「ガキがいっぱい歩いとる」と言い放ち、ながらスマホで信号無視 はねられた男児は今も意識不明
2025.3.7(金)
そのメールが届いたのは昨年、2024年9月22日のことでした。
『はじめまして。私たちの息子・航平は、3月11日の下校中、横断歩道で信号無視のトラックにノーブレーキではねられました。その日のニュース速報に、柳原さんからコメントをいただいていました。事故から半年たった今も意識が戻らず、明後日、9歳の誕生日を迎えます。航平が背負ったあまりに重い現実、失ったものの大きさ……、私たちはあの日以来、どこにもぶつけることのできない恐怖や苦しみを抱えたまま、航平のいない家で、毎日泣きながら生きています』
読み進めて、はっとしました。そしてあのときの映像が鮮明によみがえりました。
東日本大震災からちょうど13年、2024年3月11日の夕方、「小学生が交通事故で重体」というニュースが速報で流れました。そこに映し出されたのは、横断歩道の先に停止している1台のトラックと、その右後輪のすぐ横に転がる、黄色いカバーのついたランドセルでした。でも、そこにはランドセルを背負っていたはずの子どもの姿はありません。
その映像を目にし、言いようのない怒りがこみ上げました。そして、まだ詳細がわからない段階ではありましたが、私は反射的に、以下のオーサーコメントを投稿していました。
『子どもたちが小学校から下校する時間帯、しかも横断歩道を渡っている子どもに、なぜこのようなことが起こってしまうのか、被害者のお子さんの容態が心配でなりません。
被害児童は横断歩道を渡っていたという報道があります。トラックは左折だったのか、右折だったのか、それとも直進だったのか、そして、信号の色はどうだったのか。明るく、見通しのよい場所で、あの黄色いランドセルが全く目に入らないというのは、いったいどういうことなのか。また、横断歩道の前で止まれなかったのはなぜなのか……』
しかしその後、本件についての続報はなく、被害に遭った男の子の容態や、加害者が横断歩道に突っ込んだ理由についてはわからないまま、半年が過ぎていました。
そんな中、被害児童のお母さん本人から、直接メッセージが寄せられたことに驚くと同時に、あの事故に遭った男の子が現在も意識不明だということを知り、あらためて悔しさがこみ上げました。
あの日、航平くんが渡りきることのできなかった横断歩道を見つめるお母さん。事故から8か月後、筆者と共に、この日初めて自身の足で現場に立った(筆者撮影)
■事故前に3回「ながらスマホ」で検挙されていた加害者
お母さんのメールはこう続きました。
『加害者はトラックを運転中にもかかわらず、仕事先からかかってきた電話に出て、スマホを右手に持ち、左手だけでハンドルを握りながら、航平をはねるまで20分間にわたって会話を続けていたことがわかっています。その最中に、『ガキがいっぱい歩いとる』と言っていたことを、電話の相手が証言しており、加害者本人も認めています』
「ガキがいっぱい」……。
加害者はこの時点で、ランドセルを背負った多くの子どもたちが歩いている姿を運転席から確認しており、下校時だという自覚はあったはずです。にもかかわらず、なぜ、ながらスマホを続けたのか。ドライバーとしては、最も緊張しなければならない時間帯のはずです。
さらに驚いたのは、この加害者が本件事故を起こすまでの2年間に携帯電話保持等の交通違反歴を3回もあったということです。まさに、『ながらスマホ』の常習者による悪質な事故だと言えるでしょう。
『現場交差点には、子どもたちだけでなく、安全を見守るスクールガードさんも複数人立っていました。にもかかわらず、加害者は赤信号だけでなくその人たちの姿すら見落として、突っ込んだのです。これほど「ながら運転」の危険性が叫ばれているのに、なぜこのような運転が後を絶たないのか……。あまりに酷い犯人のことを、メディアを通じて少しでも知ってもらいたいと思うことはいけないことでしょうか……』
お母さんからのメールには、切実な思いが綴られていました。
事故の半年前、2023年9月24日に8歳の誕生日を迎えた航平くん。プレゼントの人形を胸に、ろうそくの火を見つめている(両親提供)
お気に入りのキャラクターでデコレーションされた8歳のお誕生日ケーキ。これが、航平くんが食べることのできた最後のケーキとなった(両親提供)
■トラックの横に落ちていた、おろしたてのスニーカー
事故は、2024年3月11日、午後3時13分頃に発生しました。航平くんのお母さんはその日のことを振り返ります。
「あの日、朝食は航平の希望で、ヨーグルトと白い小さなパン4個、バターは別に添え、目玉焼きも用意しました。航平は残さず食べてくれました。学校へ出かけるとき、玄関で古いスニーカーを履こうとしていたので、『新しいスニーカー、履かないの?』と言うと、『履いてもいいの?』と嬉しそうに言いました。
実は、2週間ほど前に買ったスニーカーは、雨が続いてなかなか履くことができなかったのです。新しいスニーカーに履き替えた航平は、いつものように『行ってきます!』と元気に出かけました。その背中を玄関先で見送り、ドアが閉まるまで見ていました。小学2年生、まだまだ大きく感じるランドセルを背負って……。元気な航平を見たのは、これが最後でした」
午後3時半頃、自宅にいたお母さんは、突然、けたたましいサイレンの音が響きながら近づいてくるのに気づきました。ちょうど航平くんが帰宅する時間だったこともあってふと不安になり、外へ様子を見に行こうと立ち上がりました。
「そのときです。突然、知人からの電話が鳴りました。交差点近くにいた彼女は震える声で、『こうちゃんの新しいスニーカー、たしか、紫色のナイキって言ったよね……』そう聞いてきたのです」
電話に応対する母親のただならぬ様子に気づいた高校生の長男は、すぐに外へ飛び出し、お母さんも続きました。自宅からほど近い交差点には、すでに救急車やパトカーが到着しており、人だかりができています。近づいていくと、道路わきに止まっているトラックの横に、航平くんが朝、嬉しそうに履いていったあのスニーカーが落ちているのが見えました。
「私がその場所へ近づこうとすると、長男が、『ママはこっち見ないで!』と大きな身体で私の視界をさえぎりました」
小学校からの下校途中、青信号の横断歩道を渡っていた航平くんは、突然赤信号で突っ込んできた2トントラックにはね飛ばされ、車体の底部に巻き込まれたのです。頭部に大きなダメージを受けており、すぐに救命センターへ搬送されました。
「日付が変わった頃、ようやく会うことができました。開放性頭蓋骨骨折、脳挫傷の重傷を負った航平はベッドに横たわり、たくさんの管で機械に繋がれ、前日にカットしたばかりの髪の毛は剃られ、顔は誰だかわからないほど腫れ上がっていました。医師から画像を見せられましたが、説明を受けている間も、あのトラックとスニーカーが頭から離れませんでした。
医師は、『脳にかなりのダメージを受け、生きているのが奇跡だと思います。前例がないので、これから他の先生と協力しながら全力を尽くします』と話されました。たくさんの説明を受けましたが、航平を失うかもしれないという恐怖と不安で、よく覚えていません。それからは、心も身体もすごく疲れているのに眠れず、何も手につかない日々が続きました」
■ながらスマホで片手運転、赤信号無視で横断歩道へ
事故を起こしたのは、滋賀県守山市で建設業を営む北脇優大被告(当時28)でした。起訴状によると、北脇被告は仕事の途中、野洲市行畑の市道交差点でスマートフォンを片手に持ちながらの通話に気をとられ、赤信号に気がつかないまま交差点に進入。横断歩道を渡っていた航平くん(当時8歳・小2)をはね、大けがをさせたとして、過失運転傷害の罪で起訴されました。
以下は、事故現場交差点を被告の進行方向から撮影した写真です。
トラックから見た現場交差点。加害者は目前の赤信号だけでなく、下校途中の子どもたちや大人のスクールガードの姿も見落としてノーブレーキで交差点に突っ込み、奥の横断歩道で航平くんをはねた(筆者撮影)
この写真を見てもわかる通り、現場は見通しのよい、比較的広い交差点です。北脇被告はこの手前で信号が赤になっていたにもかかわらずそれを見落とし、手前の横断歩道を赤信号で通過、そして、奥(交差点出口)の横断歩道を左から右へ渡っている途中の航平くんをノーブレーキではねたのです。かなり長い距離にわたって、前方を見ずに走行していたと考えられます。
筆者は実際に、被告が事故現場に至るまでに走行したというルートを車で辿ってみましたが、道幅の広い場所は何か所もありました。どうしても応対しなければならない電話なら、なぜ、トラックを路肩に停止させてから会話をしなかったのか。まさに、片手放しの「ながらスマホ」という行為が、いかに危険であるかを突き付ける事案だと言えるでしょう。
■「ながらスマホ」の危険性を厳しく指摘した裁判官
刑事裁判の判決は2024年8月30日に下されました。大津地方裁判所の沖敦子裁判官は、被告が下校時間帯であることを認識していたにもかかわらず、約20分にわたって禁止されている「ながらスマホ」をおこなっていたことを、判決文の中で以下のように厳しく指摘しました。
<被告人の運転は注意散漫となりやすく、運転操作にも支障を及ぼしかねない危険なもので、その不注意の程度は著しく、本件過失は、スマートフォンの画面を注視して脇見をする事案と同等の悪質性を有するとまでは言えないとしても、一瞬の不注意による事故とは異なる悪質なものと言うべきである>(判決文より)
さらに、航平くんの重篤な状態と家族の悲痛にも触れています。
<本件事故により、何の落ち度もない当時8歳の被害者が、極めて重い傷害を負い、生命維持のため脳の大半を除去し、今後も意識が回復する見込みはなく、生涯常に介護を要する状況となっているのであり、生じた結果は、死亡に匹敵するほど重大である。
被害者の恐怖や苦痛は想像を絶するものというほかなく、また、大切に育ててきた被害者の変わり果てた姿を目の当たりにした被害者の父母及び兄の精神的衝撃や苦痛も甚大であって、同人らが、同公判廷において、それぞれ悲痛な心情を述べ、被告人に対する厳罰を求めるのも当然のことである>(判決文より)
そして、禁錮2年4か月の実刑を下しました。北脇被告は現在刑務所に収監中です。
航平くんのお母さんは語ります。
「実刑とはいえ、わずか2年4か月……。航平は、加害者の悪質な違反行為によって、これから一生涯、ベッドの上での生活を強いられるのです。それを思うと、あまりに刑期が短すぎます。被告は判決のときも、私たちの方を見ることはなく、とても反省しているようには見えませんでした。本当に悔しいです」
七五三のお祝い(5歳のとき)。年の離れたお兄ちゃんとは大の仲良しで、家族みんなに愛されていた(両親提供)
■「ながら運転」の危険性、もっと重視すべき
2024年から危険運転致死傷罪の法改正に向けた動きが本格化し、法務省では検討会も開かれました。そして、2025年2月10日には、鈴木法務大臣が同罪の適用要件の見直しに向けた法改正の検討を法制審議会に諮問しました。
この動きについて、航平くんの両親はこう語ります。
「法務省の検討会の中で『ながらスマホ』についても議題に上がっていたので、議事録にも目を通し、家族で話し合ったのですが、一部委員の発言を見たとき、正直言って『何を言っているのだろう?』という印象を受けました。『危険だ』と言っておきながら、『でも、仕方ないよね』と意見を翻すのです。
運転中は携帯電話を使用しない、これは免許を取るときにきちんと勉強したはずです。携帯電話を見ていたかどうか証明できない? そんなことはありません。履歴は残っているはずです。そもそも違反でありながら、ながらスマホ運転という違反行為を選んだのは、『故意』ではないのでしょうか。我々夫婦も毎日車を運転しますが、ながらスマホのドライバーを見かけない日はありません。
今、この問題についてもしっかり見直さなければ、また、私たちのような、悲しく、苦しい思いをする人が増えていきます。裁判というかたちでしかこの苦しみをぶつけることができない被害者は、現行の法律では救われないのです」
事故から間もなく1年、航平くんは現在、自動車事故対策機構(ナスバ)が運営する療護センターに入院しています。ここは、交通事故で脳を損傷し、重度後遺障害を負って常時介護を必要とする被害者のための専門病院です。
しかし、現在は感染症対策のため面会はリモート、家族が傍に付き添うことは叶わないと言います。
「航平はまだ9歳です。頭の中で、『ママ、助けて』と叫ぶ声が何度も聞こえます。あの日以来、私たちはたくさんのものを失いました。どれほど逃げ出したい、消えてしまいたい、と思ったことでしょうか。でも、私が逃げたら、航平は……」
重傷事故で一命をとりとめた被害者の中には、航平くんのように、一生意識が戻ることのない「遷延性意識障害」を負った人たちもいることを忘れてはなりません。
■事故から1年、現場交差点ではながらスマホ撲滅運動も
警察庁によれば、2024年中の「ながらスマホ」(携帯電話等使用)による死亡・重傷事故件数は122件で、全死亡事故に占める割合は1.24%とのこと。いずれも2022年以降、増加傾向にあるといいます。
また、以下のグラフを見てもわかる通り、携帯電話等使用の場合、使用なしと比較して死亡事故率が4倍近いというデータも公開されています。
警察庁のサイトより
やめよう!運転中のスマートフォン・携帯電話等使用|警察庁Webサイト
筆者も過去に、「ながらスマホ」による悲惨な事故を多数取材してきました。その多くが、ながらスマホ常習者でした。本件事故の被告も、事故を起こす前に携帯電話保持等の交通違反歴が3回ありました。重大事故を起こす前に何らかの予防策はとれないものでしょうか。
航平くんが事故に遭ってから1年となる3月11日には、滋賀県警守山署が、事故現場である野洲市行畑の交差点で『ながらスマホ 撲滅啓発』の活動を行うことになりました。当日は現場付近に看板やのぼり旗を掲示し、行き交う人々に「ながらスマホ撲滅」を呼びかけるとのことです。
「スマホくらい……」という安易な考えが、どれほど危険な行為につながり、その結果、一瞬でどれほど多くの人の人生を破壊するか、ぜひ心していただきたいと思います。
<ながらスマホによる死亡事故の記事>
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航平くんが事故時にかぶっていた黄色い帽子は、お気に入りの文房具やぬいぐるみと一緒に、今もリビングに大切に置かれている(両親提供)