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改造車の脱落タイヤ直撃で愛娘は今も意識不明、判決待つ父親の苦悩「加害者は無保険、口先では賠償すると言うが…」

2025.4.18(金)

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改造車の脱落タイヤ直撃で愛娘は今も意識不明、判決待つ父親の苦悩「加害者は無保険、口先では賠償すると言うが

 2023年11月、札幌市西区で不正改造車が試運転中にタイヤを脱落させ、ガードレールのついた歩道を父親らと歩いていた幼い女児を直撃する事故が発生した。頚髄損傷等の重傷を負った被害女児(当時4)は、事故から1年半たった現在も意識不明のまま入院中だ。刑事裁判の判決は4月24日に下される予定だが、本件事故車は任意保険未加入で、加害者には賠償能力がないという深刻な現実も立ちはだかっている。女児の父親が、被害者と家族の過酷な状況と加害者への怒りを、ノンフィクション作家の柳原三佳氏に語った。

不正改造、整備不良が取り返しのつかない惨事を

 1年半前、札幌市で起こったこの事故の第一報を目にしたときの衝撃を、今もはっきりと記憶しています。(以下は1年後の報道)

(外部リンク)STVニュース北海道の報道(2024年10月23日放送)

 前方から突然襲い掛かってきたタイヤに衝突され、4歳の女の子が意識不明の重体に……。私はニュースで映し出された事故車の外観に違和感を覚え、事故当日、以下のオーサーコメントを書いていました。

〈歩道を歩いていた被害者にとってみれば、まさに不可抗力の、大変痛ましい事故です。ニュース映像でタイヤが外れた部分を見ると、ボルトは折れていないようなので、直接的な原因はホイールナットの緩みによるものでしょう。(中略)また、映像を見て気になったのは、ワイドタイヤが装着され、それに伴ってオーバーフェンダーが取り付けられていることです。これにより車体全幅は軽自動車の上限を超える可能性があります。しかし、ナンバーは黄色(軽自動車)です……〉

事故現場状況図(イメージ)(共同通信社)

事故現場状況図(イメージ)(共同通信社)

 その後の調べで、この車は不正改造車だったこと、また、左の前輪が脱輪したのはホイールナットの緩みが原因であることも明らかになっています。

 法を守り、整備をきちんと行っていれば、このような事故は起こりえません、それだけに、大人の身勝手による無責任な趣味によって、ひとりの女の子の未来が奪われたことに強い憤りを覚えました。

2人の加害者、ともに任意保険に未加入

 本件事故には2人の加害者がいます。

 1人は、不正と知りながら自車の改造を繰り返していた所有者の田中正満被告(51)。もう1人は、田中被告から頼まれて改造作業をおこない、試運転中に本件事故を起こした若本豊嗣被告(51)です。

 2人は「自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)」および「道路運送車両法違反(不正改造)」の容疑で逮捕されましたが、所有者のほうは「自動車運転処罰法違反」が不起訴となり、「道路運送車両法違反」、つまり、不正改造の罪だけで、罰金20万円を求刑されています。

 しかし、女児の父親は、所有者も運転者と同様、より量刑の重い「自動車運転処罰法違反(過失運転致傷)」の罪で起訴されるべきだと強く訴え、判決と同日の4月24日、検察審査会に同罪の適用を求めて申し立てを行う予定だといいます。

 一方、本件には民事的にも極めて深刻な問題があります。実は、所有者である田中被告は事故を起こした車に任意保険をかけていませんでした。さらに、運転していた若本被告も任意保険未加入でした。

 そのため、重度の後遺障害を負った被害女児には自賠責保険しか支払われず、この先の治療と介護にかかる莫大な費用がどうなるのか、父親は将来への不安に押しつぶされそうになりながら、苦悶しているのです。

 以下は、判決目前に筆者のもとに届いた、父親の怒りと切実な訴えです。

<被害女児の父親からのメッセージ>

 あの日私は、いつも通り保育園へお迎えに向かいました。その帰り道、娘たちと手をつないで歩いているとき、突然4歳の娘が、何かに吹き飛ばされ、一瞬何が起こっているのかわかりませんでした。

 事故直後、まったく起き上がる気配がない娘の様子を見て、ただごとではないと思い、必死で娘が通っていた幼稚園に戻って助けを求めました。

 娘の救命措置をしている間、何度も娘の心臓が止まりました。私の腕の中で冷たくなっていく娘の姿や感触は、今でも私の頭から離れません。

 娘は、今もペースメーカーを体に入れて必死に生きようとしています。医師からは一生意識が戻ることはないと言われており、万が一意識が戻ったとしても、頸髄への損傷のため四肢の完全麻痺が残り、脳への損傷も深刻であるため、意思疎通ができるようになる可能性はほぼないということです。

被害に遭った女の子が、事故の少し前に描いたお父さんの似顔絵(家族提供)

被害に遭った女の子が、事故の少し前に描いたお父さんの似顔絵(家族提供)

 それでも、自分で呼吸ができなくても、意識がなくても、体は温かく、痰を取ろうとすると痛いのか身体が反応します。

 娘の未来は、今回の事故によって一瞬で奪われました。娘にとっても、私たち家族にとっても、被害を受けたショックは言葉では言い尽くせないものがあります。

最終的には被害者側が泣き寝入りするしかないのか

 事故からまもなく1年5か月、4月24日には札幌地裁で車を運転していた若本被告に判決が言い渡されます。今となってはもう遅いのかもしれませんが、私は、自身の発言に責任を持たない被告らの態度に強い怒りを感じています。

 たとえば、若本被告は刑事裁判の法廷で、泣きながら、

「反省しています」

「賠償のためなら何でもします」

「被害者に泣き寝入りさせません」

 そう述べました。

 尋問において我々被害者側から、

「到底賠償しきれる金額ではないので、運転者、所有者ともに協力して、賠償の計画を示してほしい。約束できますか?」

 そうたずねたときは、

「はい、できます」

 と回答しました。

 こうした言葉は、裁判官にとっても、被告が反省の気持ちを持ち、賠償についても最大限の努力をしていくという意思表示としてとらえられたのではないかと思います。

 しかし、現実はどうでしょうか。後でわかったのですが、そもそも若本被告は、賠償の件で所有者の田中被告に連絡すら取っていませんでした。また、当時の妻(現在は離婚)や親族の協力も得ながら賠償するという気持ちはまったくないようで、あくまでも自分一人で賠償していくつもりだというのです。

 アルバイト暮らしで、いったいどうやって多額の費用を支払っていくつもりなのか。年齢的に考えても、50歳を過ぎた被告が、現在5歳の娘の今後をどこまで支えることができるというのか。誰が考えても、最終的に被害者が泣き寝入りを強いられることは目に見えています。

 公判で見せた好印象の発言とは、まったく矛盾している現実を、裁判官はわかっているでしょうか。口先だけの反省や謝罪がまかり通らないことを強く願うばかりです。

一生介護が必要な娘、億単位の費用は被害者家族が負担しなければならないのか

 加害車が任意保険未加入だったということはすでにお話しした通りですが、この事実は私たち被害者家族を大変苦しめています。娘は一生意識が回復しないと言われており、将来の介護にかかる費用などを試算すると、何億円もの金額になります。自賠責保険(上限4000万円)だけでは全く足りず、到底まかないきれません。

 事故当時、若本被告の妻が所有する車の任意保険に「他車運転危険担保特約」がついていたので、こちらも調べてもらいました。

 これは、契約者や家族が他人名義の車に乗って事故を起こしたときに、自車の契約内容と同じだけの賠償を行うというものです。しかし、被告が問い合わせたところ、保険会社からは『業務性の該当可能性』を理由に支払いを留保するという回答がきたというのです。つまり、若本が田中から改造を依頼され、試運転したことが、一般的な契約とは異なり「業務」とみなされるため、保険金は支払うことができないというのです。

 賠償金の支払いを受けられないとなれば、経済的に大変な負担となり、将来については、ただただ不安しかありません。

 被告側からは、『被害者家族の側からご提訴いただきながら、そのための弁護士費用負担を含め、被告人若本においてできる限りの協力をさせていただきたい』との書面が届いています。しかし、本当にそんな費用負担が今の被告にできるのでしょうか。

 とはいえ、多くの方は、被害者側のマイカーにかけている任意保険の「人身傷害補償保険」が適用されるはずだから、たとえ相手が無保険であっても心配はないはずだと思っておられるのではないでしょうか。

 たしかに、私が所有する車の任意保険には「人身傷害補償保険」がついていました。しかし、その対象は「契約車に搭乗中」のみに限定されていたため、今回のような歩道上での被害は適用外だったのです。

 歩行中や自転車乗車中など、家族が車外で事故に遭った場合でも補償される「車外危険担保特約」を契約しておけば、本件のようなケースでもとりあえず自分の自動車保険でカバーできたことを、事故の後で知りました。ほんの少しの保険料を追加するだけで、万一のとき保険金の支払いにこれほど大きな差が出るということを、ぜひ知っておくべきだと思いました。

裁判官は口先の謝罪に惑わされないで

 そもそも本件は、不正改造を行った車の所有者にもかなり問題があると感じています。公道を走る車に任意保険をかけていないというのもあまりに非常識です。また、事故後の費用に関してこちらから実費を数回に分けて請求してきましたが、今のところ返信すらなく、無視の状態が続いているのです。

 田中被告の供述調書の中には、「誠意をもって支払いたい」「できる限りの賠償をしていきたい」といった内容の文言が書かれていました。にもかかわらず、このような不誠実な対応を取り続けているという現実に、怒りを感じずにはいられません。被告が取り調べの時に発した言葉が真実か否か、裁判官にはしっかり確認してほしいと強く思います。

 事故当時、私たち家族が住んでいた家は、娘が生まれてそれまで住んでいた家が手狭になってしまうと思い、新しく建てたばかりでした。しかし、私たち家族にとって、事故の記憶が残り、幼稚園や小学校に通う際にも事故現場を通らなければならない家に住み続けるのはあまりにも辛く、事故以降、自宅に住むこともできなくなり、数十キロ離れた場所に転居を余儀なくされました。

 上の娘は転校させたため、生活環境が大きく変わることになりました。また、住むことができなくても、住宅ローンの支払いは、当然続けなければなりません。

 私たちはあの日から、精神的にも経済的にも大きな負担を強いられています。娘を病院で一人にしないために、少しでも早く自宅で看護できる体制を整えたいと思っていますが、非常に多くの困難を抱えており、思うように進まないというのが現状です。

「賠償のためなら何でもします」「被害者に泣き寝入りさせません」と言った被告のあの言葉が、口先で終わらないよう、そして、間違ってもそうした言葉が、実行もされていないのに減刑の理由になるようなことだけはないよう、裁判官には私たち家族が置かれている現状、これからも一生続いていく精神的・経済的な苦しみ、被告人の悪質さを考慮していただいた上で、司法の場において、正しく重い刑罰を科してほしいと強く願っています。

*****

 不正改造、その上、任意保険未加入という車が引き起こした今回の重大事故。一生涯寝たきりで、要介護生活を強いられることになった幼い女の子とそのご家族の心労の大きさ、そして経済的な不安は想像を絶するものがあります。

 被害者は加害者を選ぶことができません。こうした無保険車事故から被害者とその家族を救済するためには、自賠責保険を無制限化する、もしくは、自賠責未加入の事故の被害者を救済する政府保障事業のような、何らかの救済策を検討すべきではないでしょうか。

 4月24日、札幌地裁で下される刑事判決に注目したいと思います