危険運転の被害で女子大生が全身麻痺に 再生医療に希望を託す両親の苦悩【親なき後を生きる】
2021/3/8(月)
『一昨年10月、交通事故で四肢麻痺となった20歳の長女の父です。柳原さんの記事「車に衝突され、意識不明の息子 9年半介護続ける両親の割り切れぬ思い【親なき後を生きる】」を読みました。うちも、この記事の被害者・坂本さんのケースと同じです。無謀な運転で娘の人生に取り返しのつかない損害を与えたにもかかわらず、加害者の対応は極めて不誠実で、事故から1年半たとうとする今も、本人に謝罪すらないままです』
名古屋市在住の石田隆さん(52・仮名)からそんな切実なメッセージが寄せられたのは、2月上旬のことでした。
メールには、交通事故被害者の父としての悔しい思いをしたためた陳述書の他、複数の動画も添付されていました。
事故発生から約8か月間の入院を経て、現在は自宅で両親とヘルパーの介護を受けている陽子さん。頚髄を損傷し全身の運動能力を失っているため、特殊なロボットを使って、毎日、苦しいトレーニングとリハビリ治療を積み重ねているといいます。
上の動画は、つくば市に本社がある CyberDyne(サイバーダイン)社が開発したHAL(ハル)というロボットを使っての下肢の訓練の模様で、陽子さんは同社が運営するロボケアセンターに週3回ほど出向き、専門のトレーナーのサポートを受けています。
父親の石田さんは語ります。
「このロボットには生体電位を取得するための電極があり、娘の背筋や腹筋部分に貼り付けてあります。その制御装置が身体を前後に駆動させるのです」
下肢の他、腰や関節用のロボットを使ったリハビリ(下の動画参照)も、週に4~5回、それぞれ2時間ずつ600回ほど行っています。
「健常では考えられませんが、体幹の筋肉が動かないとバランスを崩して、そのままベッドから転倒することがあります。そのため、このリハビリにはロボットが読み込んでいる電位を確認するトレーナーの他、万一のとき、彼女を支える有資格者が常に複数名必要なのです。事故時に受けた神経の損傷と打撲の影響なのか、今も左足の踵(かかと)を触ると激痛が走り、靴が履けません。かといって、身体を動かさないと筋肉や神経が縮退し、最終的には壊死する部分が出てきてしまうので、家族、療法士、職業介護人、それぞれが苦慮しながら、さまざまな訓練をしています」
■突然の事故で頚髄損傷。四肢麻痺で全介助が必要に
事故は、2019年10月10日、22時半頃、広島県東広島市高屋町稲木の路上で発生しました。
第一報を受けたときのことを、父親の石田さんはこう振り返ります。
「その日、私は名古屋におり、ちょうど仕事を終えて自宅に戻ったころでした。そこに東広島の救急隊員から電話があり、意識のない女性の身元を事故車両の同乗者から聞いたので連絡をしたというのです」
なにが起こったのかわかりませんでしたが、間もなく、陽子さん(当時19)が交通事故に遭い、意識不明でICUに緊急入院していることだけはわかりました。
「医師からは第5頸椎の圧迫骨折によって生命に危険があるため、頸椎の圧力除去を目的とした緊急手術の必要性を考えていると言われました。新幹線の最終はすでに終わっていましたので、取り急ぎ手術に承諾したのです」
翌朝、名古屋から広島の病院へ駆け付けると、陽子さんは呼吸装置を装着され、手術のタイミングを待つためにICUで生死をさまよっていました。
祈るような気持ちで回復を願っていた石田さん夫妻でしたが、現実はあまりに辛いものでした。
「医師からは、命を取り留めたとしても、頚髄損傷による四肢麻痺など重度の後遺障害が残り、日常生活において全介助が必要になる、そう宣告されたのです。私たちは、その信じられない言葉の意味を確認するよりも、生きていてくれれば何とかなる、今はなんとか命だけは落とさないよう頑張ってほしい……と、ただそれだけを願いました」
大学に入学したばかり、まさにこれから人生を拓いていこうとする、そんな矢先に起こった悔しい出来事でした。
父親の仕事の都合で、子ども時代はアメリカで過ごした陽子さん。現地では剣道場に通う活発な少女だった(石田さん提供)
■一般道で時速150キロの暴走運転をした加害者
それは、極めて無謀な運転の末に起こった、わずか1分間ほどの出来事でした。
この日、陽子さんは大学の友人と3人で、夕食の材料をすぐ近くのスーパーへ買いに行くため、男子学生のA(当時19歳)が入手したばかりの車に乗りました。友人のBさん(当時20)は助手席に、陽子さんは後部座席の左側に着座しました。
ハンドルを握ったAは、一般道に出るまでの狭い道を時速80Km以上のスピードで走行したため、陽子さんは危険を感じました。しかし、Aは一般道に出てからも、カーブが連続する道路を時速100Km程度の猛スピードで走行したのです。
助手席からメーターを見て危険を感じたBさんは「スピードを落とせ、危ない!」とAに注意をし、陽子さんも恐怖を感じて思わず悲鳴を上げていました。にもかかわらず、Aはさらに速度を上げながら運転を続けました。
速度メーターはさらに上がり、時速150Kmを示したあたりで、車は突然、制御不能になり右側にスリップ。左側の縁石に激突したかと思うと、今度はスピンと横転を繰り返し、反対車線へ飛び出した末、ルーフを下にして転覆した状態で停止したのです。
その衝撃で陽子さんは車外に放出され、道路脇の田畑に叩きつけられました。
3人が車に乗り込んでから、わずか1キロの地点で起こった惨事でした。
この事故で陽子さんは第5頸椎の圧迫骨折を負い、四肢麻痺に。Bさんは頚椎の剥離骨折と診断され、手首にガラス片が入っているため、今も日常生活に支障をきたしているとのことです。
Aはほぼ無傷でした。
「あの日以来、私たち家族の日常は一変し、元通りの生活に戻る見通しはまったく立っていません。将来、どう展望していいのかさえ考えることができず、まったく余裕がない状態です。それでも、毎日の生活は継続しなければならないのです」(石田さん)
事故直後の事故車の写真を見る陽子さん。加害者が運転する車は時速150キロを超すスピードで制御不能に陥り、衝突の末、転覆した状態で停止した(石田さん提供)
■謝罪もしない加害者と「先進医療」認めぬ保険会社への憤り
陽子さんは20歳になったばかりです。将来、杖を使ってでも自分の足で立てると信じ、痛み止めを服用しながら、忍耐強く治療とリハビリを続けています。
石田さん夫妻も再生医療への可能性を模索しながら、できる限り彼女のモチベーションを下げないよう寄り添っているといいます。
そんな中、石田さんを苦しめているのは、陽子さんに施している再生治療やロボット治療が日本の保険制度ではまだ認められておらず、高額の費用がかかること、そして、その費用の支払いを、現状では保険会社が認めていないことだといいます。
石田さんは日本の現状について訴えます。
「保険会社は何かと支払いを拒否してきます。そのやりとりは、まるで賠償金を払わないのをその仕事としているかのようです。しかし、この間にも時間はどんどん経過し、長女の体は退化して動かなくなり、再生医療による改善の度合いも下がってしまうのです。たしかにロボット治療における効果の仮説の実証には、多大な実験と治験、データ収集など時間がかかりますが、すでにEUやドイツなどでは、HALは保険適用されていますし、タイやインドネシアでは医療機器認証も取得され、国立機関でHALを採用したリハビリを行っているのです」(石田さん)
実は、事故直後、Aと彼の両親は、1枚の誓約書に署名したといいます。そこには、「責任を持って、介護や治療に当たる」「その費用を用意して保険会社と交渉する」といった石田さんとの約束が記されています。
ところが、現時点ではそれらがなにひとつ守られていないのだと、石田さんは言います。
「加害者側は後になって『到底無理な要求』などと言い始め、結果的に介護は我々家族と親身なチームで1年以上行っています。加害者側の保険からは、再生医療等にかかった多額な費用の支払いがなされないため、私たち被害者が自宅など資産の売却をしなければならない状況に追い込まれています。いったい、何のための『無制限保険』なのでしょうか。とにかく被害者に適切な治療を受けさせてほしいと願うばかりです」
四肢麻痺の重度障害を負った陽子さんは、リハビリを続けながらリモートで大学の授業を受講しているという(石田さん提供)
■間もなく始まる、加害者の「危険運転致傷」裁判
事故から1年5カ月が過ぎ、20歳になった陽子さんは今、大学2年生です。新型コロナウイルスの影響もあり、大学の授業はオンラインで受けていますが、いずれは通学が必要となるため、休学や退学になることもあるのではと、不安な思いで過ごしています。
「娘には今も強い勉学の意思があります。米国で育っており、中学生のときに英語検定1級を取得、英語圏の大学への留学と博士号の取得とEU圏でのものづくりと機械工学の研究員になるために努力していました。加害者や保険会社は、事故によって被害者の将来の進路が閉ざされてしまうことのないよう、救済しなければならないはずです」(石田さん)
一方、事故後も通常通り大学に通っていた加害者のAは、事故から1年を経て、ようやく家庭裁判所に送致。しかし、極めて危険な運転行為だったと判断されたため、検察に送り返され(逆送)、罪名を「危険運転致傷罪」に切り替えたうえで、成人と同じ刑事裁判にかけられることになりました。
「警察によれば、Aにはまだ行政処分が下されていないため、今も運転免許を所持しているそうです。ここにも大きな制度の欠陥があると言わざるを得ませんが、法の限界とか、加害者にも人権があるとか、そういう議論ではなく、私は被害者の親として、あくまでも『人としてどう償うのか』ということを問うていきたいと思います。加害者は自分の過失はすぐに忘れるでしょう、しかし、被害者とその家族は一生その傷を背負い、事故のことを忘れることはないのです……」
危険運転致傷罪で起訴されたAの刑事裁判(第1回公判)は、3月12日、広島地方裁判所第304号法廷にて、13時30分より開かれます。
果たしてAは「危険運転」を認めるのか、また、法廷ではどのような反省の弁を述べるのか……。
注目したいと思います。
激しく損傷した事故車。陽子さんはこの車の後部座席で、もう一人の友人は助手席で重傷を負った。加害者は免許取り立ての19歳。祖母に買ってもらったというこの車は納車されたばかりだった(被害者提供)