災害で身元特定の決め手 知られざる「歯」の重要性と、急がれるデータベース化 #知り続ける
2022.3.8(火)
11年前の東日本大震災では、身元のわからない遺体が多数あった。警察と身元の特定にあたったのは歯科医師たちだった。安置所で一体一体、歯を調べ、生前のカルテと照合していった。一方、カルテが津波で消失したため、身元が特定できないケースもあった。次の大地震が迫る中、生前の歯カルテのデータベース化が注目されている。今回、具体的な構想を初公開するとともに、震災時に対応にあたった歯科医師にも話を聞いた。(取材・文:ノンフィクション作家・柳原三佳/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
遺体の身元確認をした歯科医
現在の釜石市鵜住居地区(撮影:藤枝宏)
穏やかな海と白い砂浜――。岩手県の陸中海岸に面した釜石市鵜住居(うのすまい)地区は、ラグビーW杯が開催されたスタジアムがあることでも知られる。11年前、この風光明媚な地区を震度6弱の地震と津波が襲い、580人もの死者・行方不明者を出した。
「地面が波を打つような強い揺れでした。診察台のキャビネットから医療器具の入ったトレイがいっせいに落下し、立っていることもできませんでした」
地震発生時の様子をこう語るのは歯科医師の佐々木憲一郎さん(54)だ。2000年に鵜住居で医院を開業し、震災当日も診療にあたっていた。地震のとき、患者は6人いたが全員ケガはなく、何人かはここに残るように言った。佐々木さんは駐車場の車のラジオに耳を傾けた。
震災翌日の佐々木歯科医院の内部(提供:佐々木憲一郎氏)
地震から約30分後、前方の川からバキバキッという轟音とともに大きな土煙があがった。津波の襲来だった。医院は海岸から2キロ、海抜10メートルに位置したため「油断していた」という佐々木さん。妊娠中の妻の手を引いて高台に逃げ、間一髪で難を逃れた。
夜が明けて目を凝らすと、あたり一面真っ黒な土砂とガレキに覆われていた。一変した街並み。佐々木さんの医院も1階天井付近まで津波が押し寄せ、医療機器は全て壊れた。
「開業して11年、積み重ねてきたものが一瞬にして失われました。気持ちも沈みました。でも、自分も家族も生きている。地元の歯科医としてなすべきことがあると思いました」
奇跡的に残った4700人分のカルテ
無事だったカルテの一部。一枚一枚泥を丁寧に拭きとった(撮影:藤枝宏)※一部加工しています
連日、多くの遺体が安置所に運ばれてきた。初めてそこに足を踏み入れたとき、佐々木さんはショックで膝から崩れ落ちてしまうような感覚を覚えたという。しかし、損傷がひどくて身元が分からない遺体もあったため、一刻も早く特定し、腐敗する前に遺族に引き渡す必要があった。
じつは身元の特定に「歯」は重要な役割を果たす。人の体の組織で最も硬く、焼けたとしても残ることが多い。治療で歯に詰めた金属もほとんど変化しない。遺体の歯の治療痕などを調べ、生前のカルテと照合すれば個人識別ができるのだ。
成人の親知らず以外の28本の歯を「健全歯」「虫歯」「治療済み」に3分類するだけでも、理論上は約23兆もの分類が可能となり、該当者を絞り込むことができるという。
「当院のカルテは100枚ほど流されましたが、奇跡的に4700枚残っていました。地震直後、床に散乱した大量の紙のカルテを妻が拾って棚に入れるよう指示し、余震に備えてガムテープで固定していたのです。カルテは津波で泥だらけでしたが、みんなで1枚1枚ふき、文字を読めるようにしました」
歯科医師の佐々木憲一郎氏。遺体の歯の治療痕とカルテで身元を特定したしていった(撮影:藤枝宏)
4月に入り、市から行方不明者リストが佐々木さんに提供されるようになった。リストに自身の患者の名前があると、その人のカルテを持って安置所へ。カルテと同じ性別、似た年代の遺体に近づき、口の中を調べ、照合していった。
佐々木さんは8月初旬まで安置所に通い、「歯」によって約100人の身元を特定した。ただし、それができたのは生前のカルテがあったからだ。もしカルテが津波で流失していれば、遺体の歯の特徴は分かっても、照合まではできなかった。妻が守ったカルテが100人の身元特定につながった。
陸前高田市の遺体安置所へ
震災直後の陸前高田市(写真:ロイター/アフロ)
歯科法医学者で千葉大学法医学教室の斉藤久子准教授も、被災地の遺体安置所に駆けつけた一人だ。
「震災翌日、警察庁から要請を受けました。報道などで被害の大きさは分かっていたのですぐに準備をし、医師3名、歯科医師3名のチームで出動しました」
遺体安置所で作成されたデンタルチャート(提供:斉藤久子氏)
車で向かった先は岩手県陸前高田市の体育館だった。
運ばれてきた遺体のうち、免許証など身元が分かるものを身に着けていれば警察が顔写真と照合していく。一方、損傷が激しく外見が変わった遺体は、斉藤氏ら歯科医師のもとへ運ばれ、歯の治療痕などの確認作業をしていく。具体的には一人が歯を見ながら「右上8番欠損、右上7番銀色クラウン、右上6番咬合面にレジン充填……」と読み上げ、もう一人がデンタルチャートに記録する。
停電、断水、余震が続く悪条件だったが、わずかなミスも許されなかった。
「津波の被害に遭われたため、ご遺体の口に泥が詰まっていることも多かったです。水と歯ブラシで口の中をきれいに洗浄し、慎重に作業していきました」
斉藤氏は第一次出動の4日間だけで、112体のデンタルチャートを作成した。
東日本大震災では、全国からのべ2897名の歯科医が被災地に赴き、8750体を超えるデンタルチャートが記録された(2020年6月時点)。
(図版:吉岡昌諒)
一方、照合に必要な生前のカルテはすぐには集まらなかった。当時、大半が紙のカルテで、歯科医院も地震や津波の被害を受けたためだ。日本歯科医師会によると、被災3県で計226の歯科医院が全半壊したという。
その後、難を逃れたカルテを警察などが収集。宮城や岩手では、デンタルチャートと生前のカルテを照合する独自のソフトウェアも開発され、作業は効率化された。結果的に東日本大震災で身元が判明した遺体のうち、7.6%は歯科照合が決め手となった。
遺体と対面したかった
渥美久子さん(左)と夫の進さん。進さんは今も行方不明 ※一部加工しています
ただし、遺体のデンタルチャートは作成されたものの、生前のカルテが見つからず、身元不明のまま火葬されたケースもあった。
釜石市の渥美久子さん(当時71)は、夫の進さん(当時81)と避難している最中に津波にのみ込まれた。久子さんの遺体は翌月に発見され安置所へ。デンタルチャートはとられたが、その時点では生前の記録がなかったため照合ができなかった。その後、身元不明の遺体として火葬され、遺骨は寺に安置された。
年が明けた2012年1月に生前のカルテが見つかり、デンタルチャートとの照合の結果、遺骨は久子さんと判明。長男(54)に手渡された。
長男はこう語る。
「いまだに行方不明の方がいらっしゃるので、母のように遺骨が戻ってくるだけでもありがたいことです。ただ、理想を言えば、遺骨ではなく遺体と対面したかった。私も必死に捜したのですが……遺体の身元がスムーズに判明するシステムができることを望みます」
データベース化の二つの構想
日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落(1985年8月13日、写真:Fujifotos/アフロ)
歯科カルテのデータベース化については、これまでもたびたび必要性が指摘されてきた。1985年の日航ジャンボ機墜落事故や95年の阪神・淡路大震災でも損傷の激しい遺体が多く、「歯」から身元が特定されたケースが目立ったからだ。
「災害が起きてからカルテを集めるのではなく、歯科情報をデータベース化して備えるべき」――こうした声が歯科医師らから高まっていた。
(図版:吉岡昌諒)
東日本大震災で歯科医師の派遣など陣頭指揮を執った日本歯科医師会の柳川忠廣副会長も、その必要性を痛切に感じていた。2013年から厚生労働省や大学の研究者らとの協議会を立ち上げ、データベース化に向けて議論を重ねている。現在どこまで進んでいるのか。
柳川氏によると、「大きく二つの構想が固まった」という。
まず一つは、それぞれの歯科医院にある電子カルテの内容を第三者機関に集約させる構想だ。歯科医院は現在、全国に約6万8000あり、一日平均140万人が通院している。個々の患者のカルテにはすべての歯の状態や最新の治療内容が記載されている。患者の同意が得られた場合、各歯科医院からカルテの内容を第三者機関に送り、保管してもらう方法だという。
もう一つは、より大規模なものだ。全ての歯科医師は患者の治療後、レセプト(診療報酬明細書)を作り、社会保険や国民健康保険などに毎月請求している。このレセプトを活用するという。
「カルテほどの情報量はないのですが、レセプトにも治療内容が入っています。例えば右下の奥歯をどのように治したとか、左上の奥歯に何をかぶせたとか。また歯のない場所も書かれています。レセプトから分かるのはこれらの範囲ですが、それでもかなりの絞り込みはできると思います」(柳川氏)
(写真:アフロ)
東日本大震災のときはカルテが消失した医院が多数あったため、レセプトを手掛かりに身元を特定したケースもあったという。すでに歯科医院が提出したレセプトを活用するので、医院に大きな負担がかからないというメリットもある。
さらに柳川氏はこの二つの構想以外に、小学校や中学校に義務化されている歯科健診結果のデータベース化も検討している。全体からすると少数だが、歯科医院に通わない人もいる。その人が死亡したとき、こうしたデータを身元特定につなげる考えだ。
実現に向けての大きなハードル
厚生労働省(写真:西村尚己/アフロ)
ただし、実現には大きなハードルがある。まず、どこが歯科医院のカルテデータを保管するかという問題だ。一つ目の構想では第三者機関となっている。データ量が膨大なため、各都道府県の歯科医師会での保管は難しいという。
二つ目のレセプトを活用する構想でも、データ量は膨大になる。保管先として第三者機関のほかに、遺体の身元確認を行う警察庁や、診療報酬を扱う厚労省などが想定される。
警察庁に保管先となるのか尋ねたところ、「厚労省において大規模データベース構築に向けた施策の検討等を行うこととされているものと承知している」。厚労省にどこが管理すべきか尋ねると「データベース構築に向けた制度面の課題を整理して参ります」との回答だった。
日本歯科医師会の柳川忠廣副会長(撮影:編集部)
預かるデータ量が多ければ多いほど、維持管理費が膨らむ。費用は誰が負担するのか、税金を投入するのか、まだ固まっていない。近年、医療機関を狙ったサイバー攻撃も多発しており、厳重なセキュリティーも求められている。
さらに国民の感情もある。災害時の身元確認に使うとはいえ、デリケートな個人情報を第三者機関がもつことに抵抗がある人もいるだろう。事前に法改正が必要との指摘もある。柳川氏はこう話す。
「個人情報保護法に基づくルールは厳格に守らなければなりません。法律の専門家にも協議会に入って頂き、検討しています。一方、南海トラフ地震などの大規模災害では、津波で多くの犠牲者が出ることが想定されています。いざというとき、ご遺体の身元を迅速に特定し、ご遺族にお渡ししなければなりません。データベース化の必要性を丁寧に説明していく必要があります」
カルテ記載の統一化は実現
歯科の電子カルテ(提供:デンタルシステムズ株式会社)
さまざまな課題があるデータベース化だが、昨年3月にある画期的な動きがあった。それは「カルテ記載の統一化」だ。
カルテには患者の歯の状態や治療痕を細かく記すが、歯科医師によって書き方はバラバラで、カルテの様式も違う。東日本大震災では歯科医院の紙のカルテと、安置所の記録の書き方が違うケースが多く、照合は困難を極めた。
このため日本歯科医師会は電子カルテに記載する膨大な数の用語を統一し、マニュアルにまとめた。今後、全国で同じ記載方法になる。
柳川氏とともに電子カルテのデータベース化に向けた協議をしている東北大学の青木孝文副学長(情報科学)は、大きな進展だったと話す。
「長年難しかった電子カルテの標準規格ができました。これをもとにデータベース化されれば検索もスムーズになり、災害時のデンタルチャートとの照合も速やかに行えるでしょう。データベース化の礎ができたと思います」
先行してデータベース化している地域も
岡山県歯科医師会はイベントなどで積極的に呼びかけ、歯科情報をデータベース化している(提供:同歯科医師会)
データベース化を先駆けて実践している地域もある。岡山県歯科医師会では2015年から患者に使途を説明し、同意を得た人の電子カルテを同歯科医師会で保管している。これまでに約2万人が登録し、維持管理費は同歯科医師会で負担している。西岡宏樹会長は「重要性をご理解いただいています。最近は新型コロナの影響でイベントができていませんが、今後も啓発をしていきたい」と語った。
2004年のスマトラ島沖地震(写真:ロイター/アフロ)
大分県臼杵市では、地域医療連携ネットワーク(うすき石仏ねっと)で医科・歯科・介護の情報を共有し、データも蓄積している。
また、一部の外国では国民の歯科データベースを構築し、大規模災害で成果を上げたところもある。2004年に発生したスマトラ島沖地震では、バカンス中だった多数のフィンランド人が津波で命を落とした。国はすぐに専門家チームを派遣し、遺体のデンタルチャートと母国にある歯科データベースを照合。犠牲者165名のうち約70%の身元を歯科情報から特定した。
法律にも「データベース化」が明記
(写真:REX/アフロ)
あまり知られていないが、日本では「身元確認に係るデータベースの整備」が法律で定められている。2020年4月に施行された「死因究明等推進基本法」だ。16条に「身元確認のための死体の科学調査が大災害時も平時も極めて重要」として、データベースの整備に必要な施策を講じるべきとされている。
南海トラフ地震は30年以内に約80%の確率で発生すると言われ、津波や建物の倒壊・火災などで、最悪の場合、全国で23万人が死亡すると想定されている。首都直下型地震のおそれもある。最優先すべきは命を守る防災だが、万が一のための歯科情報のデータベース化についても、それぞれが真剣に考えるべき時なのかもしれない。
※参考文献 論文「日本の災害時において歯科身元判明率が向上しない要因に関する検討」