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− 木村事件 −

1999年10月25日、23日から行方不明となっていた木村悟君が遺体で発見。
地元の弟子屈警察署は「バイクの単独事故」と断定するが、
遺体と発見現場の状況からは、とても事故とは考えられない。


 木村事件弁護団・釧路方面本部へ上申書提出
Date: 2004-06-30 (Wed)
お世話になっています。中標津の木村です。
 6月25日、大阪の先生始め東京の先生、札幌の先生が遠方にも関わらず釧路方面本部に足を運んで頂けた事に、感謝の気持ちで一杯です。
 1月の時には他の事件との重なりもあり一方的な話でしたが、昨日の面談は、上申書の提出、現在の捜査状況、今後の捜査の内容を聞く事が出来ました。弁護士の先生方が本当に力に貰え私自身前向きになれます。
 先生方がこの日の為に色々メールでのやり取りされて進行され、私の目に見えない中、ご苦労されている事に今は感謝の一言しか言えません。
 そして、ハードなスケジュールにさせてしまい申し訳ありませんでした。
 昨日はマスコミ各社が道警釧本に来ても頂いた中、6月26日の「釧路新聞」に取り上げて貰えました。

●オートバイ事故で死亡した中標津の高校生遺族「再捜査にホッと」道警釧本で説明を受ける

 1999年10月、標茶町内で、中標津町在住の標茶高校2年木村悟さん=当時(16)=オートバイを運転中に単独事故で死亡したとされてる事故で単独事故としては矛盾点が多いとして傷害致死容疑で道警に告訴していた悟さんの家族らが25日、捜査状況について説明を受ける為道警釧路方面本部を訪れた。説明を終えて記者らの質問に答えた悟さんの母富士子さんは具体的なやりとりの中身については回答を控えながらも「警察は傷害致死容疑で再捜査しておりホッとした。捜査のスピードアップをお願いしました」と穏やかな話し、一刻も早い真相の解明に期待を寄せた。事故は99年10月25日午後2時ごろ、悟さんが無免許で運転中、路外にはみ出し、立ち木に衝突したとされる。弁護団はヘルメットや眼鏡に目だった傷が残っていないなど、単独事故としての矛盾点を挙げ「何者かによって事故は偽装された」と主張。昨年11月、容疑者不祥のまま傷害致死容疑で道警に告訴していた。


 署名運動開始
Date: 2004-02-26 (Thu)
下記の署名を集めています。
ご協力お願いします。
インターネット署名も可能です。

詳細、署名のページ
http://www.mika-y.com/kimura_jiken/

ご協力お願いします。


北海道警察本部 本部長 殿


  1. 故・木村悟君の傷害致死告訴事件について、速やかに再捜査に着手し、真相を解明してください。

  2. 故・木村悟君の死亡に関する全ての写真、警察署長・警察本部長への報告書等の関係書類を遺族に開示して下さい。


最高検察庁 検事総長 殿

 故・木村悟君の道路交通法違反被疑事件に関する一切の事件記録を遺族に開示して下さい。


 告訴と記者会見のスケジュール
Date: 2003-11-18 (Tue)
本日、「木村事件」の告訴、及び記者会見のスケジュールが決定しました。
 11月26日(水)、予定通り、札幌の北海道警察本部へ告訴します。
 木村さんが本HPにアクセスされてからちょうど1年(事件発生から4年以上)経ちましたが、これが新たなスタートとなります。
 皆様、今後ともご支援のほど、よろしくおねがいいたします。

 以下、弁護団からマスコミに向けてのお知らせを転記します。


件 名  木 村 悟 の 件
      
 過日報道のとおり、上記の件で11月26日道警に告訴(傷害致死・被疑者不詳)することになりました。
 当日の予定は以下のとおりです。

3:30〜  北海道警察本部へ告訴(30分程度要請)

4:30〜  記者会見

場所 
札幌弁護士会(北1西10 カーニープレイス北1条7階大会議室
当日配布資料(事件概要、告訴状要旨など)は、前日までに記者クラブにお届けします。

当日出席予定は、木村富士子さんのほか、弁護士(札幌 田中貴文・青野渉、大阪 山本大助・川西渥子・藤本一郎)、ジャーナリスト柳原三佳などです。取材よろしくお願いします。

以 上


 「朝日新聞」記事
Date: 2003-11-17 (Mon)
 「木村事件」、いよいよ来週、26日に告訴することに決まりました。
 告訴先は北海道警察本部。26日、札幌で記者会見の予定です。

 以下は、2003.11.16付の「朝日新聞」朝刊記事です。
 事件発生から4年以上経過しました。真実が明らかになることを切望しています。


●バイクの高校生死亡 遺族ら告訴決める

「被疑者不詳」で道警へ

 99年10月、釧路支庁標茶町で単独交通事故で死亡したとされた高校生の家族が、「事故の状況や死因などに不明な点が多く、事件の可能性が捨て切れない」として、26日に被疑者不詳のまま傷害致死罪で道警本部に告訴する。弁護団が15日、明らかにした。当初は検察庁への告訴を検討していたが、「捜査するのは警察で、当時の捜査資料も警察に残っている可能性がある」(弁護団)として道警本部への告訴を決めた。

 死亡したのは根室支庁中標津町、標茶高2年木村悟さん(当時16)。代理人の弁護団によると、木村さんは99年10月25日、標茶町西標茶の町道脇で遺体で見つかった。

 事故は同月22日午後5時すぎに起き、木村さんがオートバイを運転中、路外に逸脱し、立木にぶつかって死亡したとされる。道警は木村さんの道交法違反容疑で調べて送検し、釧路地検は不起訴処分とした。

 弁護団は、単独事故の矛盾点として、ヘルメットが脱げていて衝突による傷がない点や脱げにくいスニーカーが脱げている点などを挙げている。また、頸椎(けいつい)骨折とされた死因も「死後3日経過しているのに死斑が少なく、体内での出血の可能性がある」と指摘。「仮に道警が事故だと主張するにしても、解剖をしていないなど捜査に疑問が残る」としている。

 母親は事故直後から現場での調査や関係者への聞き取りを続けていた。01年10月には、道警に捜査資料の開示請求を行ったが、却下され、11月に道情報公開審査会に審査を請求。03年3月、同審査会から「公文書の存否を明らかにしない決定処分が妥当である」という結論が出されていた


 11月26日、刑事告訴
Date: 2003-11-06 (Thu)
ミスターバイク12月号に特集記事が掲載されていますが、遂に11月26日傷害致死容疑で告訴します。


 ニューモデルマガジン・エックス11月号
Date: 2003-09-28 (Sun)
ニューモデルマガジン・エックスの今月号にも特集記事が掲載されています。

事件に関する情報をお持ちの方、是非ご連絡ください。


 「捜査研究」(2003.2月号原稿)
Date: 2003-08-23 (Sat)
 木村事件の記事が「FRIDAY」に掲載されたことをきっかけに、全国各地の皆様から、さまざまな情報やメッセージをいただいております。本当にありがとうございます。また、マスコミ関係の方々も、注目してくださっているようで、心強く思います。
 疑問点の多いこの事件に、何か一つでも解決の糸口が見つかることを願うばかりです。
 以下は、今年のはじめに「捜査研究」(東京法令出版)の連載に書いた記事です。
 この記事を書いてから半年以上たちましたが、あいかわらず進展はないままです。

<「捜査研究」(2003.2月号原稿)より>

 昨年の秋、私の本を読んでくださったという方から、一通の切実なメールが届いた。
 その内容を一部抜粋すると。
『北海道の木村と申します。私の息子が、平成11年10月22日にバイク事故で亡くなりました。約4日間野外に放置され、学校の先生が息子を発見してくれました。発見が遅れたのはクラスの子が行き先を知っていたのに、知らないと嘘をついていたためです。死亡診断書に書かれていた死因は、「頚椎骨折」です。
 発見時の状況は、身体が仰向けで、足がまっすぐそろっていて、靴、軍手が散乱、目が開いて口から血が流れていました。ヘルメットは、顔の右横にきちんと脱いだような状態で、バイクは身体より5メートルくらい先で路外の斜面に立てかけた状態で発見されました。眼鏡は、遺体発見時には見つからなかったのですが、11月6日に現場に行ったとき、息子の足の先30cmくらいのところに折りたたんだ状態でありました。
 息子の葬儀が終わった頃に、「無理やりバイクに乗せられて亡くなった」「囲まれた」「2〜3台のバイクで走っていた」といった話が出てきたので、警察に言いましたが、取り合ってくれず、結局、単独事故として処理されました。
 昨年、情報公開を申請しましたが、これも却下されました。その理由は「特定の個人の名誉が侵害されるから」ということです。
 私はどうしても息子の死に納得いきません。どうか助けてください。よろしくお願いします。』 
 私は早速、メールに書かれていた番号に電話をかけてみた。
 事故から既に3年以上の月日が流れている。しかし、母親の富士子さんは、全てに納得がいかないといい、時折涙で声を詰まらせながらも、堰を切ったようにこれまでの経緯を話し始めた。 
 亡くなった息子さんは、当時16歳の高校2年生。乗っていたとされる250ccのバイクは盗難車だったが、それは別の人物が盗んだものだったという。息子さんにはバイクの免許はなかった。
「ところで、ご両親のお手元には、事故の調書類はあるのですか?」
 私がそうたずねると、
「いえ、一度だけ写真を検察庁で見せてもらっただけです」
「それなら何かを調べるにしても資料がなくて大変ですね。早めに検察庁で調書を謄写されてはいかがでしょうか」
「調書の謄写? それはどのようにすればいいのですか……」
「検察庁によっても対応が違うようですが、コピー代を払って検察庁で謄写してくれる場合もありますし、自分で接写レンズ付きのカメラを持ち込んで撮影される方もおられます」
「接写? それは普通のカメラでもできるんでしょうか」
「コンパクトカメラでは難しいと思いますので、プロのカメラマンにお願いするというのも方法のひとつでしょう」
 そんなやり取りをした後、私は早速、他の遺族が検察庁で調書閲覧や謄写を行なったときの体験談記事を木村さんに送った。
 数日後、母親の富士子さんからこんな連絡が入った。
「検察庁に、カメラマンと一緒に閲覧に行きたいとお願いしたのですが、遺族だけでないと受け付けないと言われました。では、コピー機を持ってってもいいですか、と尋ねたら、電源を貸すことはできないといわれました」
「そうですか……」
「しかたがないので、自分でカメラ2台と接写レンズを買いました。今、親切なカメラマンの方に撮り方を教えてもらって、練習をしているところです。うまく撮れるようになったら、娘と一緒に、検察庁へ行こうと思っています」
 富士子さんの声は、以前より少し力強くなったように感じた。

 それにしても、なぜいつもこうなのだろう。どうして自分の息子の調書類を、遺族がコピーすることすら拒まれるのか。コピー機くらい検察庁にもあるはずだ。カメラでの撮影を許すのなら、なぜ、コピーくらいさせてくれないのか。
 私が怒ってみても仕方がないが、こんなやり取りを経て、木村さんは中学3年生の娘さんを伴って、後日、検察庁に調書の閲覧に行ったのだった。
 それは、きっと辛い作業だったに違いない。
 テールランプが破損した事故車のバイクの写真、道路脇の草むらの中で仰向けに横たわった状態で発見された遺体の写真、ヘルメットや靴の散乱状況、弟子屈警察署の遺体安置室で撮影された遺体の写真……、そうした生々しい状況が写っているカラー写真を、被害者の母親と妹が一生懸命カメラで複写しているときの姿を思うと、胸が詰まる思いがした。
 しかし、その作業は決して無駄ではなかった。
 事故から3年以上経って、初めて目にすることができた実況見分調書から、木村さんはさまざまな新事実と、そして、どうしてもつじつまの合わないいくつかの疑問点をつかむことができたというのだ。
 そして、今年1月中旬、私は札幌ではじめて木村さんと対面した。仕事で札幌へ行くと告げたところ、釧路から急きょ夜行列車に乗って、札幌まで会いにきてくださったのだ。
 待ち合わせしたホテルは、偶然にも北海道警察本部のすぐ前だった。
 目に涙をいっぱいためて、写真や調書の中の疑問点を話す木村さんに、私は思わずこう言っていた。
「木村さん、これから一緒に道警に行って、その疑問をぶつけてみましょう」
「はい、ぜひお願いします」
 正直言って、アポなしで警察に対応してもらえるものかどうか不安だったが、私は木村さんと一緒に、すぐさま道警本部へと向かった。
 しかし、不安は的中するどころか、突然来訪したにもかかわらず、道警の対応はとても親切で、私は本当に嬉しかった。木村さんも緊張していたに違いなかったが、警察がていねいに話を聞いてくれたので、きっと同じ思いを抱かれたに違いない。
 質問の答えについては、きちんと調べた上で、後日、釧路の警察署の方から木村さんに直接届けられるとのことだった。
 木村さんがどんな疑問を抱いているのか、その詳細については、まだ答えが返ってきていないので、ここではあえて触れないでおく。
 しかし、この3年間、遺族はどんな思いで孤独に闘ってきたことか……。その道のりを思うと、何とかもっと早く情報公開をし、数々の疑問をクリアにする方法はなかったのかと、本当に切なくなってしまう。
 木村さんは、その日の夜行列車で、また釧路への帰途についた。真実が明らかになることを祈りたいと思う。


 テレビ放映
Date: 2003-08-23 (Sat)
 8月14日(木)、フジテレビの朝のワイドショー「とくダネ」という番組で特集されました。

 とても説得力のある内容だったと思います。
 ひとつ付け加えるならば、番組で紹介された調書や数々の写真を遺族が手にするまでには相当の苦労があったこと、そして、結果的にそれらの客観的な資料を入手するまでに、事件から3年以上もの歳月が経過していたという問題です。
 木村さんはその間、地元の弁護士に相談したり、情報公開の申請をしたりと必死で動かれましたが、検察庁で調書が閲覧できるということを教えてくれた人は、誰もいませんでした。
 そして、現段階では、もう、遺体の写真の一部は開示されないのです。
「見せない」が前提だから、警察も、医師も、適当な処理で済ませている……。
 やはり、当事者への情報開示を徹底しないことには、この手の問題事案は減っていかないような気がします。

 木村事件はようやくスタートラインについたばかりです。


 新聞報道
Date: 2003-08-23 (Sat)
8月7日の記者会見を受け、8日の朝日新聞に、

『標茶、バイクの高校生単独事故死 遺族側釧路地検に 傷害致死 告訴を検討』

 という記事が掲載されました。(地域によって掲載されているところとそうでないところがあるようです)


標茶 バイクの高校生「単独事故死」傷害致死 告訴を検討
遺族側 釧路地検に

 99年10月、釧路支庁標茶町で単独交通事故で死亡したとされた高校生の家族が「死亡日時や死因などが納得できない」として、被疑者不詳の傷害致死罪で釧路地検に告訴を検討していることを7日、代理人の弁護士が明らかにした。

 同日、代理人の弁護士が札幌市内で記者会見した。

 死亡したのは根室支庁中標津町、標茶高2年の木村悟さん(当時16)。代理人の田中貴文弁護士によると、木村さんは99年10月25日、標茶町西標茶の町道脇の草むらで遺体で見つかった。近くにオートバイがあり、フルフェースのヘルメットが頭の近くにあった。

 事故は22日の午後5時すぎ、木村さんがオートバイを運転中、路外に逸脱し、立ち木にぶつかって死亡したとされるが、逸脱の状況や速度などは分かっていないという。死因は頚椎骨折とされた。木村さんは発見の3日前から行方不明になっていた。

 田中弁護士は単独事故の矛盾点として、ヘルメットが脱げていて衝撃によるへこみがない点や、脱げにくいスニーカーが脱げている点などを指摘。さらに頚椎骨折とされた死因についても、死後3日経過しても死斑が出ていないことをあげ「体に血がたまると死斑が出にくく、体内での出血の可能性がある」と疑問を呈し、「解剖していないことが大きな問題」と述べた。

 死亡推定時刻について、母親の富士子さん(46)が弟子屈署から受けた説明では、木村さんがバイクで出発したとされる友人宅から遺体発見現場までの距離から推定したものだという。また、死後3日たって発見されたのに、動物が遺体をついばむといった損傷がほとんど見られない点も矛盾としてあげている。

 弁護団は9月上旬に会議を開き、現在、依頼している医学鑑定の結果をもとに方向性を決めるという。

 道警交通指導課は「事件性がないと判断し司法解剖はしていないが、捜査を尽くしたうえで事故の処理を終えている。ただ告訴後、地検から指示があれば、改めて捜査することになるだろう」としている。


 講談社フライデーに記事掲載
Date: 2003-08-23 (Sat)
7月25日発売の「フライデー」(講談社)に記事を掲載しました。

『衝撃ルポ 「息子はイジメで殺された」と母親は悲痛告発! 
 遺体写真が語る「16歳バイク事故死」の重大疑惑』
取材・文 柳原三佳

 取材で、木村さんのお宅におじゃましました。
 お仏壇の位牌には、命日が「平成11年10月22日」と刻まれていました。
 しかし、
「息子の命日は、本当に22日なのでしょうか……」
 そう言いながら、木村さんは泣いておられました。
 事件からすでに3年9ヶ月が経過していますが、息子さんの死の真相は、未だにはっきりしていません。
 こんな惨いことがあってよいのでしょうか。

 フライデーをご覧いただいた方から、たくさんのご意見をいただきました。掲示板にいただいたご意見はこちらをご覧ください。

All About 交通事故


 掲示板への投稿
Date: 2003-08-23
木村悟くんのご両親より、掲示板に下記の投稿がありました。転載します。


[5618] 助けてください 投稿者:木村勝雄・富士子 投稿日:2002/11/30(Sat) 11:20

 北海道の木村と申します。
 私の息子が平成11年10月22日にバイク事故で亡くなりました。約4日間野外に放置され学校の先生が息子を発見してくれました。発見が遅れたのはクラスの子が行き先を知っていたのに、知らないと嘘をついていたためです。
 死亡診断書の死因は「頚椎骨折」です。発見時の状況は身体が仰向けで足がまっすぐそろっていて、靴、軍手が散乱、目が開いて口から血が流れていました。ヘルメットは、顔の右横にきちんと脱いだような状態でバイクは身体より5メートルくらい先で路外の斜面に立てかけた状態でした。眼鏡は、発見時には見つからなかったのに11月6日に現場に行き息子の足の先30CMくらいのところに折りたたんだ状態でありました。
 息子の葬儀が終わることに「無理やりバイクに乗せられなくなった」「囲まれた」「2〜3台のバイクで走っていた」等の話があり、警察に言いましたが取り合ってくれず、単独事故として処理されました。昨年情報公開を申請しましたが却下されました。その理由は「特定の個人の名誉が侵害されるということです」私はどうしても息子の死に納得行きません。
私は柳原三佳先生の「交通事故鑑定人」という本に出会うことができ、駒沢先生という方がいることを知りました。どうか助けてください。よろしくお願いします。




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