また無罪確定、完全に崩れた「揺さぶられっ子症候群」事件の虚構
無実訴える親族に「第二の悲劇」を負わせた深い罪
2021.7.5(月)
またしても、「揺さぶられっ子症候群」事件で、無罪判決が確定しました。
2014年、生後1カ月の長女を揺さぶり、頭に大けがをさせたとして傷害罪に問われていた母親(40=事件当時34)に対し、最高裁は2021年6月30日付けで検察側の上告を棄却したのです。
我が子と引き裂かれた上に無実の罪を着せられ
最高裁による初めての判断ということもあり、このニュースは7月2日、各メディアで一斉に報じられました。
(外部リンク)乳児揺さぶり、逆転無罪確定へ 検察側上告を棄却 最高裁(時事通信)https://www.jiji.com/jc/article?k=2021070200898
上記記事にもある通り、裁判の争点は、長女のケガが、過度に体をゆすることで脳内に損傷が生じる、いわゆる「揺さぶられっ子症候群(SBS=Shaken Baby Syndrome)」に該当する否かでした。
母親側は一貫して無罪を主張しましたが、一審の大阪地裁は、検察側証人の小児科医らの証言を根拠に、「長女には急性硬膜下血腫があったため、成人に激しく揺さぶられた」と判断。そして、「当時自宅にいたのは母親と当時2歳の長男だけで、長女に暴行を加えることができたのは母親だけだった」として有罪判決を下しました。
一方、二審の大阪高裁は、「2歳の長男が長女を床に落とした」とする弁護側の主張を検討。脳神経外科医らの証言を踏まえ、長女が落下した際に急性硬膜下血腫を負った可能性もあると判断し、「揺さぶる暴行は認定できない」と結論付けたのです。
高裁判決から上告棄却まで約1年5カ月、赤ちゃんの落下事故発生から数えれば、すでに約7年が経過しています。有罪はなんとか免れたものの、この間、虐待を疑われていたお母さんとそのご家族は、どれほど辛く、不安な思いで過ごされていたことでしょう。
きっと、取り戻せないものもたくさんあるはずです。それを思うと、本当に気の毒でなりません。
「子供を虐待して殺害しようとした親」として実名・顔出しで報道
この事件については、2020年2月、大阪高裁で逆転無罪の判決が下された直後に、JBpressでレポートしています。
(参考)相次ぐ逆転無罪、「揺さぶられっ子症候群」妄信の罪 脳は専門外「小児科医」の意見を有罪の根拠とする検察の暴挙
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59423
また2019年3月、筆者は、『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(講談社)を上梓したのですが、本書の第1章、<「虐待をした親」というレッテルを張られるまで>は、まさにこの事件について書いたものです。
『私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群』(柳原三佳著、講談社)
生後1カ月の赤ちゃんは、なぜ、頭にけがをしたのか。なぜ、呼吸が一時的に止まってしまったのか。なぜ、彼女が一方的に「揺さぶり虐待」を疑われ、二人の子供が児童相談所に長期間「保護」されなければならなかったのか・・・。
彼女が大阪地裁で有罪判決を受けるまでの、過酷な体験を紹介しています。
ちなみに、刑事裁判での罪名は「傷害罪」でしたが、母親が大阪府警に逮捕されたときの容疑は「殺人未遂」でした。一部メディアは警察からのリーク情報をもとに彼女の姿を事前に隠し撮りし、2015年9月の逮捕当日には、その映像を使って実名報道したのです。
本の中には、当時、母親が怯えたように語ってくれた以下のコメントが掲載されています。
「逮捕された後、私の名前は我が子を殺そうとした犯人として大々的に報道されてしまいました。記事には事実とは異なることがいろいろ書かれていましたが、それがあたかも真実のように広がっていくのです。ネット上には今も、当時の報道がたくさん残っていて、酷いコメントの書き込みもされています。顔写真などもネットに晒され、知り合いも誰が見ているかわかりません。私はもう、人と接するのが怖くて仕方ないのです」
「なんで二人も産んだん?」
虐待親と決めつけたような大阪府警の取り調べも、酷いものでした。
留置場に身柄を置かれ、何時間も詰問された彼女は、弁護士から手渡された『被疑者ノート』に、取り調べの際に警察官から浴びせられた数々の言葉をしっかりとメモしていました。
●9月18日
「〇〇くん(*長男の名)にはどう説明するんや、もしくは、説明しーひんのか。臭いものには蓋か!」
●9月24日
「子ども嫌いなん? なんで二人も産んだん? 準備もできてへんのに生まれてきて、ほんま、かわいそうやわ」
●9月27日
「警察はみんな調べてる。ハッタリや思うたら大間違いや! この9か月、あんたは自分の保身ばかり考えてたんやろけど、こちらも9か月、同じ月日が流れていて捜査してるんや」
「反論できるならどうぞ。3分経った、あと2分あげるからどうぞ。自分で墓穴掘ってるって、わからへんのか! 自分の都合悪いから、下向いてんのか!」
あまりに理不尽な取り調べの実態を知り、憤りを感じた弁護士が、「大阪府警による取り調べは黙秘権の侵害に該当し、かつ自白強要とも取れる」として、大阪府警本部長に抗議書を送りつけたこともあったそうです。
警察・検察を後押しした、脳の専門家でない「小児科医」の鑑定意見
「一時は、すべて警察の言うとおり、としてしまったほうが、どれほど楽かと思ったこともありました。それでも、必死で黙秘を続け、耐え抜きました・・・」
しかし、結果的に検察は、客観的な証拠のないまま母親を「傷害罪」で起訴したのです。
ではなぜ、警察や検察はここまで強硬に「揺さぶり虐待」を主張できたのか?
それには理由がありました。
彼らが鑑定意見を求めた小児科医らが、本件の赤ちゃんを「揺さぶられっ子症候群(SBS)」と誤診断し、SBS仮説に基づいて「大人が強く揺さぶったとしか考えられない」と強硬に主張したからなのです。
(JBpress参考記事)
虐待裁判で逆転無罪、無実の祖母を犯人視した専門家 脳出血の原因を争う裁判で検察側証人「小児科医」が見せた傲慢
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58199
無罪続出の理由、「揺さぶられっ子症候群」の真実 検察側と弁護側、証言台に立つ医師の意見が真っ向対立
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62276
これまでの訴追に誤りはなかったのか
今回の無罪確定を受け、母親の弁護を行った秋田真志弁護士は、事実誤認の主張で上告をした検察の態度を厳しく批判しています。
『SBS検証プロジェクト』のブログ*(2021.7.2)から、一部抜粋して紹介したいと思います(全文は以下を参照してください)。
*SBS(揺さぶられっ子症候群)を考える ? 揺さぶられっ子症候群と冤罪を考えるブログです。(shakenbaby-review.com)
「最高裁は、『検察官の上告趣意は、刑訴法405条の上告理由に当たらない』として、これを斥ける決定をしました。決定も述べるとおり、大阪高等検察庁検事長作成名義の上告趣意書は、どうみても事実誤認の主張にすぎませんでした」
秋田真志弁護士(筆者撮影)
検察がこのような上告をすること自体が異例だそうですが、逆に言えば、大阪高裁の下した逆転無罪判決で、検察が有罪のよりどころにした小児科医たちのSBS証言を徹底批判されたことに大きな危機感を感じたのかもしれません。
「最高裁が2021年6月30日に、検察官の上告を棄却したことは、多くの報道機関が報じました。その中で複数のメディアが、最高検の畝本直美公判部長のコメントを伝えています。報道によれば、『主張が認められなかったのは誠に遺憾だが、最高裁の判断なので真摯に受け止めたい』というものだったようです。是非、検察庁には、その言葉どおりに、有罪が確定した事件も含めて、これまでの訴追に誤りがなかったのか、『真摯に』検討していただきたいと思います」(秋田弁護士)
現在、日本の刑事裁判では有罪になる確率が99%を超えています。いったん「揺さぶられっ子症候群」と診断されてしまうと、本件の母親がそうであったように、いくら「子育て中に起きた事故だ」と主張しても、まともに聞き入れられることはまずありません。
子どもを虐待から守りたいとの思いが行き過ぎ、無実の親まで加害者視
なぜ、捜査機関は固定したある一部の小児科医や内科医らの意見のみで結論を出そうとしてきたのでしょうか。万一、その判断に誤りがあれば、最悪の場合、冤罪を生み、家族の人生を破壊してしまいます。
今後は、脳神経外科や放射線、法医学の専門家らにも幅広く意見を求め、1件1件、慎重に判断すべきでしょう。
あの事故からおよそ7年、ようやく無罪を勝ち取った母親は語ります。
「SBS理論を信じて捜査機関に協力する医師たちは、もともとは子どもを虐待から守りたいという思いで活動されていたのでしょう。でも、私たち当事者には何ひとつ事情を聴かず、まったく見当違いの判断をされたことで、こんなに苦しく、悲しい気持ちを背負って生きていかなければならない家族がいるのです。私たちが行き着いたこの状況を見て、彼らは果たして、子どもたちを幸せに守ったと言えるのでしょうか? どうかこれ以上、子どもたちとその親を苦しめないでください」
揺さぶられっこ症候群