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「障害者差別許さない」女児死亡事故裁判 聴覚障害の弁護士が、手話で意見陳述

あまりに非道、「逸失利益は聞こえる人の40%」の被告側主張

2021/6/9(水)

亡くなった安優香さん。事故当日もこのお気に入りの赤いコートを身に着けていた(井出さん提供)

亡くなった安優香さん。事故当日もこのお気に入りの赤いコートを身に着けていた(井出さん提供)

 2019年、大阪で小学5年生の女児が歩道に乗り上げたホイールローダーにひかれて死亡するという痛ましい交通事故が起こりました。

 発生から3年、この事故の民事裁判をめぐって今、大きな議論が巻き起こり、全国的な署名活動が展開されています。

被告側の理不尽な主張に、公正な判決を求める署名が続々と

 長女の安優香さん(当時11)を亡くした父親の井出努さん(48)は語ります。

「被告側は、娘が聴覚障害者だったことを理由に、逸失利益(生涯の収入見込み額)を、聞こえる女性労働者の40%まで減額すべきだと主張してきました。『聴覚障害者には、9歳の壁、9歳の峠、という問題があり、聴覚障害児童の高校卒業時点での思考力や言語力・学力は、小学校中学年の水準に留まる』というのがその理由です」

 被告側の主張の問題を重く見た「公益社団法人・大阪聴力障害者協会」は、5月27日、『大阪府立生野聴覚支援学校生徒事故の公正な判決を求める要請署名運動』を急遽開始し、わずか数日で当初の目標だった1万人を大幅に上回る署名が集まっています。

<大阪府立生野聴覚支援学校生徒事故の公正な判決を求める要請署名運動へのご協力のお願い | 公益社団法人 大阪聴力障害者協会 (daicyokyo.jp)>

「大変多くの方にご支援いただき、大変感謝しています。こうした差別的な主張は、障害を持つ全ての人に対する侮辱です。私の娘だけではなく、障害者の将来を否定することにつながり、絶対に許すことはできません。引き続き声を上げていきたいと思います」(井出さん)

安優香さんが使っていた補聴器。事故で血に染まっていたが、綺麗に洗い今は父の努さんが毎日胸ポケットに入れているという

安優香さんが使っていた補聴器。事故で血に染まっていたが、綺麗に洗い今は父の努さんが毎日胸ポケットに入れているという

加害者は持病の「てんかん」を隠していた

 事故は、2018年2月1日、安優香さんが通っていた大阪府立生野聴覚支援学校の前で発生しました。

 安優香さんは下校途中、同校の先生や友達と一緒に横断歩道の前で信号待ちをしていたところ、突然暴走してきたホイールローダーに至近距離から突っ込まれたのです。この事故で安優香さんは死亡、一緒にいた児童2人と教員2人も重傷を負いました。まさに、歩行者には避けようのない、一方的な被害事故でした。

事故当日の現場検証の様子を伝える産経新聞の報道(2018年2月2日付。井出さん提供)

事故当日の現場検証の様子を伝える産経新聞の報道(2018年2月2日付。井出さん提供)

 工事現場でホイールローダーを運転していた加害者の男(当時36)は、「難治てんかん」という脳の病気を持っていました。意識を失うような発作が起こる危険があったため、主治医からは車を運転しないよう注意されていたそうです。にもかかわらず、虚偽の申請をして免許証を取得。あろうことか、仕事で重機の運転を続けていたのです。

 努さんは語ります

「実は、加害者は今回の事件の前にも、数件におよぶ当て逃げや人身事故を起こしていました。それなのに、自らの持病と向き合わず重機を運転し続け、その結果、ただ信号待ちをしていただけの娘の命を奪ったのです」

 飲酒運転と同じく、てんかんを隠して運転する行為は極めて悪質とみなされます。「危険運転致死傷罪」で起訴された加害者に下された判決は、懲役7年の実刑でした(2019年3月)。

 大阪地裁の裁判官は、『本件事故時はてんかん発作で意識を喪失していた』と認定し、『てんかんの危険性を軽視していたと言わざるを得ず、厳しい非難に値する』判決文にそう明記しました。加害者は現在、刑務所に収監されています。

 それにしても、かつてこの加害者が事故を起こしたとき、持病の有無などについてもっとしっかり調べられていれば、今回の大事故を食い止められたのではないか・・・、そう思うと、残念でなりません。

被害者の母が法廷で語った、亡き娘と歩んだ11年間

 5月26日、大阪地裁で開かれた第7回目の民亊裁判では、まず、母親の井出さつ美さん(50)が、意見陳述を行いました。

 0歳の時から早期教育の教室に通い、親子で懸命に頑張ってきたこと、将来の可能性が開かれるようにと、あえて自宅から遠い生野聴覚支援学校を選んだこと・・・。

 安優香さんと歩んだ11年間を振り返りながら、さつ美さんは最後にこう訴えました。

「私は、11年間の娘の真剣な取り組みと、私たち夫婦の愛情が否定されたと思い、悔しくてたまりません。娘は努力家でした。事故がなければ、立派な社会人になっていたに違いありません。どうか、娘の人生を、聴覚障害者だからという理由で、勝手に決めつけないでください。裁判所におかれましては、娘には様々な可能性があったことを、どうかご理解ください」

お母さんと勉強する3歳の安優香さん(井出さん提供)

お母さんと勉強する3歳の安優香さん(井出さん提供)

 また、この日は井出さんの裁判を支援する30名を超える原告弁護団の中から、聴覚障害のある2名の弁護士が手話などを使い、自身の体験も踏まえながらそれぞれに意見陳述を行いました。

 父親の努さん(48)は振り返ります。

「裁判では、聴覚障害のある弁護士さんたちがはっきりとこう言ってくださいました。まだ11歳だった安優香には、将来、なりたい職業を何でも選び、目指すことのできる未来があった。そして、被告らの主張は偏見に基づくものとしか考えられず、容認できるものではない、と・・・。何より、私が驚いたのは、聴覚障害があっても、手話通訳のほか、新しい機器やアプリ等を使い、法廷で弁護士として問題なくコミュニケーションをとっておられたことです。その姿を拝見したとき、時代は確実に変わってきているのだということを痛感しました」

最後の誕生日(11歳)にお父さんと(井出さん提供)

最後の誕生日(11歳)にお父さんと(井出さん提供)

被告側の任意保険会社はどう考えるのか

 民事裁判での「被告」は、あくまでも加害者と加害者を雇用していた会社の代表です。しかし、交通事故裁判の場合、現実には、加害者側が加入している任意保険会社の考え方が前面に出てきます。つまり、井出さんが闘っているのは、事実上、保険会社であると言っても過言ではありません。

 被告側の任意保険会社は三井住友海上とのことなので、筆者は「障害者における逸失利益の減額」の主張について、同社が一般論としてどのように考えているのか質問してみましたが、三井住友海上(広報部)の回答は以下の通りでした。

「お客さま(被告)にかかわる個別のご契約につきましては、守秘義務がございますので、回答は差し控えさせていただきます。係争事案は、個別の事情に応じて法廷でご判断されるものでございますので、法廷を尊重する立場から、一般論の回答を差し控えさせていただきます」

 聴力や視覚を失っていても、社会に出て専門職に就き、活躍している人は無数に存在します。第7回の法廷では、まさにそのことが、弁護士となった当事者の陳述で裏付けられました。

 署名の注意点については、支援者の方が手話動画(字幕付き)を作成されていますので、ぜひ参考にしてください。

【署名の注意点と書名の目的】
https://www.instagram.com/tv/CPqOGamjiNx/
http://daicyokyo.jp/info/ikuno.html

 署名活動は6月30日まで続けられ、集まったものは大阪地裁に提出される予定です。

 安優香さんの無限の可能性を一方的な事故で奪っておきながら、果たして逸失利益60%カットという主張がまかり通るのか・・・。

 今後の裁判の行方に注目したいと思います。