息子はねた加害者「10分間」の行為を、10年間追及し続けた両親【最高裁で実刑確定】会見全公開
2025.2.28(金)
■最高裁が「ひき逃げ」認め、懲役6月の実刑確定
2015年3月、長野県佐久市で和田樹生(みきお)さん(当時15)が、横断歩道で乗用車にはねられ死亡した交通事件。最高裁は2025年2月7日、救護義務違反を無罪とした東京高裁の判決を破棄し、池田忠正被告(52)に懲役6月の逆転有罪を下しました。
居酒屋で酒を飲んだにもかかわらずハンドルを握り、速度超過で横断歩道を横断していた樹生さんに衝突。その直後、酒の臭いを消すためにコンビニへ行き、口臭防止タブレットを購入して口に……、『加害者の一連の行為が、なぜ「ひき逃げ(救護義務違反)」に問われないのか』と訴え続けてきた遺族の思いがようやく届いたのです。
<最高裁の判決は以下をご覧ください>
事故から10年、ひとつの交通事故で3度の刑事裁判が開かれるという極めて異例で複雑な経緯をたどったこの事件。最高裁判決の直後に開かれた記者会見で、両親は「救護義務」とは何のためにあるのか、そして、今回の最高裁判決が「ひき逃げ」を抑止し、一人でも多くの命の救済につながってほしいと訴えました。
私は、被告が「救護義務違反」で起訴される前に和田樹生さんのご遺族から連絡をいただき、取材を続けてきました。そして、ご両親がどれほど地道に裏付け調査を重ね、捜査機関に訴えてきたかを見てきました。その上で言えることは、遺族が自ら訴えなければ、この事件の裁判が最高裁まで上がり、被告の行為が「ひき逃げ」と認められることはなかったということです。
判決後の記者会見で、お父様は『担当検事の当たり外れ、能力によって、求刑や罪名が変わることは絶対あってはならない』と述べられていました。もちろん、検察だけでなく、警察の初動捜査にも改善すべき点は多々あると思います。二度とこのような出来事を繰り返さぬためにも、本事件の経緯を検証する必要があるでしょう。
以下は、最高裁判決直後に行われたご両親による記者会見と、裁判の争点となった加害者の事件発生直後の行動です。捜査機関、すべてのドライバーに「直ちに救護する」ことの重要性を認識していただくため、ここに記録しておきたいと思います。
<筆者が5年前、本件について執筆した記事>
自宅前で奪われた息子の命「飲酒ひき逃げ」なぜ問われぬ? 悲しみこらえ訴え続ける両親の思い(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース
高校入学を目前にして、突然命を奪われた和田樹生さんの遺影(筆者撮影)
【2025年2月7日、最高裁判決後の両親による記者会見より】
■「ひき逃げ」で救えるはずの命が失われてしまう
<父・和田善光さん(54)>
本日、最高裁で救護義務違反が認められました。卑劣な犯行に対して極めて妥当な司法判断が下されました。もし交通事故事件が起き、車で人をはねてしまったら、直ちに被害者を救護しなければいけないということが、明確に示された判決だったと思っております。
飲酒運転で交通事故事件を起こし、その後、誰に断ることもなく現場を離脱し、自己保身のためにコンビニにブレスケア(口臭防止剤)を買いに行くというその行為、また、事件すべてを通して、一貫して救急消防に連絡していないというその行為、それらが罪に問われず、執行猶予が付されるということはあってはならないことです。
救護措置の中断を容認した結果、本来救えるはずの命が失われてしまう、1分1秒でも早い救護措置が必要な被害者の方々にとって、それは殺人にすら匹敵する悪質な行為だと考えております。
今回の事件では、争点となっていた「コンビニにブレスケアを買いに行く」という行為以外にも、救護を第一に考えていたとはとても言えない点がいくつもありました。
まず、息子をはねた衝突地点で、目撃者の女性の方から「救急車を呼んだの?」と問いかけられても、その問いに返事を返すことすらせず、自車の方向に誰に告げることもなく戻って行ってしまったこと。
22時13分頃にブレスケアを買ってコンビニから出た後、実際に息子の倒れている現場に現れたのは22時17分頃ですが、その3分から4分余りの間、どこで何をしていたかということについては未だに明らかにしておりません。
また、「お酒を飲んでいたのか?」と問われたと勘違いをし、救護をその場でやめてその方のところに赴き、「私は酒を飲んでいません」と息を吐きかけたこと。その後の警察の尋問の中で、飲酒していた場所、時間、量についても、全く虚偽の証言を述べていることなど、(加害者は)全くもって救護を第一に考えていたとは言えない行為を続けていました。
もし、本事件で救護義務違反が認められなければ、同じような事件の未然防止、あるいは犯罪抑止どころか、本事件が悪しき前例となってしまい、安全で秩序ある交通社会を維持することができなくなってしまうと思います。
高裁の判例を先例とする判決判断が積み重ねられ、交通事故事件を起こした加害者が自己都合により現場を離れても、それが救護義務違反にならないとなれば、被害者の方の生命・身体の保護が脅かされかねません。
本日、最高裁でようやく本事件が救護義務違反であるということが認められました。これにより救護義務違反、被告人に対するひとつの判断基準というものが明確に示されました。この判決が周知され、もし車で人をはねてしまったら、直ちに被害者を救護しなければならないということが徹底され、今後、ひとつでも多くの命が救われる社会になってほしいと思っています。
和田さん夫妻は、本件事故が記録された防犯カメラの映像を解析し、徹底的に真実を追求した(筆者撮影)
■最高裁が示した「直ちに救護」の意味
<母・和田真理さん(53)>
私はずっと、加害者に救護義務違反が認められること、そして、反省の機会が与えられることをお願いしてきました。その判決を今日、最高裁の法廷で聞くことができ、その瞬間、涙があふれました。
この判決を聞くまで、非常に長くかかってしまったのですけれども、今回の最高裁判断が今後の救護義務違反を判断するひとつの目安となって、交通事故で被害に遭った方の命が「直ちに救護」されること、救護され、命が救われることにつながればいいなと思っております。
横断歩道を歩いていた樹生は、たった15歳で飲酒運転のドライバーに命を奪われ、「直ちに救護」されずに亡くなってしまいました。事件以来、なぜこんなことになってしまったんだろうという思いをずっと抱えて生きてまいりました。今回、時間はかかりましたが、最高裁の法廷で判決を聞き、ここまできてしまったことにも何か意味があったのかもしれない、という思いにもなりました。
今日の判決を機に、ようやくその被害から回復に向けた一歩が踏み出せるような気持ちです。
樹生さんをはねた被告の車。直後、この場所に車を停めたまま、口臭防止タブレットを求めてコンビニへ直行していた(遺族提供)
■声を上げることができない亡き息子に代わって
<父・善光さん>
第一発見者の方の話によりますと、事件が起きた後、樹生の目は見開いていたということです。その目に、事件後の被告人の行動が映っていたのではないかと、つい考えてしまいます。事件の全てを知っているのに、声を上げることができなかった樹生は、自分の代わりに、厳正な司法判断を示してほしいという思いを我々に託したと思っております。
我々が事件の真実について調べているときは、それに無我夢中なところもあり、時間の経過とか辛さというものを感じることはありませんでした。しかし、起訴されるまでの時間、救護義務違反が認定されるまでの期間が長かったことについては、やはり辛いと感じることもありました。
救護義務違反が認められるまで10年近くもかかってしまいましたが、まず、認められたことについては息子も安堵していることと思います。我々の力不足によって10年近くかかってしまったことについては申し訳なく、時間がかかりすぎたことを謝りたいと思っています。
近く、樹生が眠る長野のお墓に行って救護義務違反が認められたこと、加害者に反省の機会が認められたことを報告し、「今後同じような思いをする人が出ないように見守ってね」とお願いしたいと思っています。
学習塾帰りの樹生さんが最後に背負っていた赤いリュックは、今もリビングのガラスケースの中で大切に保管されている(筆者撮影)
■担当検事の当たり外れ、絶対にあってはならない
<父・善光さん>
検察に対して、我々は2つの異なる気持ちを持っています。まず、最初の過失運転致死の裁判については、被告人の偽証に惑わされて捜査が混乱しました。初動調査がしっかりしていれば、ここまで時間がかかるということはなかったと思っております。担当検事の当たり外れ、能力、そういうものによって、求刑や罪名が変わることは絶対あってはならない、その意味では、最初の過失運転致死の裁判において、救護義務違反を含めた罪名で起訴するべきだったと思っています。
一方、今回の救護義務違反の裁判につきましては、我々の上申書、報告書等にも真剣に目を通していただき、都度面会等をしてもらって真摯に対応していただけました。起訴されるまで待っている時間が一番辛かったですが、正常な精神状態を保つことができたのは、真摯に対応してもらえたところが大きかったと思っております。
起訴まで長い時間がかかったことについては、検察内部でもさまざまな意見があったと思います。ここまで異例の経過をたどってきていることについていろいろな批判を受けることは覚悟の上で、やはり世に問うて、実際に救護義務違反に相当するかどうか、司法判断をしっかりしてもらいたいという決断を持って起訴してくれたこと、それについては感謝しております。
<母・真理さん>
実は今朝、次女の夢の中に樹生が姿を見せて、にっこりと笑っていたと聞いたので、もしかしたらよい判決が聞けるということを夢を通して知らせてくれたのかなと思いながら、樹生の遺影を抱いて一緒に法廷に入りました。
樹生もずっと辛かったと思うのですが、やはり事故後の加害者の行動については許せない気持ちがありました。
今日、救護義務違反が認められ、短いですけれども懲役刑が決まったことで、少し樹生の悔しさも癒されたのではないかと思っております。
事故現場の交差点。樹生さんは手前から横断歩道を渡り、対面にある自宅マンションに戻る途中だった(筆者撮影)
■最高裁判決までの苦しい思いと今の気持ち
<母・真理さん>
弁論が終わってから、クリスマスですとかお正月ですとか、そういった行事もあったんですけれど、やはり裁判が続いているということで不安があって、心の維持に非常に苦労してまいりました。
そんなときに、周囲の方から「不安は心を蝕む大敵だ」とアドバイスをいただきました。それからは救護義務違反が認められることを信じて生活するように心がけてきました。ですので、今日は夢の話も聞いていたので「きっといい判決が出るだろう」という思いで法廷に入りました。
<父・善光さん>
今日の午後3時までは、どのような判決が下りるかは全く分かりませんので、それまでは非常に大きな不安を抱えながら裁判所に入りました。ここまで10年間闘ってきましたけれども、ようやく救護義務違反が認められましたので、これで息子の墓前に報告することができるなと思っています。
無罪を言い渡した高裁判決を破棄し、逆転有罪判決を下した最高裁判所(写真:イメージマート)
■事故から9年目、高裁で無罪判決を受けたときの衝撃
<父・善光さん>
私自身、高裁で判決が覆されるということはあまり想定しておらず、高裁の無罪判決を聞いたときには本当に大きな衝撃を受けました。ただこのとき、検察の方も「この判決はおかしい、即刻上告することを検討する」と言って、実際にすぐ上告してもらいました。
我々にとっては救護義務違反が認められて当然だとは思うのですが、本日、ようやくひき逃げが認められ、救護義務違反に対するひとつの判断基準というものが、最高裁によって示されました。このことにより、「もし車で人を跳ねてしまったら、直ちに人を救護しなければいけない、失われる命が増えてはいけない」という思いが、少しは通じたのかなと思います。
■飲酒運転は数値に関係なく危険運転視野に捜査を
<母・真理さん>
今、危険運転致死傷罪について、数値基準を導入するといった動きが出ていますが、私としては、飲酒運転をしていたら、その量にかかわらず危険運転を視野に捜査していただきたいですし、危険運転で起訴してほしいと思っております。数値によって故意か過失かということが判断されるということは、少しおかしいのではないかと感じております。
ぜひ、飲酒運転や救護義務違反をなくしていくために、何ができるのかということ、今回報じていただいている私たちの息子の死亡事件などを通して、多くの皆様に考えていただき、少しでも悪質な交通死亡事件が減る方向に向かってほしいと思っております。
<父・善光さん>
全国には同じように交通事故被害者・遺族の方がたくさんおられるかと思います。もし少しでも事件、事故に疑問があれば、泣き寝入りをすることなく、しっかりと被害者の方のためにでき得る最善の行動を取っていただければと思います。
そのサポートのようなことが我々にできるのであれば、今後そのようなことも考えていきたいと思っております。
■実刑判決を受けた加害者に対して思うこと
<母・真理さん>
自分の行動について改めてよく振り返ってもらい、真に反省してほしいと思っています。私たちから奪った命の大きさをよく考えていただきたいですし、お酒が飲めない、タバコが吸えない、家族にも会えない、そういった環境に身を置いて、よく反省してほしいと思っています。
そして、期待はしていないですが、本当のことを語ってほしい、真実を語らずに謝罪はないと思っています。
<父・善光さん>
これまで、本件事件、また裁判を通して、被告人の言動というものを見ると、自己保身のみであり、事件を真摯に見つめ直す、特に自分自身で見つめ直すということが全くなかったのではないかと思っております。
自分が奪った息子の命、大きさ、それがどれだけ尊いものだったか、しっかり考えていただきたいです。
樹生さん15歳、最後の誕生日は大好物のチーズケーキでお祝いをしたという(遺族提供)
■兄を亡くした2人の妹について
<母・真理さん>
娘たちは裁判が終わったということで、少し安堵の気持ちがあるのではないかと思います。私たち両親と同じように、娘たちも、自宅の目の前で車に衝突された兄の被害に気づいて、すぐに助けられなかったということについてはすごく苦しんでいたので、今回の最高裁判決で加害者の罪が認められたことで、長く抱えていた自責の念から解放されて、心の回復につながってくれたらいいなと思っております。
<父・善光さん>
下の娘ももう大学生ですので、裁判の結果につきましては自分たちでこの内容を判断できる年齢だと思っております。
これまで2人とも本当に苦しんできました。今回、救護義務違反が認められたことを娘たちの中で自分たちなりに咀嚼して、樹生の分も含め、今後の人生をしっかりと歩んでいってほしいと思います。
■最高裁判決が確定しても息子の命は戻らない
<母・真理さん>
最後に、本件では初動捜査のとき、救護義務違反という視点での捜査はされておらず、被告人は救護義務違反で行政処分も受けておりません。今回、最高裁で救護義務違反が認められたので、長野県警に対して加害者の行政処分を求めたいと思っております。
<父・善光さん>
本日、最高裁の判断が示されたわけですけれども、だからといって息子の命が返ってくることはありません。息子の命が戻ることはない中で、これまで何のためにこの裁判を続けているのかとずっと自問したことも何度もありました。そのようなときは、息子が被告人の車にはねられ、冷たい路上に叩きつけられ、声を上げることができなかった、そのときの息子の気持ちを考え、心を奮い立たせてきました。
それに加えて、我々の訴えに賛同していただいた市民の方々、交通事故遺族の方々、この事件がなぜ救護義務違反ではないのかと世に問い続けてくれたジャーナリストの方々、その方々たちの励ましと支えがなければ、ここまで来ることはできませんでした。この場をお借りして、お礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。
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2月7日、最高裁判決直後の記者会見には、北海道から「交通事故調書の開示と公平な裁きを求める会」代表の白倉夫妻も参加した(左)。多くのメディアが取材に駆け付けた(筆者撮影)
<和田樹生さん死亡事件・発生直後の被告の行動>
●22:07:21
事故発生
●22:07:31
衝突地点から99.5メートル先に進んだ地点で被告が車を止める(車のフロントガラスは大きく破損)
●22:07:35
被告が車から降り、南側の歩道を歩きながら現場交差点方向へ移動。ガラス片や靴の散乱に異常を感じ車を停止させていた2人の女性に「人をひいちゃったみたいなんですけど……」と話す
驚いた女性たちは「救急車を呼びましたか!」と大声で尋ねる
●22:11:52
被告が再び自車に戻り、ハザードを点灯
●22:12:02
被告がセブンイレブン方向に向かう途中、一緒に飲んでいた仲間から着信あり。「人をはねちゃった、どうしよう、やばいやばい」と通話
●22:12:16
被告が近くのコンビニへ入店。「逃げられる」と思った2人の女性が追跡し、車のナンバーを控え、コンビニ駐車場で被告の動向を見張る
●22:13:04
被告がブレスケアを購入後、コンビニから退店
●22:14:00
第三者の通行人が北側歩道に倒れている樹生さんを偶然発見。泥酔者が寝ているのだと勘違いし110番通報。このとき周囲に被告の姿はなし。
●22:16:14
被告と連絡を取り、駆け付けた仲間がコンビニに到着。仲間たちは迷うことなく樹生さんのもとへ
●22:17:00
被告の仲間が119番通報。このとき、樹生さんのそばに被告の姿あり
*被告は気道の確保をせずに人工呼吸を複数回おこなったと供述しているが、110番通報した目撃者によれば、吐き気を催し、1度で断念したという。
●22:18:00頃
父親の善光さんが樹生さんの元へ駆けつける。
*善光さんがそのときに見た被告は、女性(居酒屋で共に飲酒していた人物)に支えられ、立っていただけだった。その後も、善光さんは近所の医師の指示で樹生さんの口に詰まった嘔吐物を掻き出したりしていたが、加害者は何の救護もしていなかった。
●22:19:00
自宅から駆けつけた母親の真理さんが119番通報
●22:30:25
救急車到着