る限り、裁判官は、「もし私に自由裁量があったとすれば・・・(数秒沈黙)違う判決になっていたでしょう」と発言しています。そして、起訴した検察官ですら、裁判官に「本事件は例外として判決の見直し軽減をすべきだ」と要求しています。いずれにせよ、110年は単なる刑の加算にすぎず、本来なら、意図的か過失か、容易に回避出来たか否か、出来る限りの回避努力をしたかどうか、といった事実を加味することも必要ではないかと思われます。
――日本ではコロラド州と対照的で、飲酒や薬物、ながらスマホやあおり運転、信号無視や異常な速度超過など、故意による危険運転で重大事故を起こしても刑は軽く、被害者や遺族が納得できないと訴えるケースが少なくありません。国によってこれほど差があることに驚きました。
Tsuzuki 本件では、判決からわずか9日で、430万人分もの嘆願書が集まっているそうです。このうねりは実に大きなもので、まさに今、全米の、主に個人や中小企業のトラックドライバー達が、「コロラド・ボイコット(コロラド発着便は輸送しない)」を宣言しています。
――今後、法改正につながるかもしれませんね。注目したいと思います。ありがとうございました。