「ながら運転」による重大事故が過去最多に、被害男児の両親の嘆き「ながらスマホのドライバー見かけない日はない」
2025.3.30(日)
「ながら運転」による死亡事故や重傷事故が相次いでいます。
昨年の夏、軽乗用車がセンターラインをオーバーして路線バスに衝突し、後部座席に乗っていた5歳と7歳の姉妹が死亡した痛ましい出来事……。事故発生から7カ月たった3月11日、福岡地検は運転していた母親を「過失運転致死傷」の罪で起訴しました。報道によると、母親は「カーナビの画面を確認していて、前をよく見ていなかった」と供述しているそうです。
カーナビを搭載している人なら、運転中、画面のMAPにちらりと目をやることはあるでしょう。しかし、画面を「注視」することは道路交通法違反であり、重大事故につながる危険な行為です。
時速60キロ走行ならスマホ画面を2秒見るだけで33メートル進行
警察庁のサイト〈やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用〉には、こう書かれています。
『運転者が画像を見ることにより危険を感じる時間は運転環境により異なりますが、各種の研究報告によれば、2秒以上見ると運転者が危険を感じるという点では一致しています』
2秒と聞くと一瞬のようにも思えますが、時速60キロで走行している場合、車は約33.3メートル進みます。
一瞬の不注意で、2人の愛娘の命を奪ってしまった母親の気持ちを思うと言葉がありませんが、ながら運転の恐ろしさとドライバーの責任の重さを、あらためて突き付けられた事案でした。
福岡地検がこの母親を起訴した3月11日、滋賀県野洲市の市道交差点には、「わき見事故多発」と書かれたのぼりが掲げられ、警察官や小学校教員らによって、『ながら運転厳禁』を呼びかける安全啓発活動が行われていました。この日は雨でしたが、交差点周辺には白バイ隊員も駆けつけ、道行くドライバーに安全運転を呼びかけていました。
野洲市の「ながらスマホ」による交通事故現場近くで注意を呼び掛ける警察官(事故被害者となった航平くんの家族提供)
実はちょうど1年前の2024年3月11日、この交差点で、「ながらスマホ」のダンプによる赤信号無視の重大事故が発生しました。
事故現場に立つ被害者児童・航平くんのお母さん(筆者撮影)
下校途中、ノーブレーキのダンプに
被害に遭ったのは、小学2年生だった航平くん(当時8)。下校途中、青信号で横断歩道を渡っていたとき、信号を無視して交差点に突入してきたノーブレーキのダンプに衝突され、約40メートル先でダンプの車底部に巻き込まれた状態でひきずられたのです。この事故で航平くんは、脳挫傷等の重傷を負い、1年以上たった現在も意識不明のまま入院中です。
「ながらスマホ」の事故の被害に遭ってしまった航平くん。脳挫傷の重傷を負い、現在も意識不明の状態にある(家族提供)
ダンプを運転していた加害者の男(当時28)は、運転中にもかかわらずスマホを右手に持ち、左手だけでハンドルを握りながら20分間にわたって会話を続けていました。通話の相手は、男がその最中に、『ガキがいっぱい歩いとる!』と口走っていたことを証言し、本人も認めています。また、この男は、過去2年間に「携帯電話保持等」の交通違反歴で3回検挙されており、まさに、「ながらスマホ」の常習者であったこともわかっています。
事故当時、現場交差点には子どもたちを見守るスクールガードの方々も立っていました。登下校時のスクールゾーンは、ドライバーとして最も緊張する時間帯です。にもかかわらず、加害者は大人たちの姿も認識しないまま、信号無視をして横断歩道に突っ込んでいったのです。
ドライバーに安全運転を訴える航平くんの小学校の先生(航平くんの家族提供)
過失運転傷害の罪で起訴された加害者には昨年、2年4月の実刑が下されました。判決文には以下のように記されていました。
〈被告人の運転は注意散漫となりやすく、運転操作にも支障を及ぼしかねない危険なもので、その不注意の程度は著しく、本件過失は、スマートフォンの画面を注視して脇見をする事案と同等の悪質性を有するとまでは言えないとしても、一瞬の不注意による事故とは異なる悪質なものと言うべきである〉(大津地方裁判所/沖敦子裁判官)
事故当時、航平くんがかぶっていた黄色い帽子(筆者撮影)
後を絶たない「ながらスマホ」による事故
筆者は過去に、「ながらスマホ」による悲惨な事故を多数取材してきました。印象に残っているケースをここに紹介します。
【ながらスマホの大型トラック、信号無視でタクシーに衝突】
2020年11月19日、兵庫県尼崎市の国道43号交差点で、青の矢印信号で交差点を右折中だったタクシーに、対向の大型トラックが信号無視で衝突し、タクシーに乗っていた大学生(22)が死亡、運転手(当時57)が重傷を負いました。
トラック運転手(当時50)は、走行中、右手にスマートフォンを持って着信のあった同僚に電話を折り返し、片手運転のまま、約9分33秒間通話を続けた末、赤色の信号を見落とし、ノーブレーキで事故を起こしました。
事故から1年後、神戸地裁尼崎支部が下したのは、禁錮3年6月の実刑でした。
判決文から一部抜粋します。
〈本件以前にも、同様の「ながら運転」を複数回したことがあると自認していることに照らすと、被告人には日常的に長時間の運転を行う職業運転手であったが故の慢心があり、緊張感が弛緩しており、安全意識も不十分なものであったと指摘せざるを得ず、本件犯行に至った経緯や動機に酌量すべき事由はまったく見いだされず、強い責任非難を免れない。(中略)罰則が強化されてもなお「ながら運転」に起因する死傷事故が後を絶たない現状に照らすと、一般予防の観点からも、被告人の「ながら運転」が過失の中枢である本件については、相応の重い刑を以て臨むことが相当である〉(神戸地裁/佐川真也裁判官)
【ながらスマホの大型トラック、歩行者をひき逃げ】
2022年9月20日、群馬県高崎の道路上で迷い犬を保護していた女性(当時26)がひき逃げされ死亡した事件では、逮捕された大型トラックの運転手(当時55)が、スマホを操作しながら運転し、前を見ていなかったことを認めました。
自動車運転処罰法違反(過失致死)と道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われた被告に下されたのは、懲役2年6月の実刑。
〈スマートフォンを操作しながらの運転は危険。交通安全の意識に欠けている。事故後に逃走しており、犯情は悪い〉(前橋地裁高崎支部/地引広裁判官)
判決にはそう記されていました。
現役警察官までが…
【スマホ漫画読みながら運転のワゴン車が高速道路でバイクに追突】
2018年9月10日、ホラー漫画をスマホで読みながら関越自動車道をワゴン車で走行していた運送会社の男(当時51)は、前方をバイクで走行していた女性(当時39)に気づかず時速100キロで追突。女性は即死。本件では偶然にも、加害者の車のドライブレコーダーに、自身が漫画を読む姿(フロントガラスに反射していた)が映っていたことで、ながら運転が発覚。
裁判官は被告の悪質性について、判決文に次のように列挙していました。
〈被告人は約100キロメートルの高速度で進行しながら、漫画アプリケーションであるLINEマンガをスマートフォンで読んでいたため、被害車両の発見が遅れ、本件事故を惹起した。被告人の前方不注視義務違反の程度は著しく重く、その運転の態様は重大な事故に直結する可能性の高い、非常に危険なものであって、本件は一瞬の不注意による事故とは一線を画する、特に危険で悪質な運転による事故であったと評価すべきである〉(新潟地裁長岡支部/岩田康平裁判官)
また、2024年2月2日には、高知県警の現職警察官が公務員の男性をはねて死亡させる事故が発生。加害者の警察官はスマートフォンのゲーム画面を見ながら運転していたこと、また当初の供述ではゲームのことを隠し、嘘をついていたことも判明しています。
*外部リンク《スマホ見ながら運転事故の元警察官》当初ウソの供述 初公判で明らかに【高知地裁 中村支部】(FNNプライムオンライン)
関越道でのスマホ漫画には驚きましたが、あれから6年経ってもスマホゲームに興じながら運転をするドライバー(しかも警察官)がいるのかと思うと、本当に恐ろしくなります。
罰則強化で重大事故は一時的に減ったが
警察庁は2025年2月末、前年の2024年に発生した「ながら運転」(携帯電話等使用)による死亡・重傷事故件数が、統計を取り始めた2007年から、過去最多になったと発表しました。
国が改正道路交通法を施行し、「携帯電話使用等」に関する罰則を強化したのは2019(令和元)年12月1日のこと。このときから、通話だけでなく、カーナビやテレビの操作、ゲーム、SNS、漫画を読むといった行為も罰則の対象となりました。
下のグラフを見てもわかるように、道交法が改正された2019年の広報啓発や交通指導取締り等の推進の影響を受け、翌2020(令和2)年だけは「携帯電話等使用による死亡・重傷事故件数」が大幅に減りましたが、その後は増加の一途をたどっています。
携帯電話等使用による死亡・重傷事故件数(警察庁Webサイト〈やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用〉より)
また、以下のグラフを見てもわかる通り、携帯電話等使用の場合、使用なしと比較して死亡事故率が3.7倍というデータも公開されています。
携帯電話等使用有無別死亡事故率比較【令和2年~6年】(警察庁Webサイト〈やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用〉より)
最近、横断歩道上で歩行者が信号無視の車にひかれるという事案が多発しています。信号と歩行者を見落とした原因は何だったのか、捜査機関には「逃げ得」を許さぬよう、スマホの履歴を含めしっかり捜査していただきたいと思います。
最後に、野洲市の現場交差点で行われた『ながら運転厳禁』の啓発活動に合わせ、航平くんのご両親が公開したコメントをご紹介します。
お兄ちゃんと航平くん(航平くんのご家族提供)
<航平くんのご両親のコメント>
事故から1年が経ちました。とても苦しく、長い1年でした。息子は今も意識は戻らず、病院に入院しています。
昨年4月、小学校から3年生の新しい教科書をもらいました。新しく、社会や理科、英語の教科書もありました。使える日が来ることを祈りながら、教科書に息子の名前を書きました。事故がなければ、どんな学校生活を楽しんでいたのでしょうか。今もきれいな教科書を見るたびに涙が止まりません。
我々夫婦も毎日車を運転しますが、ながらスマホのドライバーを見かけない日はありません。
ハンドルを握るとき、スマホを手にしようと思ったとき、自分は大丈夫だと思わないでください。あなたのそのひとつの決断が、たくさんの人の人生を大きく変え、苦しみ、悲しみを生み出すかもしれない、ということを思い出してもらいたいです。