ジャーナリスト・ノンフィクション作家 柳原三佳オフィシャルサイトHP

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「奈良県警内での医師死亡」契機に死因究明制度を議論

医療法務研究協会の設立記念講演会、都内で開催

2017年2月25日のおシンポジウム模様が、医療者向けのニュースサイト「m3.com」で紹介されています。

-> https://www.m3.com/news/iryoishin/506682

-> 奈良県警留置場変死事件についての記事はこちら

 

【レポート記事】

レポート 2017年2月26日 (日)配信 橋本佳子(m3.com編集長)

 一般社団法人医療法務研究協会の設立記念講演会が2月25日、「死因究明制度の推進を目指して―奈良県警内での医師死亡を契機に―」をテーマに、都内で開催された。
 同研究会の理事長を務める小田原良治氏(鹿児島県の医療法人尚愛会理事長)は、講演会冒頭の挨拶で、「我々医療者と法律家では、価値基準、思考過程が全く違う。そのすり合わせ、医療と法律の調整が必要。これまでの医療者の対応は、法律の視点を知らないが故に、外部の意見を鵜呑みにし、迎合してきた」と問題提起。医療と法律のさまざまな接点について、相互理解を深めることが研究会の目的であると説明した。同協会(東京都港区)は今年1月31日に設立、医療者や弁護士など、今後、会員を募集していく。
 講演会は、二つのテーマを軸に展開された。一つは、勾留中の男性医師が2010年2月に奈良県警内で死亡した事件。もう一つは、死因究明制度の動向だ。
 前者については、奈良県警らの対応を問題視して刑事告発した、岩手医科大学法医学講座教授の出羽厚二氏が、「一般的な感覚から言えば、人権侵害ではないか」と指摘するとともに、司法解剖を担当した法医の対応も検証すべき点があるとした(『勾留中の男性医師死亡、法医が刑事告発したわけ』、『男性医師の勾留中死亡、奈良地裁、遺族の請求棄却』などを参照)。出羽氏の活動は、法医・医師同士のピア・レビューとも言える。これを受け、千葉大学大学院医学研究院法医学教授の岩瀬博太郎氏は、法医鑑定にばらつきがある現状を指摘し、正確な死因究明に向け、複数の医師が話し合って鑑定を行う体制作りが必要だとした。

 死因究明制度については、厚生労働副大臣の橋本岳氏が挨拶の中で、今後検討される死因究明に関する新たな法律は、厚労省が管轄して進める予定であることを明らかにした。一方で、元厚生労働大臣政務官で、民主党の参議院議員、足立信也氏の代読されたメッセージでは、厚労省が管轄することにより、診療関連死が含まれることをけん制する内容が含まれていたため、会場からその符合への驚きを交えた笑いが起きる場面もあった。
 死因究明の在り方をめぐり、現場の視点から問題提起したのが、茨城県つくば市で開業する坂根Mクリニック院長の坂根みち子氏。「ぴんぴんコロリで死ぬと警察に通報?」と指摘し、在宅での自然死、病死でも、警察を呼ばなければいけない現状があるとし、多死社会を迎えるに当たって、費用面をはじめ体制整備の必要性を強調した。

 法医の「鑑定書」と「鑑定記録」に相違

 岩手医大の出羽厚二氏は、死亡した男性医師には、広範な皮下出血があり、2月23日には取り調べ中に尿失禁し、死亡前日の24日には経鼻栄養となり、急性腎不全の状態にあったにもかかわらず、奈良県警が留置を継続したのは、「一般的な感覚から言えば、人権侵害」と指摘。同時に、司法解剖を担当した奈良県立医科大学法医学教室の対応も問題視した。
 その一つは、同教室が検察庁に提出した「鑑定書」と、遺族に開示した「解剖記録」には相違がある点だ。男性死因は、「急性心筋梗塞」。しかし、「急性腎不全の原因としては横紋筋融解症が考えられる」「本屍において筋肉の障害部位として考えられるのは、右下肢に広範囲の出血が認められることから、右下肢への打撲などの外力が作用したことが考えられ、このために同部位の筋肉が障害されたために横紋筋が遊離(原文通り)したものと考えられる」など、急性腎不全に関係した記載が、「鑑定書」にはあるものの、「解剖記録」には抜けている。さらに同一と見られる組織所見で、「間質の浮腫を認める」「心筋の横紋筋の消失を認める」と二つの異なる解説を付けた部分もある。
 なお、出羽氏は昨年末に奈良県警の事情聴取を受けたものの、刑事告発の目立った進展はないという。

 「いやあ、先生のおかげで有罪にできました」

 千葉大の岩瀬氏は、幾つかの事例を挙げ、「法医鑑定がばらつくことはよく発生している。それは法医学が整備されていないからため」と指摘。日本には法医学に従事する医師が少なく、ディスカッションしながら鑑定ができる体制がないなど、諸外国と比較して法医学が遅れている現状を問題視した。さらに、警察・検察からよく聞く言葉として「他の法医学の権威の先生に解剖写真を見せたら、首絞めと言っているんですけどね……」「いやあ、先生のおかげで有罪にできました」などを挙げ、「公平・校正な立場を保とうとすると、大きなストレスを感じる」現状もあるとした上で、「鑑定のバラツキは、見込み捜査からの立件・起訴を容易にしているのではないか。逆に、捜査当局における暴行死事件については、不起訴しやすいのでは」と警鐘を鳴らした。

 本事件をはじめ、死因究明関連の取材経験も豊富なノンフィクション作家の柳原三佳氏も、死因究明がされる前に、奈良県警が男性医師の死亡を公表するなど、県警の対応を問題視。また他にも勾留中の死亡事案は多々あるものの、その死因は明らかになっていないとし、「ずさんな死因究明システムは、国民の大きな不信感を招く」と問題提起。
 千葉大学大学院医学研究院法医学教室の石原憲治氏は、オーストラリアのビクトリア州のコロナー制度、米国ニュージャージー州のメディカルエグザミナー法など、死因究明制度が整備されている諸外国の例を紹介。「収容下の死に対して、欧米と日本には違いがある。欧米は、『権力は放っておくと、権限を乱用するので法的な歯止めが必要』と考えるが、日本は『お上は滅多に悪いことはしない、悪いのは被疑者被告人または受刑者』と考える。検察官はもちろん、裁判官、法医学者にもそうした予断があるのではないか」と警鐘を鳴らした。

 医療の「内」と「外」の境界域、どう扱う?

 小田原氏は冒頭の挨拶で、2015年10月からスタートした医療事故調査制度に言及。制度設計に当たって、積極的に発言してきた小田原氏は、医療安全の取り組みに資する「医療の内」と、患者側との紛争が生じた場合など「医療の外」を切り分けた制度になり、「医療の内」の制度として医療安全の底上げに寄与していると評価した。
 ただし、「医療の内」と「医療の外」は、「線」ではなく、「境界域」であるため、「医療の内」である医療事故調査の報告書を紛争に用いたり、あるいは「医療の外」から「医療の内」を撹乱する動きが絶えないと懸念。この「境界域」のうち、「医療の内」に近い部分を整理することにより、「医療の内」を安定的な制度にすることが、本研究会の狙いの一つであると説明した。

 「境界域」に関連する一つが、政府が進める死因究明制度の充実だ。

 2012年6月、「死因究明等の推進に関する法律」(死因究明推進法)が、「警察等が取り扱う死体の死因又は身元の調査等に関する法律」と同時に成立した。死因究明推進法に基づき、「死因究明等推進計画」が2014年6月に閣議決定している(内閣府のホームページを参照)。日本の死因究明制度は、諸外国に比べて弱く、高齢化の進展等に伴う死亡数の増加、2007年の「時津風部屋力士暴行死事件」に代表される犯罪見逃し、大規模災害時などに十分に対応しきれていないことが問題視されている。死因究明推進法は、2年間の時限立法であり、同法に代わる新たな法律の制定を制定し、死因究明制度をさらに充実させることが求められている。
 死因究明推進法の特徴は、「診療関連死を除く」としている点。「医療の内」、つまり「医療に起因した、予期しない死亡」については、医療事故調査制度で扱う体制になっている。

 死因究明推進法の管轄は内閣府。診療関連死以外の死亡の死因究明は、「犯罪行為の有無の峻別」、「公衆衛生の向上」などが目的として想定される。後者は厚労省の管轄であり、死亡統計を扱い、また「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル死体検案書」の作成も同省であるなどの理由から、新たな法律は厚労省の管轄とする方向で検討されているものと見られる。
 民主党議員の足立氏の懸念は、診療関連死を切り離したにもかかわらず、死因究明に関する新たな法律を厚労省が検討する場合、2008年6月に厚労省がまとめた「医療安全調査委員会設置法案(大綱案)」に逆戻りすること。同案は、「医療事故死等」を全て第三者機関への届出を求めるなど、「医療の内」と「医療の外」が切り離されず、医療事故調査が医師らの責任追及、ひいては医療の萎縮などを招くなどと問題視され、結局は法案として提出されなかった。

 「ぴんぴんコロリで死ぬと警察に通報?」

 坂根Mクリニックの坂根氏は、「ぴんぴんコロリで死ぬと警察に通報?」と現状を形容、在宅医療等で診ていない患者が自宅で死亡した場合などの対応に問題が多々あると指摘した。
 例えば、心肺停止で医療機関に搬送後に死亡し、Ai(死亡時画像診断)などを実施した場合、その費用は医療保険でカバーできないため、医療機関もしくは遺族の負担になる。費用負担、解剖の手続きの手間などを考え、実際には警察に連絡してしまうケースも少なくないという。
 在宅での自然死、病死などで問題になるのが、医師法20条。(1)死亡診断書は、診療中の患者が死亡した場合に交付、原則として死亡後改めて診察することが必要、(2)ただし、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に限り、改めて死後診察しなくても死亡診断書の交付が可能――と定めているが、医師の間で解釈に誤解があり、2012年に通知が出ている。この通知のきっかけを作った、元厚生労働大臣政務官で、民主党国会議員時代に梅村聡氏は、講演会の挨拶で、「いまだに解釈通知が理解されていない。24時間を経過したからと言って、診察中の患者でも警察に届け出るケースなどがある」と指摘した。
 坂根氏は、多死社会にあって、Aiや病理解剖の費用を負担する仕組みを構築するなどして、自然死や病死には、警察の介入を防ぎ、医療者がしっかりと受け止め、「死」を日常生活の延長線上に取り戻す必要性を強調した。同時に「突然、家族を失った人への想像力も持ってもらいたい。遺族にとっての死はそこから始まる」と述べ、遺族に配慮した対応を医療者に求めた。
 弁護士の井上清成氏も、「他院も含めて、診療継続中だった患者の死亡については、できるだけかかりつけ医等によって死亡診断書を作成していくべき」と指摘。当該患者を最もよく知っているのはかかりつけ医等であり、診療経過を踏まえて死亡診断を行うのが適切であると考えるからだ。在宅死等が発生した場合、警察等の介入を避けるために、最も適切な医師が「死亡診断書」を書けるよう、地域における当該死亡者の診療情報の共有体制の構築や、かかりつけ医等の死体搬送の合法化・正当化などが必要、というのが井上氏の持論だ。

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